その91の2『胸きゅんきゅんの話』
亜理紗ちゃんの言っていた『心もぞもぞする』というのは、世間的に言えば『胸がキュンとする』なのだと知恵ちゃんは気づきました。では、どんな時に胸キュンするのか。それは桜ちゃんに質問してみます。
「桜ちゃん。胸キュンって、どうしたらするの?」
「う~ん……人それぞれだからなんともだけど。恋愛ドラマとか見た時とか」
「……恋愛ドラマ」
知恵ちゃんも録画したドラマを両親と見ることはありましたし、その中には恋愛ものもよく含まれています。ただ、ラブコメのコメの部分は楽しく見ることができても、ラブの部分に知恵ちゃんはピンときておらず、そこが退屈で眠ってしまったりもします。
「ところで、知恵。好きな人とかいる?」
「アリサちゃん」
「男の子で……」
「いない」
そもそも男子は男子でたわむれているので、あまり知恵ちゃんも桜ちゃんも男の子とは関わりがありません。この話題は広がらないので、知恵ちゃんは恋愛ドラマの話へと戻します。
「恋愛のドラマって、何が見所なの?」
「見所は……もう、つきあっちゃえばいいのにって感じなのに、なかなかつきあわないところ」
「複雑だ……」
あと10年は恋愛ものの面白さを理解できないと見て、知恵ちゃんは恋愛ドラマから胸キュンを得るのは諦めました。桜ちゃんの意見が参考にならなそうなので、次に百合ちゃんに胸キュンを指導してもらいます。
「百合ちゃんも、胸キュンする?」
「するよ~。この前、ネコちゃんの赤ちゃんの写真を見てね。すごい胸キュンしたよ~」
「ネコちゃんの赤ちゃん……」
ネコちゃんの赤ちゃんは知恵ちゃんもテレビで見た事があります。歩くのもたどたどしい、産毛のような柔らかい毛に包まれた子猫を想像すれば、知恵ちゃんにも胸キュンの秘密が解ってきました。
「そっか。子ねこって胸キュンだ……」
「あとね~。かわいいケーキとか、和菓子とか見たら、胸キュンする」
「それは胸より、お腹がすく……」
子ねこのことを考えて胸キュンしたのも束の間、知恵ちゃんは家の冷蔵庫にあるケーキの方に意識を持って行かれました。学校からの帰り道で、亜理紗ちゃんと答え合わせをします。
「アリサちゃんの心もぞもぞって、胸キュン?」
「……そうかもしれない!」
「子ねこって胸キュンかな?」
「子ねこは胸キュンだ」
亜理紗ちゃん自身も、なんと説明したらいいのか解らなかった感情に名前がついて、やっとしっくりきたといった顔をしています。すると、もっと胸キュンを知恵ちゃんと共有したくなって、亜理紗ちゃんは家に知恵ちゃんを呼ぼうと考えました。
「ちーちゃん。今日、うち来れる?」
「なにするの?」
「動物の赤ちゃん特集がビデオに入ってるから、それ見よう」
一度、家に帰ってから、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんの家を訪ねました。リビングのテレビに録画してある番組から、亜理紗ちゃんは動物の出てくるものを探して再生します。
「アリサちゃん、こういうのも見るの?」
「お父さんが録ったやつ」
「アリサちゃんのお父さん、動物が好きなの?」
「好きだけど、お別れしたら悲しい、もう飼わないんだって……」
「複雑だ……」
亜理紗ちゃんの家でペットを飼っていない理由が解ったところで、テレビには子ねこの姿が映し出されました。白くてふさふさした子ねこが、よちよちと歩いていたり、オモチャにじゃれていたりします。それを2人は、じっと真剣に見つめています。
「次はワンちゃんのコーナーだったはず」
「ワンちゃんも見たい」
CMが終わると、子ねこに変わって子犬が登場しました。そのあと、番組は動物園へと映像を移し、子どもの猿やトラ、パンダなどを映します。30分ほどすると、今度はカメラは牧場へと移動し、子牛や子豚の紹介を始めました。すると、知恵ちゃんは食い入るように見ていた画面から目をそらしました。
「……ちーちゃん。どうしたの?」
「ううん……」
「……?」
「ブタさんとウシさんは……かわいいのを見ちゃったら、もう食べれなくなりそう」
「……確かに」
ここでも知恵ちゃんは胸キュンより食い気が勝ってしまったので、仕方なく亜理紗ちゃんはビデオを早送りしました。
その91の3へ続く






