その30の3『おるすばんの話』
構造や通路の形などは知恵ちゃんの家に似ているものの、すでに知恵ちゃんのいる場所は知恵ちゃんの家ではないので、その場所からコインが持って行かれたところで、特に知恵ちゃんの家の誰も損をすることはありません。コインのはまっていたクボミだけが残っている台座をのぞき、再び知恵ちゃんは周りに犬のモモコがいないのを確かめてから部屋を出ました。
「どうやったら家に戻れるんだろう……」
『私も行きたいけども、おるすばんしてるからダメ』
「私、これはお留守番になってるのかな?」
家にも戻る方法を探しながら、知恵ちゃんはお風呂場がある場所までやってきました。そこには、やはり洗面所やお風呂はなくて、代わりに他の部屋と同じような台座とコインが置かれていました。
「……」
ふと、洗面所のある部屋の壁に鏡が立てかけてあるのを知恵ちゃんは見つけます。それに触れてみたところ、指は鏡の光沢や銀色を通過し、鏡の向こうへと突き抜けた指先には温かみが伝わってきました。試しに鏡の奥へと顔をのぞかせてみます。そこはリビングに置いてある立ち見鏡に繋がっていて、通り抜けることで知恵ちゃんは自分の家のリビングへと戻ることができました。
リビングには犬のモモコがおり、犬用のベッドの中から知恵ちゃんを見つめています。知恵ちゃんの家には台座やコインなど、見覚えのないものは1つもありません。見知った自分の家の中を歩きなながら、知恵ちゃんは窓際まで移動してトランシーバーを耳に当てました。
「私、家に戻ってきた」
『そうなの?タヌキは?』
「もういない」
テーブルの下をのぞいてみても、タヌキのような小人はいません。リビングの扉を開きますが、廊下には石で作られた壁もありません。そのまま知恵ちゃんは階段を上がり、自分の部屋の窓から亜理紗ちゃんを探します。まだ亜理紗ちゃんは隣の家の2階にいて、知恵ちゃんの姿を見つけるとトランシーバー越しに会話を始めました。
『ねぇ、ちーちゃん。ちょっと聞いていい?』
「なに?」
『うちの大きい鏡が光ってるんだけど、あれなんだと思う?』
知恵ちゃんは自分が通り抜けてきた鏡を思い出します。そして、それを通ればタヌキのいる世界に行けると考えました。
「それ、きっと……通るとタヌキの世界に飛ばされる」
『ほんと!じゃあ、私も行ってくるから、どうなってるかトランシーバーで教えてね』
「うん」
亜理紗ちゃんの姿が見えなくなり、少しして亜理紗ちゃんの家の窓の奥にも、虹色の光が現れました。すぐにキィーンと音がして、亜理紗ちゃんの家の中にあった光が1つ消えます。それに関しての連絡が、知恵ちゃんの持っているトランシーバーへと入ってきました。
『とられた……たぬきに』
「結構、すばしっこいんだ。たぬき」
『あと、どこにお宝がありそうに見える?』
知恵ちゃんは自室の窓から視線を動かし、亜理紗ちゃんの家の光っている部屋を探します。ここから見える限りでは、キッチンの方に虹色の光があり、それを知恵ちゃんは亜理紗ちゃんに伝えます。
「台所の方が光ってるけど」
『そっちか……あっ』
「……」
『なんか……知らない道がある』
「……?」
知恵ちゃんの報せを受けて、亜理紗ちゃんはキッチンへ向かいます。その途中、自分の家にはないはずの道を見つけたと亜理紗ちゃんは言いました。亜理紗ちゃんのトランシーバーを通して、ギィッと扉を開く音が聞こえてきます。
『地下に通路がある』
「どこに行くの?」
『向きがそうだから……多分、ちーちゃんの家の方に繋がってる!』
「え?」
『今から行くから、ちーちゃんも来てちょうだい!』
それだけ伝えると、亜理紗ちゃんの通信は地下へと入った拍子に途絶えました。この世界に残されてしまった知恵ちゃんは少し迷う様子を露わとしながらも、亜理紗ちゃんを追いかけるために立ち見鏡があるリビングへと走りました。
その30の4へ続く






