第11話 知見
メッセージアプリのアイコンは、自分のものは普段見えない。
だから私も、自分がどんなアイコンをしていたか忘れていたくらいだ。先輩も――三年後の先輩も、今のアイコンが変わっていることを気づいていないのかもしれない。
言った方がいいんだろうか。でも『え、これ? 普通にわたしが変えただけ。なに? もしかして二人の写真だったのに変えたからってすねているの? ふふ、三年前の結菜もわたしのことがもう好きなんだね』とか言われたちょっとイラッとしそうだ。
でももしかしたら、なにかが変わってしまったのかもしれない。
そのなにかが、わからない。三年前の、今の私には。それが怖い。
「先輩、アイコンって変えました?」
『アイコン? 変えていないけど』
「あ、そうですか。……その、前と違う気がするんですけど」
『アイコンが?』
しばらく返事が止まった。
三年後の先輩の返信は早い。だからちょっとの時間がとても長く感じた。
『本当だ。変わっているね』
「あの、その写真ってどういう写真だったんですか? 先輩と私が写っていたみたいでしたけど」
『あれは、わたしと結菜が付き合って最初に二人で出かけたときに撮った写真だった。記念だね、初デートの』
「……その写真は」
『うん、フォルダの方も探したけど、見つからなかった』
「あの、それって」
どういうことだ。いくつか可能性が思いついた。例えばちょっとだけ未来が変わって、写真を撮らなかった。デートに行った先が変わった。もしくは日付だけ違うとか、それか。
「私と先輩、恋人じゃなくなった……とかだったりしませんよね?」
『それはない』
「断言しますね。……先輩には、未来が変わっていたもわからないですよね?」
『結菜と付き合うときに、二人で約束したから。別れるときは、わたしたちがこの世界からいなくなるときだけだって』
「へ、へぇ?」
生きている限り別れないということか。そんな約束をするほどお熱いのか、私と先輩。
『……わたし、結菜を消したくない』
「はい?」
『だから、別れたなんてありえない。別れるって言われた、消すから』
「あの、それ、どういう意味ですか?」
怖い怖い。別れたら、私はどうなるって言うんですか。世界から消されるんですか。
つまりそれって。
「えっと、そっちの私は大丈夫ですか?」
『……多分』
多分ってどういうことだ。先輩は、三年後の私とは連絡を――。
「そういえば、ずっと気になっていたんですけど……先輩は私とメッセージのやり取りしていますよね? そっちの私はどうなっているんですか? こっちの私とそっちの私、両方にメッセージ選んで送れているんです?」
『送れていないんだ。実は、ずっと』
「え、それって」
『大丈夫。わたしと結菜は強く結びついたラブラブの恋人同士だから。しばらくメッセージのやり取りがなくても、愛し合っているからね』
「……それなら、いいんですけど」
いいのか? いや、先輩がいいなら、いいんだと思う。
もしなにかあっても、三年後の――未来の話だ。それが今の私に取ってどれだけ関係があるのか。
私からすると、未来はまだ決まったことには思えていないから、現時点で三年後がどうなっているかなんて、気にしたって仕方ない気がする。
たとえば、もしかしたら本当に私と先輩はそのままだったら恋人になっていたとして、でもそれが未来を変えてしまって恋人にならないとなったとしても。
私が、どうこう思う必要なんてないんだ。
『でも、本当は寂しいんだ。ゆいゆい、受験があれで、実はメッセージが送れなくなる前から、わたしにあんまりかまってくれなくなっていて』
「受験……やっぱり私……」
受験で失敗して、大学生にはなれなくて、それで浪人生になってまだ受験勉強を続けている。だから三年後の先輩とメッセージのやり取りもほとんどできていなかった。
演劇部に入部した日。先輩から届いたメッセージは、いつものやり取りじゃなくて、もしかしたら――。
『だから、しばらくはこっちの結菜に構ってもらおうかなーって。ふふ、結菜もわたしに甘えていいんだよ。部長のころのわたしは、ちょっとまだ厳しいところもあったと思うし、その分ね、わたしが甘やかすから』
「ちょっとまだ厳しいところって、そんなレベルじゃ全然ないんですけど」
『じゃあ、わたしもそれくらいすごいレベルで結菜のこと甘やかしてあげる』
「うーん……まあ、ありがとうございます」
先輩の呑気さというか、どこ吹く風に引っ張られて、私もそれ以上余計なことを考えるのはやめてしまった。
「それで先輩、聞きたいことがあるんですけど」
『なに? ゆいゆいのこと好きかって? 大好き』
「……部内公演の台本、なにになったんですか? いや、ほら、先輩からの助言を私が止めちゃったから、一年だけで決めなくちゃいけなくなっちゃったじゃないですか。でもそれで、私のせいで変な本になったら困るから……どれになったのかなって」
『なるほど、それで未来の本がどれになったか先に聞いて、そのまま過去で同じ本を選ぶつもりなのね』
「あははは、賢いですか?」
『ズルしない。それじゃ、せっかくやったこと無駄になる。……大丈夫、一年のみんな、結菜ならちゃんとやれるよ。部長のアドバイスなんて必要ない』
心配だったけれど、先輩の言葉を信じることにした。
どうも、この先輩は鬼部長の三年後の姿らしいから。きっと今の先輩よりも、いろいろ経験して、もっと頼りになるはずなんだ。
全然そう見えないけど。





