その18の2『本の話』
亜理紗ちゃんは知恵ちゃんに借りた本を持って帰らず、そのまま知恵ちゃんの部屋に行くとベッドの上に寝転んで読み始めました。ただ、それなりにページ数のある本でしたので、仰向けになって自分の胸に置いたまま本を広げています。
「帰って読めばいいんじゃないの?」
「わからないところがあったら聞こうと思う」
そう言いつつ、亜理紗ちゃんは登場人物のセリフのところだけ声に出して読むのですが、その音読には全く感情がこもっておらず、緊迫したシーンでも悲しさや辛さが伝わってきません。20分くらい読書を続けた末、亜理紗ちゃんはマンガを読んでいる知恵ちゃんに聞きました。
「これ、いつ違う世界に行くの?」
「もうちょっと先でしょ」
亜理紗ちゃんは早くファンタジーの世界に進んでほしいのですが、まだ主人公の家庭事情や学校の友達とのやりとりが続いています。更に20分して、また亜理紗ちゃんは知恵ちゃんに質問しました。
「この転校生の正体ってなんなの?」
「最後まで読んで……」
知恵ちゃんはネタバレされるのを嫌がる子でしたが、亜理紗ちゃんは内容が解っても気にしない子なので、核心に触れる事柄についても気軽に聞いてしまいます。さすがに物語の結末までは教えてもらえず、亜理紗ちゃんは読書へと目を戻しました。
それからも知恵ちゃんの読んでいるマンガを後ろからのぞき見たり、時たまに本の表紙をながめたりしつつ、何時間もかけて亜理紗ちゃんは本を読み進めていました。そして、やっと物語の舞台が異世界へと移り、亜理紗ちゃんも姿勢を変えてベッドへと座りました。
「ちーちゃん。敵との戦いが始まったよ!」
「そうなんだ」
「もう本の半分まできた」
亜理紗ちゃんは他人の家にいると読書に集中できるのか、もう本の半分まで読み終わっています。ですが、その本の物語は上中下巻に分かれており、その巻だけでは物語が終わらないことを知恵ちゃんは説明していません。
主人公の男の子の最初の戦いが終わると、亜理紗ちゃんは本にしおりをはさんで休憩を始めました。同時に知恵ちゃんもマンガを読み終わり、それを本棚へと戻すと亜理紗ちゃんに本の読み心地を聞きました。
「読めそうな感じ?」
「うん。借りていっていい?」
「いいよ」
「……」
本を借りることにしたのとは別に、亜理紗ちゃんは不思議そうな表情で違う事を知恵ちゃんにたずねました。
「ねぇ、ちーちゃん」
「なに?」
「……私らって、何回か変な世界に行ってるけど……なんで戦ったりしないの?」
「……え?」
亜理紗ちゃんに言われて知恵ちゃんは考えていますが、やっぱり一度も危険な生き物や、悪い人には出会っていませんでした。ただ、知恵ちゃんとしては戦いがない理由など考えたこともなかったので、逆に亜理紗ちゃんへ問いかけました。
「戦いたいの?」
「戦いたくはない」
「でしょ?」
知恵ちゃんも亜理紗ちゃんも特に何かと戦いたいわけではなく、本で読んだ異世界と自分たちの遊びに行っている世界の違いを実感した上での発言でした。その時、知恵ちゃんは机の上に置いてある紫色の石が、ほんのりと光っているのを見つけました。
「石が光ってる……」
「なんで?」
知恵ちゃんは石を持ってベッドへと座り込み、亜理紗ちゃんと一緒に石の光を見下ろしています。しばらく石は2人の声を聞くように光っていましたが、じっと2人に見つめられると次第に輝きをひそめ、元の落ち着いた色へと戻っていきました。
その19へ続く






