その100の5『友達の話』
『誰と話をしていたんだ?』
『あ……お父様』
大きな影が病室のトビラを開くと、内側から聞こえていた大人の声は聞こえなくなりました。部屋の中には小さな影しか姿は見えず、誰かが出て行った形跡もありません。
『私は、お父様とお話をしていました』
『私と?』
ベッドに座っている小さな影は、手の中にある紫色の石を大きな影に見せます。石は呼吸をするように内部から光を送り出していましたが、やがては夜のような暗い色へと戻っていきました。
『この子が、お父様が会いに来てくれた時間を、何度も何度も繰り返し見せてくれます』
『そんなことをしなくても、お前は本に描かれた世界にも、未来にも過去にも、好きな場所に連れて行ってもらえる。こんな場所にとらわれなくていいんだ』
『……』
しばらく2人は黙ったまま、つるんとした石の質感をながめていました。それから、大きな影は首を横に振って、小さな影の手を優しく握りました。
『解った。一緒にいよう。できるだけ。一緒にいよう』
紫色の石が、影たちの手の中で輝きをあふれさせました。すると、部屋の壁にかけてある時計の針が動かなくなります。窓の外にある景色、雲だって揺れもしません。止まった時間の中で、大きな影と小さな影は、延々と会話を続けていました。たまに小さな影は呼吸を整えて、大きな影は背中をさすってあげて、笑いあったり声をかけあっていました。
『お父様。ありがとう。そろそろ、みなさんのところに戻らないと』
『いいのか?』
紫の石が作り出した永遠の中で、小さな影はお別れの言葉を口にします。すると、大きな影の方は残念そうに、にぶい動きでイスから腰をあげるのです。待ちわびたように時計が動き出し、空の色が赤く変わっていきます。
また朝と夜が何度も訪れたのち、大きい影は病室へと戻ってきました。ある日は手作りの料理を持ってきたリ、時には本やお土産を持ってきたリ。仕事場の仲間の話もしました。最近のニュースについて語りました。お話は尽きません。なのに、いつもお別れを切り出すのは小さな影の方です。
『ありがとう。お父様』
『……』
会えなかった時間を取り戻すみたいに、大きな影と小さな影は疲れがくるまで、一緒の時間を過ごしていました。それを知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは、じっと見つめていました。でも、徐々に小さな影は色をうすめていき、大きな影が病室へと次に会いに来た時には、もうベッドから姿を消していました。
「ベッドの人、どこ行ったんだろう……」
「……」
知恵ちゃんは亜理紗ちゃんの疑問には答えず、自分の手の中にある石の輝きを見下ろします。それと同じ色の光が、ベッドの上に残されています。
『魔石よ。ありがとう。お前も、別の友達を探しに行くのだな……』
大きな影が、シーツに乗っている石を手にします。暗い色の手の中から光の粒子がのぼり、風にふかれるようにして窓の外へと飛び出して行きます。大きな影が手を開きます。すると、知恵ちゃんたちの見ていた世界は何も見えない真っ白な色に包まれました。
「……あ」
知恵ちゃんが目を開くと、いつしか自分の部屋へと戻ってきていました。目の前のテーブルには日記帳が広げてあって、知恵ちゃんの隣には亜理紗ちゃんがいます。そして、知恵ちゃんの手の中には、紫色の石があります。
「ちーちゃん。これ……」
「魔石っていうんだ」
ゆっくりと、石をテーブルに置きます。クローゼットや石は、眠ったように光を失っています。さっきまで見ていた光景を頭のすみに残しながら、知恵ちゃんはエンピツを手に持ちました。
「……待って。ちーちゃん」
「……?」
亜理紗ちゃんは絵日記を閉じて、その表紙を見つめました。知恵ちゃんと亜理紗ちゃんの名前が書いてある下へ、鉛筆の先を置きます。
「あ……でも、石の名前の漢字が解らない」
「ひらがなでいいんじゃないの?」
亜理紗ちゃんは友達として、日記帳の表紙に石の名前を書きたい様子です。知恵ちゃんも漢字については定かでなかったので、ひらがなで書けばいいのではないかと助言します。大きな影が呼んでいた石の名前を思い出しながら、ひらがなで1つずつ、亜理紗ちゃんが石の名前を書いていきます。
「……できた。これで、ちゃんと友達だ」
「……」
亜理紗ちゃん。知恵ちゃん。2人の名前が書いてある下には大きく、『かせき』と書かれていました。
「あの。アリサちゃん……石の名前、化石じゃなかったと思うんだ」
その101へ続く






