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彼女の続き  作者: 鮎彦
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第17節 確実を期す必要があった。

 確実を期す必要があった。

 なにせ今度は失敗が許されないのだ。

 俺は前回とは少しやり方を変えることにした。

 まず秋津に飲ませる睡眠薬の量を増やすことにする。

 4回分、つまり前回の倍の量だ。

 薬を増やせばその分効果は強く、長時間持続することになるだろう。

 大量の薬は相手の身体に害を与える可能性があることは分かっていた。

 しかし確実に目的を達するためには多少のリスクには目をつぶる必要がある。

 これは仕方のないことなのだ、俺は自分にそう言い聞かせた。

 加えて日に日に厳しくなっていく(ように感じられる)クラスメイトの監視の目をどうかい潜るかという問題があった。

 どんなに疑わしくても疑惑であるうちはまだ手の打ちようはあるが、もし計画を実行している現場を見つかったりしたらどうにもならない。

 計画の実行場所である保健室に出入りするところを目撃されてはいけないのだ。

 だから今回はちょっとした小手先細工も講じることにした。

 上手くいけばクラスメイトたちの意識を俺から逸らすことができるだろう。




 決行日がやって来る。

 秋津は相変わらず学校に水筒を持ってきていたので今回もそれを利用することにした。

 誰にも見つからずに薬を混ぜることができるか不安だったが、教室が無人になった隙に拍子抜けするくらいあっさりと目的を果たせた。

 おそらくまだ誰も水筒に薬を混ぜるという手口には気づいていないのだろう。

 やがて教室に戻ってきた秋津も全く警戒することなく水筒の中身を口にしていた。

 次の授業が始まるとさっそく効果が表れる。

 薬の量を増やしたのが効いたのだろう、秋津は見るからにぐったりとしていた。

 前は眠くても授業を中抜けするのを渋っていた彼女だったが、今回はすぐに自分から先生に「保健室に行かせて下さい」と申し出た。

 それほど眠気が強かったのだろう。

 先生はすぐに許可を出したので秋津は席を立った。

 しかしその足取りは泥酔者のようにふらついていて見るからに危うげだ。

 先生は慌てて隣の席の生徒に、保健室まで付き添うようにと指示した。

 足腰の弱った老人のように付き添われながらゆっくりと歩いて行く秋津、教室の出口に差し掛かったところで妙なことが起こった。

 出口近くの席にいたある女子が秋津に駆け寄って何ごとか耳打ちをしたのだ。

 奇妙なのはその女子は耳打ちのような所作をとっていながら、実際には声を潜めるということをしなかったことだ。

 おかげで俺もはっきりとその言葉を聞き取ることができた。


「保健室に入ったらちゃんと内側から扉の鍵を掛けるんだよ」


「え? う、うん……」


 秋津はよく事情が飲み込めないという風に返事をしていた。

 あるいは女子はこちらをけん制でもするつもりでワザと大きな声であんなことを言ったのかもしれなかった。

 付き添いの生徒と一緒に秋津が教室から出ていくと授業が再開される。

 授業は表面上は何の変哲もなく進行しているように見えた。

 だが俺にはクラスメイト全員が意識を研ぎ澄ませてこちらの一挙手一投足を注視しているように感じた。

 一度目の時は秋津の後から自分も教室を抜け出して保健室に向かったのだが、今はとてもそんな疑いを招くような行動はとれない。

 俺は大人しく机に座っているしかなかった。

 授業終わりのチャイムが鳴ると昼休みに入る。

 全校生徒が一斉に校舎中に溢れかえり、保健室前の廊下も大勢の生徒が行き交う時間だ。

 常識的に考えればそんな状況ではとても人に気づかれず保健室の中に入ることなどできないように思われる。

 クラスメイトたちも警戒心を弛めて各々弁当を広げたり購買に昼食を買いに行ったりし始めた。

 そんな中で俺がふらっと教室から姿を消してもほとんど気に掛ける者はいなかった。

 教室を出た俺は廊下を歩いていく。

 しかし保健室には向かわない。

 向かったのは昇降口だ。

 下駄箱で外履きに履き替えると校舎の外に出る。

 そのままグラウンドを横切って保健室近くまで行くこともできるが、校舎の窓から誰かに目撃される可能性が高い。

 俺はグラウンドと反対方向の校庭に向かった。

 事前に確認していた天気予報の通り、外では雨が降り始めていた。

 校庭の隅のうさぎ小屋の辺りは普段から訪れる者が稀で、加えて雨なこともあって昼休みだというのにひと気が全く無かった。

 そしてこの一帯は校舎側からは死角になっている。

 俺は念のために周囲に誰もいないことを改めて確認した上で、校舎の壁の前に立った。

 次の瞬間、浮遊能力を使って壁伝いに一気に上昇した。

 数秒で雨の屋上の上に降り立つ。

 屋上は立ち入り禁止になっているので当然誰もいない。

 俺は身をかがめるとアスファルトの上をゆっくりと反対側、つまりグラウンド側の端に向かって移動する。

 屋上の縁に到達すると雨のグラウンドを見渡した。

 幸運なことにグラウンドには人影がひとつも無かった。

 とんとん拍子に進む計画に俺はその場で小躍りしたくなる。

 しかし最後の仕事がまだ残っていた。

 俺は努めて昂る気持ちを抑えた。

 身を屈めたまま屋上の縁を移動して位置の調整を行う。

 そして立ち止まった所でもう一度グラウンドの様子を窺った。

 やはり人っ子一人いなかった。

 これで準備は整った。

 俺は屋上の縁のギリギリに立つと、時間をかけてゆっくりと息を吐いた。

 肺の中の空気が全て無くなったところで一気に息を吸い込み、そして止めた。

 次の瞬間、俺はグラウンドに向かって身を投げた。


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