第10話 変化
いろいろと心配する中で、三年後の先輩からメッセージが届いた。
『上手くやってくれたみたいね』
私はまだ何の報告もしていなかった。――というか、どう報告していいのかわからなかった。
言うだけ言ったけれど、聞き届けられたかはわからない。
先輩はあれから上の空だった。
仕方なく私がスカートをはかせて、二人で部室を出て、鍵を閉めて職員室に返しに行ったところあたりで、やっと人の心を取り戻して「……お疲れ様」とだけ言って一人よろよろと帰っていった。
一人で、大丈夫なんだろうか。
結局のところ最終的な親しさは元から上がったのか下がったのか。
トータルでマイナスだったとしたら、私のがんばりはなんだったのかと悲しくなるので上がっていてほしい。別にいいじゃないですか、ゆるキャラのパンツ履いていても。
『言って置くけど、毎日じゃないからね』
「はぁ」
『たまたまで。わたしのまさか三年前の今日、そんなものを履いていたなんて』
報告がてら、私は今日の経緯を簡単に話した。
文句というわけではないけれど、ゆるキャラ好きのエピソードとしてパンツまでゆるキャラだというのは先に教えておいてくれてもよかったのではないか、と伝えたところ、三年後の先輩も驚いていた。
そして、どうも三年後の先輩としてもこの事実は恥ずかしいことらしい。
『こっちの結菜にも知られてなかったのに』
「ふふふ、三年後の私よりも、私の方が先輩のことを知っているというわけですね」
『全然そんなことないから。ゆいゆいはわたしのこと何でも知っていて……ただパンツのことは、その、親がたまたま買ってきて……』
「そんなことより、上手くいったって先輩言ってましたけど。あれってどういうことです? あんまり上手くいった実感ないんですけど」
『そんなことより……』
見られた方は恥ずかしいかもしれないが、わたしからしたらどうでもいい。どんなパンツでも、先輩は先輩だ。……まあ、あの鬼部長の先輩が、と思うと意外ではある。三年後の先輩という不可思議な存在とやり取りする前だったら、もっと私も驚いていただろう。
しかしどっちにしても、先輩への憧れの気持ちはあれくらいでは変わらない。
『部活で使った台本は全部残しているの。部内公演は、わたしは出ていないけど、部長として練習には立ち会っていたから本もあって、赤ペンも入れていたんだけど』
メッセージと共に写真が送られてきた。
台本が映っている。実際に先輩が出たものではないから使い込みがないということを入れても、三年前のものにしては保存状態もいい。
『わたしの記憶にあるものと違う』
「え?」
『ほん一時間前くらいまでは、これも別の本だった。でもさっき見たら、これに変わっていた』
「それって」
変わる前の写真を見ていなかった私は、にわかに信じられなかった。
でもそれって、タイムスリップだかタイムリープだか、ようするにそういうSF的なやつで未来が変わったっていうやつなんじゃないか。
「つまり、私が先輩に言ったこと……効果あったってことですか?」
『だと思っている』
「……先輩は、記憶あるんですか? その、本が変わった経緯とか」
『いや、それはない。……わたしには、別の本でやった記憶しかない。でも別の部員に聞いたら、たしかにこの本でやったと言っていた』
「先輩だけ、前の記憶がある」
なんとなく、そういうのもSFな感じがする。当事者には記憶が残っている。でも先輩は、私とメッセージのやり取りをしているだけで、実際に未来を変えるためのなにかをしたわけじゃない。
それで先輩にだけ記憶が残っているというのは――いや、考えてもわからない。それに、そもそも本当かどうかも。
さすがにそんな、未来がこんな簡単に変わるとか。
私と先輩が恋人になるってこと以上に、理解が追い付かないし、現実感がない。プロテインを熱弁する好きで、ゆるキャラもパンツはくくらい好きで――どっちも鬼部長の先輩から想像もできなかったことが本当だったけれど、それでもさすがに未来のことも恋人のことも、やっぱりピン来ない。
せめて私も、写真が変わるとか、そういうのがあったら。
「先輩! 私の方も、変わってます」
『なにが? 結菜は前からちょっと変わっているけど』
「違いますよ! 私は平凡と平均で中央値女子ですっ! じゃなくてですね、写真が変わっているんですよ」
『写真?』
「昨日、先輩からもらった写真です」
先輩のゆるキャラ好きの証拠として送られてきた写真。先輩がゆるキャラのキーホルダーを片手に、私と一緒に写っていた。
それがなぜか――。
「私も、ゆるキャラ持ってますっ! 何でですか!?」
『本当だ。わたしの方も変わっている』
二人してゆるキャラのキーホルダーを持って、楽しそうに写真に写っていた。
どういうことだ、これ。なんで、私までキーホルダーを。
じゃなくて、前に見たときたしかにこんなことはなくて――。
「未来が変わったってことですか?」
『そうみたいね。本当だったら、この頃の結菜はまだこのキャラのこと、普通って言っていた。好きになったのは、わたしと付き合いだした後からで……その頃はもう、このキーホルダーと同じものは売っていなくて……』
「えっと、私がこのゆるキャラを好きになるのが早まったってことですか?」
『多分』
目の前でこうして起きても、実感はなかった。
でも、これはもう信じるしかないんだろうか。だって、写真は私のスマホに保存されていたものだ。ハッキングでもしなければ、写真を変えることなんてできない。
「……本当に、繋がっているんですか、こことそっち」
『そっちとこっちは、繋がっているみたいね。だからこうやって、未来が変わった』
「変わったのは写真だけですけど」
『わたしたちから見たらね。でも、実際には起きたこと、過去も変わったはず』
先輩から見ると過去、私から見ると未来。
どうやら、本当に変えてしまったらしい。いいのか? 変えてしまったあとだけど、SF的なことを考えるとこういうのって気軽に未来を変えるのって問題なような。未来警察みたいのが来て、私が怒られるなんてことはないだろうか。
「とにかく! 私はちゃんと先輩に頼まれた通り、先輩が後悔していた春の部内公演の未来を変えられたってことですよね!? 任務成功です!」
『うん、ありがとう。結菜、助かったよ』
これで三年後の先輩からの願いは叶えた。
私の役目は終わりだ。あとは、私は演劇部に全力で挑むだけ。もちろん、三年後の先輩からのアドバイスがあるとこれからも助かるだろうけれど――いやいや、これはちょっとしたズルみたいなもので、あんまり頼ってはいけない。
だいたい、未来だとうのは信じてきても、まだ恋人ってのは信じられないし。このアイコンで手をつないでいる私と先輩が、自分の未来だなんて――。
「あれ、アイコンも変わっていませんか? ……これは、普通に変えたやつですか?」
先輩のアイコンだった、私と先輩の写真が変わっていた。
二人だったはずの写真が、先輩だけになっている。





