09 計略3
シュタイン領に入ると、フィーネの具合がさらに悪くなったこともあり、街で休憩をはさんだ。ついてきたのはひとりのメイドと御者、それに護衛が二人。なんとも心もとない人数だった。まるで家族に捨てられたように感じる。実際そうなのだろう。
街の宿にはいり休む。
二階の窓から見える景色は、確かに転地療養にはよさそうな場所で、森林や湖がおおく、空気は綺麗で領都も活気があった。王都のようにごみごみとしてないのもいい。病気ではなかったなら、旅行気分で楽しめただろう。
噂には魔導馬鹿の変人魔導士と聞いているが、素朴ながらも豊かな街を見ると、領主としては優れているのかもしれないとフィーネは思った。
そしてはるか丘の上には古城が立っていて、宿の主人の話によるとあれが領主館だという。まだ距離はありそうでフィーネはうんざりした。
翌朝は曇天だった。今にも雨が降りそうでフィーネは鈍色の空を見て少しがっかりした。今日が最後になるかもと毎日思いながら過ごしてきた。できるならば、からりと晴れた日に天に召されたい。
馬車は丘をのぼり、跳ね橋を渡り、城壁を抜け城へと続く小道をすすむ。
庭は驚くほど広く、今では使われていなさそうな小屋もいつか見られた。
ポーチに馬車が着くと、長旅ですっかり弱ってしまったフィーネは、護衛に支えられるようにして降りた。今にも命がつきそうだ。
その後すぐに、ハウゼン家のメイドと御者が馬車からフィーネの荷物を出しポーチに並べると、護衛ともども逃げるように馬車に乗って去っていったのだった。
あっという間の出来事にフィーネは唖然とした。
彼らはこの身代わり騒動を知っている。
巻き込まれたくないのか、それともフィーネの退路を塞ぐために家族に言い含められているのかはわからないが、少し切なくなる。
「これではまるで捨て猫ね。なにも人様の家の玄関先に捨てていくことはないのに」
いつまでも感傷に浸っていても仕方がないので、フィーネはため息をひとつくと、気合を入れてノッカーを鳴らした。
これから家族への復讐が始まるのだ。
ほどなくして、執事が現れた。
「ハウゼン伯爵家から顔合わせに参りましたミュゲと申します。公爵閣下にお取次願えませんか?」
フィーネは執事に伝える。
「お話は伺っております。少々お待ちくださいませ」
執事はフィーネを城に入れることなく、ドアを閉ざした。
応接室に案内する気もないらしい。そして、ハウゼン家の馬車はとっとと帰ってしまった。
(ポーションも残り少ないし、野垂れ死にするしかなさそうね)
フィーネはいよいよ死を覚悟した。だが、その前に変人魔導士に会い、家族に一矢報いたい。ハウゼン家は公爵家から支援が受けなければ、借金苦でいずれ没落するだろう。
「ならば、真実をありのまま告げるわ」
息も絶え絶えにフィーネが気合を入れていると、ドアが開いた。中から現れたのはぞろりとした黒のローブを着て、フードを目深にかぶった背の高い男だった。醜いと有名な顔はフードの陰になっていて見えない。
「ハウゼン家のミュゲ嬢か?」
冷たく迷惑そうな低い声に、フィーネは一瞬たじろいだが、決意も新たに口を開く。
「いえ、私はミュゲではありません。ミュゲは私の姉の名です」
フィーネはきっぱりと言ったが、内心では頭の弱い女と思われて相手にされなかったらどうしようかと思っていた。
「何? どういうことだ?」
フードの陰で表情はわからないものの、相手が反応を見せたので、ほっとする。少なくとも話は聞いてくれそうだ。
「私はハウゼン家の魔力なしの次女フィーネと申します。この縁談を魔力持ちの長女ミュゲが嫌がったので、私が代わりに送られました。ハウゼン家は閣下とのお約束を破り、魔力なしの私にミュゲと偽ることを強要しました」
しばらく沈黙が落ち、フィーネは気分が悪くなってきた。
そろそろポーションが必要なようだ。残りはあと二つ。渡されたポーションの数からいって、あらためて兄と姉の悪意を感じる。
フィーネとばれる前に死んでほしかったのだろう。
「こういうパターンははじめてだ。あきれたな。この縁談というか顔合わせはハウゼン家から持ち掛けられたものだぞ。それなのに替え玉を送ってくるとはな」
意外にも、相手は激昂することなく落ち着いた口調だった。
(怒らないの? それともあきれているだけ?)
フィーネはさらなる燃料を投下することにした。
「私も失礼な話だと思います。この髪は姉と同じ赤に染められて、フィーネと名乗れないように兄に制約魔法までかけられました。そこまでして姉はこの縁談を嫌がったんです!」
「ん? ちょっと待て。制約魔法をかけられたのに、なぜおまえは自分の名を名乗れるのだ?」
公爵は興味をひかれたように近づいてくる。
すると彼からつんとした薬品の匂いがした。きっと何かの実験中だったのだろう。家に実験用の蛇やとかげ、ネズミをたくさん飼っているという噂もあるが本当だろうかと、フィーネはぞっとしてあとずさる。
「私は、もともと魔法にかからないのです」
臆しながらも、言葉を返す。なぜか予想していのと違う反応を返す公爵にフィーネは戸惑った。
「お前は今、自分のことを魔力なしと言っていなかったか?」
魔導士がかすかに首を傾げる。
「はい、魔力なしです。そのせいなのかはわかりませんが、制約魔法などにはかかりません。でも家族とは折り合いが悪いので、秘密にしていました。かかったふりをしたのです。
だから、彼らは私が自分の正体をばらしているとは思ってもいないでしょうね。ふふふ、あははは」
それを考えるとフィーネはおかしくなってくる。思わず笑みがこぼれた。
(つづく)
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