その100の4『友達の話』
窓の外。カーテンを通して差す日光が消え去り、訪れた夜闇を裂いて新しい陽がのぼります。亜理紗ちゃんは本棚の奥に隠された紫の石をスキマからのぞいているのですが、いつの間にか石はなくなっています。そこへ、再び大きな影が現れました。
『周囲の時間、空間……意識を超え、その彼方へと、危険性なく繋ぐ魔法。それを込めた石。うまく完成しない。どうして……』
大きな影は手に持った石にスポイトで液体をかけたり、布のようなもので表面をこすったりしています。柱時計の針は、見る見る内に時間を進め、それに従って空の色も黒と白に点滅します。あっという間に時が流れていきます。
『早くしないと……』
大きな影は頭を抱えて、石への細工や実験を続けていました。そこへ、犬の鳴き声が聞こえてきます。大きな影が窓を開き、建物の外へ体を向けます。知恵ちゃんと亜理紗ちゃんも、屋敷の正面にある庭を見下ろしました。
「……ワンちゃんだ!」
「……ワンちゃんかな?」
家の前に、首輪をつけた生き物がいます。亜理紗ちゃんはワンちゃんと言いましたが、その生き物は軽自動車ほども体の大きさがあり、黒い体毛は炎のように逆立っています。赤い瞳で大きな影を見上げています。その姿は迫力があって怖そうですが、顔にはさみしそうな様子がにじみ出ていました。
『……お前も、あの子がいなくて悲しいのだな。悲しい……そうか。そうだ』
大きな影はワンちゃんを見つめ、心通わせるかのように言います。そして、紫の色の石を陽にかざし、まるで石へ聞かせるようにして声を出しました。
『お前は、娘の友達だ。道具ではない。心を持った友達になってほしい』
窓が閉じられ、大きな影と紫の石は姿を消してしまいました。空が暗転し、ランプの火から光がふくらむと、大きな影の声が部屋の奥から聞こえてきました。手にしている紫の石の内部からは、キラキラした輝きがもれだしています。
『用意ができたぞ。ああ、よかった。明日にでも、娘に会いに行こう』
喜びの声を受けて、石は一層の光を放ちます。それなのに、建物の外の景色が昼夜を何度も繰り返しても、時計の針がグルグルと回っても、紫色の石は部屋に置いたままになっていました。
『……ああ。やっと都合がついた。待たせてしまったね』
大きな影は石を持ってカバンへと大切に入れ、やっと部屋を出ていきました。トビラは開いたままになっています。それを見て、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんも大きな影のあとを追いました。部屋の外には真っ白な世界が広がっています。次第に場面は移り変わって、廊下のような場所が周囲に浮かび上がってきました。大きな影が、窓のある突き当たりに作られたドアの前で立ち止まります。
『……入るよ』
小さくノックをして、大きな影は部屋へと入っていきます。室内にはベッドと最低限の家具しかありません。ふとんに寝ている小さな影が、体を起こして大きな影を迎えました。
『お父様。お久しぶりです』
『仕事が忙しくて、あまり会いに来られずにすまない。具合はどうだ?』
『はい。本日は、食後に果物をいただきました』
ベッドに座っている小さな影は、消えそうな声ながらも楽しそうに喋り始めます。お父様と呼ばれた大きな影は、紫色の光る石を取り出し、小さな影へと手渡しました。
『この石は……魔法の石だ。お前が望めば、どこへでも連れて行ってくれる。なんだって見せてくれる。友達になってくれる』
『ありがとう……』
それからの一時、大きな影と小さな影は、他愛もない話をして笑いあっていました。でも、一緒にいられる時間は長くはありません。
『ああ。もう面会の時間が終わる……次は、いつ来られるか解らない』
『来てくれて、ありがとうございました』
『……』
名残惜しそうに、大きな影はイスから立ち上がります。ゆっくりと足を動かし、お別れを言わずに病室をあとにしました。亜理紗ちゃんたちも一緒に部屋を出ます。大きな影が廊下の向こうに消えた後、窓の外では陽の光と夜の闇が何度も行ったり来たりを繰り返しました。立ち去った影は数秒後、再び病室の前へと戻ってきました。
「ちーちゃん。また戻ってきたよ」
「……?」
大きな影がドアをノックしようとします。しかし、部屋の中からは男の人の声が聞こえてきます。ふと大きな影は手を下げて、ドアに頭を近づけました。
『この声……誰の声だ?』
小さな影が誰と話をしているのか、大きな影は気づいていません。でも、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんには、病室の中から聞こえる声と大きな影の声が、まったく同じ性質のものに感じられました。
その100の5へ続く






