その86の1『やるきの話』
知恵ちゃんも亜理紗ちゃんも、勉強がキライな訳ではありません。たくさん宿題が出た日は一緒にやれば、それなりには楽しくこなすことができます。でも、明日は漢字のテストです。学校の帰り道、ふと亜理紗ちゃんは歩道の脇で立ち止まりました。
「漢字かぁ……」
「もう明日だけど、勉強してる?」
「……漢字かぁ」
ため息が出ているので、勉強がはかどっていないのは明白です。とはいえ、亜理紗ちゃんは物覚えがいい方なので、テスト前に教科書をながめてさえおけば、悪い点数をとることはありません。でも、折角ならば80点。欲をいえば100点の方がお母さんは喜ぶので、できるだけテストの勉強はしておきたいのです。
「なんか……ちーちゃん。漢字の勉強って、あんまり面白くないよね」
「勉強に面白いとかあるの?」
「算数はパズルみたいで面白い」
「国語は?」
「国語も探偵みたいで面白いけど、漢字はノートいっぱいにかかないとダメだから、ちょっとやる気がでないの」
算数は式の通りに読み解けば、パズルのように答えが出そろいます。国語も文章から答えを読み解いていくので、推理小説のようにテストの時間を楽しめます。しかし、漢字の勉強は書いて形を憶えるのが基本なので手も疲れますし、テスト問題でも思考する要素があまりないので、今日の亜理紗ちゃんはやる気が出ないのです。
「帰ったら漢字の勉強が待ってるんだ」
「だからって、ここにいても……」
他の生徒たちはランドセルを背負って、亜理紗ちゃん知恵ちゃんの横を元気に駆けていきます。このままでは亜理紗ちゃんの足が重いので、知恵ちゃんは漢字の勉強が楽しくなる方法を考えてあげることにしました。
「アリサちゃんって、絵を描くの好きでしょ?」
「うん」
「漢字って、絵っぽくないかな」
「……」
知恵ちゃんの発言を受けて、亜理紗ちゃんは審議を開始します。1分ほど考えた末に、知恵ちゃんの説は却下されました。
「漢字は、自分の好きなように書けないから、絵とは違うと思うの」
「でも、私のクラスのサイトウさん。みんな少しずつ漢字が違う。アレンジしてるかもしれない」
「えっ!そうなの?」
知恵ちゃんのクラスにはサイトウさんが3人いるのですが、全員のサイの漢字が少しずつ違うことに知恵ちゃんは気づきました。斉藤さんと、斎藤さんと、齋藤さんがいて、3人とも仲がいいので、もっぱら呼ぶ時は名前で呼ばれます。
「明日、私も見てみる」
「アリサちゃんのクラス、サイトウさんが何人いるの?」
「2人」
「うちの学年、サイトウさん多いんだ」
サイトウさんのおかげで、少し亜理紗ちゃんも漢字に興味が出てきました。亜理紗ちゃんの重い足が動いたのを見計らって、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんの背中を押していきます。家の前に到着し、亜理紗ちゃんは一緒にテスト勉強をしようと提案しました。
「ちーちゃん。私が漢字の勉強するところ、見張ってくれない?」
「いいけど……一緒だと集中できないんじゃないの?」
「1人の方が遊んじゃうから集中できない……」
漢字の勉強なので教え合う必要も全くありませんが、亜理紗ちゃんが勉強に集中できるよう、知恵ちゃんの家で勉強すると決めました。家に帰って勉強道具を持参し、亜理紗ちゃんが知恵ちゃんの家のインターホンを鳴らします。
「いらっしゃい。アリサちゃん」
「オジャマします」
知恵ちゃんのお母さんに出迎えてもらい、2階にある部屋へと知恵ちゃんと一緒に移動します。亜理紗ちゃんはエコバックのようなものに勉強道具を入れていて、知恵ちゃんの部屋へ入ると取り出してテーブルに並べました。
「教科書。漢字のドリル。エンピツ3本。ノート2冊。消しゴム2個。エンピツ削り」
「……そんなに使う?」
「漢字の勉強だから、これくらい使うかもしれない」
もしかして、亜理紗ちゃんのやる気のレベルが、自分とはケタ違いなのではないか。そう考え、知恵ちゃんは漢字の勉強をするのが少し恐ろしくなりました。
その86の2へ続く






