その99の5『旅の話』
雪山のふもとまで落とされた2人は洞窟から出て、そのまま真っ直ぐに部屋を進行させました。山から離れるにしたがって雪も止み、窓ガラスの冷たさもなくなっていきます。2人は軍手を外して、再び冷たい太陽の光の下へ目を向けます。
「……水の音がする」
ちょろちょろという優しい水の音が聞こえ、亜理紗ちゃんがは地図につけた指を動かして部屋の向きを変えました。やや右へと向き直った窓の外をのぞけば、つもった雪の下に小粒のつららがあるのが解ります。蛇口から水を流したような小さい川へと、つららの先端から水滴が落ちています。
「……」
知恵ちゃんの部屋は家の角にあるので、部屋の二面に窓があります。別の方向にある窓には寒々とした雪山がそびえ、目の前には春の雪解けが表現されています。それなのに、2人のいる部屋は湿度が高くて、気温も上々な夏の1ページです。
「ここは春の場所だから……もうちょっと行ったら、秋もありそう」
「春の次だと、夏じゃないの?」
「……」
扇風機しか頼りのない夏の部屋の中で、窓の外にも暑そうな世界が広がってしまったら、気が滅入ってしまうかも解りません。亜理紗ちゃんは自然な動作で、雪山の方へと部屋を戻そうとします。
「ちーちゃん。雪山に引きこもろう」
「うん」
雪山に登れそうなルートを探す為、亜理紗ちゃんは地図に視線を落しています。すると今度は、どこからか低い音が聞こえてきました。
「アリサちゃん……なんか音がするけど」
「どこ?」
「……」
ズズズという音は段々と近づき、目の前にある雪山が形を変えていきます。山に積もっていた大量の雪がなだれとなって、ごう音と共に押し寄せてくるのが見えました。
「アリサちゃん!逃げよう!」
「ええ?」
部屋の移動スピードでは、なだれからは逃げきれません。すると、2人は急いでベッドから降りて、そのまま部屋の外のろうかへと出ました。キチンとトビラも閉め切ります。
「……雪が流れてくるかもしれない」
「押さえておこう」
知恵ちゃんの懸念を受けて、亜理紗ちゃんは流れ込んでくる雪でトビラが開かないよう、しっかりと押さえておきました。知恵ちゃんも協力してトビラに手をつけているのですが、一向に部屋の外までは雪の流れる音も聞こえてきません。
「……」
約5分ほども待機していたものの、いつまでたっても雪が部屋から出てくる気配はありません。もちろん、ガラスが割れる音なども全く聞こえてはきませんでした。
「ちーちゃん……開ける?」
「開けてみる?」
あまりにも静かなので、部屋がどうなっているのかと気にして、2人は手を重ねてドアノブをひねりました。トビラを開きます。部屋の中に雪は全くありません。その代わり、窓の外は雪に埋もれて真っ白になっていました。
「雪から出られる?」
「やってみるね」
亜理紗ちゃんが部屋を発進させると、窓をおおっていた雪がドサドサと落ちていきます。山から流れてきた雪は浅く、すぐに太陽の元へと出ることができました。
「……」
遠くには山があります。しかし、雪山の雪は全てはがれ落ちて、完全に山肌があらわとなっていました。茶色い岩や土、山の中央に巨大なクリスタルが埋め込まれています。山の3分の1を占める程の大きな宝石に太陽の光が届いて、赤や黄色などの光が反射しています。
「……黒いバツ印を落ちたから、雪が取れちゃったのかな?」
「そうかも」
亜理紗ちゃんは地図上のバツ印を指さします。あの宝石の中を通って下まで落ちて来たのだと、すぐに知恵ちゃんも気がついたようでした。
「……」
とてもキレイで大きな宝石を、2人は時間を忘れて見つめていました。山には雪が降り続いています。徐々に雪は積もりに積もって、まるで宝物を隠すようにして、山を元通りの白い姿へと変えていきました。
その99の6へ続く






