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その62の2『知らない世界の話』

 「え……幼稚園の時?」

 「だって、同じクラスだったでしょ」

 

 そう凛ちゃんには言われますが、知恵ちゃんには幼稚園で凛ちゃんと会った記憶はありません。亜理紗ちゃんに至っては知恵ちゃんと会ったのが小学校に入ってからなので、幼稚園の頃の知恵ちゃんについては想像するしかありません。


 「でね。チエきちはコメキチをいつも取っておいてくれてたのよ」

 「リンリン。コメキチって誰?」

 「コメキチは犬のヌイグルミよ。幼稚園の教室にあったの」


 急に謎の人物の名前が登場し、亜理紗ちゃんはコメキチについて尋ねます。すると、凛ちゃんについては憶えていなかった知恵ちゃんも、ぬいぐるみについては少し思い出した様子で顔を上げました。コメキチについて、凛ちゃんは思い出を語り始めます。


 「私、コメキチが好きだったんだけど……幼稚園に行ったらもう、いつも他の子が遊んでて触れなかったの」

 「ちーちゃん。コメキチ、知ってる?」

 「あれ、そういう名前なんだ」


 知恵ちゃんの家は幼稚園にも近かったので、他の子たちよりも早く到着することが多くありました。幼稚園の教室に置かれているオモチャも、誰より先に好きなものを選んで遊ぶ事ができました。そのオモチャの中にあったのが、白い犬のぬいぐるみでした。


 「だけど、気がついたらチエきちが、私が幼稚園に来るまで、ずっとコメキチを抱きしめてるようになって。そのあとは私に渡してくれるようになってたのよ。毎日。だから私も、知恵ちゃんのことをチエきちって勝手に呼んでて」

 「それで、ちーちゃんはチエきちなんだ」

 「そうよ!コメキチが好きなチエきちよ」

 「リンリンはリンキチなの?」

 「そうよ!」

 「私、アリきち」

 「それはいない。ダメ」


 どうしてチエきちと呼ばれているのか、その事実に知恵ちゃんはやっと気づきました。ただ、これは凛ちゃんと知恵ちゃんだけの大切な思い出なので、アリきちには入り込む余地がありません。


 「クラスが変わってから会わなくなったんだけど、小学校で今のクラスになって……あんまり見た目が変わってなかったから、すぐにチエきちだって解ったのよ。仲良くなりたくて、頑張って話しかけてみたんだけど……」


 そういう凛ちゃんの姿を改めて、知恵ちゃんはじっくりと見つめてみます。その女の子は幼稚園の頃よりも髪が長くなっていて、それなりに背ものびています。なにより、やや内気そうだった彼女が、今は声も大きく、それでもなお言動は不器用でいます。


 「なのに。なんか、チエきち。私にそっけないのよね」

 「だって、おぼえてなかったし……」

 「えっ!?」


 亜理紗ちゃんが聞き手に回っていたはずが、いつしか凛ちゃんと知恵ちゃんの対話となっていました。亜理紗ちゃんは木の根元をのぞき、一足先にケセランパサランを探しています。知恵ちゃんと凛ちゃんはお互いの記憶をやりとりして、お互いの姿を確認し合いました。

 

 「チエきち。私たち、あんなに仲良しだったのに……」

 「でも、話したことなかったし……」

 「……でも、いっつもコメキチを渡してくれたし」

 「だって、欲しそうに見てるから……」


 凛ちゃんは友達だと思っていましたが、やっぱり知恵ちゃんの中では友達でなかったことも判明します。そんな、かみあわせの悪い2人の会話とは関係なく、亜理紗ちゃんは話題を別の方向へと持って行きます。


 「そういえば……なんでリンリンはクラスで、ちーちゃんと遊ばないの?」

 「いや……それは……その」


 やや口ごもりつつも、凛ちゃんは亜理紗ちゃんにだけ小声で理由を伝えました。


 「……」

 「……あっ」


 凛ちゃんの言い分を聞き、亜理紗ちゃんは簡単にフォローの言葉を返します。


 「百合ちゃんはいい子だと思うんだけど」

 「……佐藤さん。百合ちゃんが苦手なんだ」

 「だ……だって、私がチエきちに近づくと、ニコニコしながらいじめてくるし!」

 「それは大体、佐藤さんが自滅してるだけだし……」


                                その62の3へ続く

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