彼女は知らずに話が進む
「代表会!?」
二時限目と三時限目の間にようやく教室へと戻れたレアは、ライラとリリアにしつこく質問攻めにあうことになった。あまり話し上手ではないレアがとりあえず結論から話し出すと、やはりと言うべきか二人は口を押さえてひどく驚いてしまった。
「入るって、どう言う事です!」
「入るというより、もう入ってしまったようです」
したたかというべきか、ナターシャはレアを呼び出した時点で、必要な手続きのほとんどを終わらせていたらしい。レアがあの場でそれを了承し、書類に名前を書いた時点で、レアは「代表会暫定準格一位」となったのである。
「だからどう言う事かと!」
ライラが一歩踏み出した影響でその特徴的な長髪が大きく揺れた。彼女が声を荒げていなかったなら、その波打つ金糸に見とれてしまっていたかもしれない。
ライラがそこまで怒るのは珍しいが、わからなくはない。混乱しているのだ。どういうことなのか状況をつかめていないにも関わらず、レアの返答はイマイチ要領を得ない。つい声を上げてしまうほど歯がゆいのだろう。
しかし、レアにはそれに答える事ができない。別に口止めをされたわけでも、意地悪をしたいわけでもないが、レアにはその質問に対してまともな返答を用意できない。
——なぜなら
「私もよくわからないんですよ」
「はいぃ?」
レアの言葉は真意であるが、ライラはそれで納得しなかった。
「そんな訳ありますか! あなたは当事者じゃあないですか!」
「いやぁ、入って欲しいと頼まれたのですが……理由を聞いても答えてはくれないんですよ」
レアも納得できなかったのでいくらか食い下がったのだが、適当にはぐらかされてしまった。自分の要求を強引に飲ませたにもかかわらず詳細を伏せようなどとは、とてもではないが誠実とは言えない。今日だけで、レアの中でのナターシャへの心情はズタズタだ。
「一番「何で?」と思っているのはわたしですよ」
レアは力なく肩を落とす。彼女の気苦労がこれだけで終わらない事など、代表会などという役職に就いた以上明らかな事だ。これからの面倒を思い、レアはため息を抑える事ができなかった。
そこは、代表会のためにとあてがわれた会議室だ。場所は第四棟。その場所に、代表会の一位から五位までが介していた。
「何故だね?」
それは一位の言。重く、深い。
「何故とは?」
それは四位の言。身軽く、御し難い。
「分からないはずはないだろう? 何せ自分の事だ」
一位の言う通り、四位はその事に心当たりがある。そう、何せ自分の事だ。
しかし
「何の事かさっぱり」
飽くまで惚ける。
「レア・スピエルという生徒についてだ」
業を煮やした一位が話を進める。苛立たしそうに机を指で叩いている。
「何故、二枠しか無い「準格」の席を独断で決めたのかと聞いている。それもよりにもよって一学年をだ」
準格
代表会七人の内の二人、推薦で決められる人員の事だ。最も代表会の活動に関わる筈のその枠は、当然たった一人の生徒が決めて良い訳が無い。それを四位は自らの家の権力と、幾つかの条件提示によって強引に決めてしまったのだ。
「それはあまりにも身勝手では無いかね? 我々はそれを抗議しようと今ここに集まったんだよ」
室内に集まった総勢五人。その自分を除いた四人の目が全て二位に向けられている。
「酷いわ、一学年を推薦したのは私だけじゃあないのに、」
四位の眼が動く。その視線の先に居るのは五位だ。
「僕のことを言っているの? 心外だなぁ、あれは満場一致で可決だったろう?」
五位は特に動じず、飄々とした態度で肩をすくめる。
「その通りだ」
方々から声が上がる。と言っても、ここにいるのは数人だけだが。
「あれは教師も交えての会議で決まった事だ。今更協議の余地はない。我々が言っているのは、その上で何故という事だ」
一位の目が細められる。機嫌が悪くなっている証拠だ。
「レアちゃんはとても良い子よ? 何が不満なのか理解できないわ」
「話はアイギスから聞いているから、本人には同情する。彼女は被害者だ。不満は君になんだよ、判るだろう?」
「下らない問答はやめにしよう」
それは三位の言。堅く、強い。
「私たちは口先八梃でどうにかされたりしないし、そもそも実の無い言い合いをするために集まった訳でもない。不毛だろう」
何人かから同意の声が上がる。
「なら、今日は一体何の集まりなのかしら?」
聞いていない筈がないにも関わらず敢えて惚けるのは、この場の全員が知った四位の悪癖だ。そうして相手を煙に巻くのだと、彼女本人の言だ。
一位が眉間に皺を寄せ、三位は生真面目に対応する。
「何故レア・スピエルなのかというのを聞きたいのだ」
全員が頷く。
「私はこの場に居る全員に信用を置いているし、皆もそうであると信じている。なので、その信用できる君から、彼女の何を見てこんな強引な勧誘を行ったのかを聞きたいのだ」
三位は一拍の間を置き、次の言葉を強調する。
「総合成績最下位の劣等生徒の、何に惹かれたのかを」
その言葉を、四位は鼻で笑う。
「劣等生徒……ねえ」
三位は決して、成績至上主義の頭でっかちなどではない。確かに、強く努力を重んじる堅物ではあるが、どれほどの劣等生であろうとも、何ならどれほどの悪人であろうとも、それが同じ学園の仲間である以上、その人物に無償の善意を捧げてしまうほどの底なしの善人だ。しかし、それでも代表会を成績下位者に任せる事などできない。それは差別でも侮蔑でもなく、能力的な適性の問題だ。
だから三位は強く出る。普段は使わないような悪辣な言を持って。
「違ってはいまい? 正しく、この学園で最も能力の無い生徒だ」
「能力!」
その言葉に、四位は机を叩く。
「勉学の能力。運動の能力。たったそれだけですかねえ、能力って。魔法の能力。記憶の能力。それだけかしら? 視野が狭くありませんか? 先輩方、どうです?」
四位はこめかみを指で叩く。その仕草が苛立たしかったのか、一位が酷く不快そうな顔をした。
「ここですよ。彼女はここの回転なら、私を含めてこの場にいる誰にも負けないでしょう」
「……なるほど」
自信に満ちた四位の言葉だが、声を返したのは三位だけだ。その他の心中は表情によく現れている。勿論好ましいものではない。
「それは何を根拠に言っているのだね?」
三位に遅れること数秒、一位が声を出した。
「見りゃわかる、って言ったら怒る?」
「勿論だとも」
一位はとても穏やかとは言えない口調で返す。
「座学は極めて平凡、だというのに実技は壊滅的。一体何を持って智に秀でると言っているんだ」
その友好的とは言えない一位の言葉に、一切の揺らぎを感じさせない楽観さで、四位は答えるのだ。
「何ならやってみれば良い。魔力も体力も腕力も関わらない純粋な知略勝負なら、決して彼女に勝てないだろうと思います」
四位は自らに宛てがわれた高価な椅子に深く座り込む。背凭れに体重を預け、足を組み、まるでそれが自分用の玉座だとでも言いたげな不遜さである。
「なるほど」
四位と一位の会話を遮るのは、またしても三位だ。
「ならば、それは証明されなくてはならない。今後遺恨を残さぬ為に、打ち倒し、或いは打ち倒されて、この問答を良い加減に打ち止めとしなくてはならない」
三位は腕を組む。
「この場に於いて、四位の言に異論を持つ者は挙手をせよ。これは強制である。この場で手を挙げぬ者は、今後四位への今件に対するあらゆる異論を禁止とする」
手を挙げるのは一位と五位。
「この場に於いて挙手した者は、自分、及び相手の都合を害しない限り早く、レア・スピエルに何らかの勝負を挑む事。この勝負は、智を競うものである他、暴力の介在しないものが望ましい。この勝負に必要な物がある場合、全て自らの実費とする」
三位は二位が手を挙げない事を確認して続ける。
「それが真に知略を競うものかどうかは、代表会三人以上の合意か、教師の判断に任せるものとする。今挙手している者がただの一人でもレア・スピエルに勝利したならば、四位の今件に対するあらゆる異論を禁止する。ただの一人も勝利できなかったなら、我々全員の今件に対するあらゆる異論を禁止する。以上」
異論は無い。一位から順に、二位、五位と視線を移した三位に声が掛かったのは、まさにそう思ったその時であった。
「追加を」
四位の言だ。
「規定に追加をお願いします」
その言葉に反応したのは一位だ。
「今の時点で寛大なんだ。君は何故、厚顔無恥にも発言をしているのかね?」
全員の目が一位を向く。
「何故、勝手な行動を取っておきながら、温情をかけられて、更に要求を通そうとしているのかね?」
「勘違いですよ。勘違い」
「何?」
一位が怪しげに眼を細める。又煙に巻こうというのか、自分は誤魔化されたりしない。そういう意思が周りにいてよく感じられる。
だが、四位は誤魔化の為に発言した訳では無い。
「この勝負、相手に露見しない限り、あらゆる不正を解禁するものとします」
そしてもう一つ。そう言って四位は指を立てる。
「勝負の内容について、レア・スピエルは一切の口出しをしないものとします」
「そんなもの、我々が圧倒的有利じゃないか。ともすれば、勝負と呼べるかすら怪しい」
一位が反論する。
しかし
「はい、その上で勝つのなら、皆さんの不満も少しは緩和するのではないかと思いました」
その場にいる皆が皆、レア・スピエルの事を思う。四位以外は、どれ程の者なのかと。
そして四位は
——ちょっと大口叩き過ぎた、と後悔している。
「それ程に絶対の自信を持っていると言うんだな?」
四位の焦りを知らず、一位が念を押す。
「然り」
と一言。
不安を拭う事など出来ようも無いが、出た言葉は飲み込めない。四位は不安を一抹も見せず、その不遜な態度を続ける。
「誰一人、智という土俵で彼女を下すことは出来ないでしょうと、重ねて言うわ」
これから起こるであろうレアの苦労を思い、四位は人知れずに謝罪を言うのだ。声に出さず、心の中で。
ナターシャ「あの子、大丈夫かしら?」




