45 ともに歩む未来 最終回
フィーネは今ノアの婚約者という立場だ。彼のような立派な人の婚約者が自分では申し訳ない気がする。
素顔を晒したノアは驚くほどのもてようだった。
それはそれで当然だろう。
フィーネはつい最近まで家族を恨んでいたが、その恨みも風化してしまうほど、今のフィーネは幸せだ。
ノアを含めシュタイン家の使用人たちにはいろいろと迷惑をかけたが……。
フィーネは今、生まれて初めて人に受け入れられ、愛されている。
二人はシュタイン領に戻り、休養を楽しんでいた。
今日は最高のピクニック日和。
ノアは早めに仕事を切り上げて、フィーネと散歩をしてくれている。
しかし、急いできたせいか、彼の黒髪は相変わらずぼさぼさだ。ロイドにいつも髪を整えるように言われているのだが。
そして、フィーネは、いまノアの漕ぐボートに乗っている。念願のボート遊びだ。湖面をわたる風が心地よい。ノアと一緒にいると、フィーネの中に、どんどん好きなことが増えていく。
「そういえば、ノア様はどうして顔に傷を作っていたのですか? あれは魔術というより呪いですよね」
「贖罪だ」
ノアは、ボートの上で、初めてフィーネに過去を語り始めた。
子供の頃から天才肌だった彼は、当時無茶な実験をして多くの人にけがを負わせたのだ。
当時城の中にあった実験室は爆発し、使用人たちは傷つき、巻き込まれた母親は足にけがを負い歩けなくなった。
以来、彼は己の怪我の治療を拒み、回復することをも拒んだ。
「その後、俺はポーションの開発に努めた。そしてやっと母の足を治し、彼女は歩けるようになった」
「そうだったんですか。それなのに、顔の傷を治さなかったのですか?」
「三年だ。母は三年間歩くことができなかった。父も母も使用人たちも誰も俺を責めなかった。だから、あれは己への戒めだ」
フィーネはふと気になった。
彼の両親は今どうしているのだろう。誰の口からも聞くことがない。
「怪我が癒えた母は、父と二人でよく旅行するようになった。今まで歩けなかった時間を取り戻すように。
貴族にしては珍しい恋愛結婚でね。仲の良い夫婦だった。俺が十六の時だった。その日も二人は元気に旅立った。だが、二度と帰って来ることはなかった。海難事故に遭ったんだ」
「そんな……」
フィーネの瞳が悲しみに揺れる。彼は愛するものを失ったのだ。どれほどの痛みを心に負ったことだろう。
「だから、俺は魔方陣による転移装置を作ろうと考えた」
フィーネは、ノアが研究にかける原点を見た気がした。
「ノア様は、誰かの平穏な生活を、幸せを願って研究に打ち込んでいたんですね」
フィーネの言葉にノアが顔を赤らめる。
「そんなたいしたものではない。俺が満足したかっただけだ」
「ふふふ、ノア様、ありがとうございます」
「何がだ」
ノアは、いつものぶっきらぼうな口調で答える。
「私に命をプレゼントしてくれて、そのおかげで今まで知らなかったノア様をたくさん知ることができます。これからもよろしくお願いします」
フィーネが頭を下げる。
「だから、やめろ! そんな大げさなものではない」
ノアは耳まで赤くなっているが、彼の顔を覆うためのフードはもうない。
「そうだ。ノア様、私を助手に雇いませんか? もちろんここの実験室専用の。私は実験体お役御免なのですよね?」
「ふん、ついでだから、教えてやる。お前の持つ魔力は人とは少し性質の違うものだ」
「え?」
「ハウゼン家にエルフの先祖がいるというのは、本当だ。お前の能力は人にはないものだ」
「は?」
フィーネは目をぱちくりした。
「先祖返りか、取り替え子かはわからないが、お前は上位種のエルフということだ」
「はい?冗談ですよね? 私がエルフって」
フィーネは引きつった笑みを浮かべてノアに尋ねるが、彼の顔は真剣だ。
「人の魔力をまとめて吸収し中和するなど、人の身でできるわけがないだろう。不可能だ」
「……えええええ!」
湖面をフィーネの絶叫がわたる。
「よって、お前は人外だ。大事なことだから、誰もいない湖面の真ん中で知らせた」
「つまり、ノア様と結婚できないと?」
フィーネは混乱した。
「なんでそうなる? 俺はフィーネと結婚する。それにエルフ族は人族と婚姻可能な亜種だ。だが、お前がエルフということは秘密だ。狩られるか、利用されるぞ」
狩られると聞いてぞっとした。
「わかりました。ノア様がそこまで言うのなら、信じます。というか人外とか亜種とか言うのやめてもらえます?」
フィーネが不平を漏らすと、ノアは噴き出した。
「面白い奴だと思ったが、そもそも人ではなかったな」
そう言って楽しそうに笑うノアの体をフィーネはゆする。
「そんな事より、私、二百年も三百年も一人ぼっちで長生きしたらどうしましょう」
余命が半年というのも嫌だが、長寿すぎるというのも問題だ。
「ただの伝承だ。寿命は人と変わらない。空気と水のよいところで生きたから長寿だったんだ」
フィーネはそこで不思議に思う。
「なんでそんなに詳しいのですか?」
「湖の向こうに森があるだろう。あの森に二百年ほど前までエルフ族が住んでいた」
「そうだったんですか」
ここは水も空気も綺麗で、森は青々としていて美しい。
フィーネはノアと一緒にいるこの場所が大好きだ。
もしかしたら、ノアの祖先にもエルフがいるのかもしれない。彼の魔力量は計測史上最高といわれているのだから、十分にあり得る話だ。
「フィーネは妙にここが気に入っているし、故郷に帰って来たのかもしれないな」
ノアがしみじみと言う。
「では、今度あの森に連れて行ってください」
「わかった。一緒に行こう」
ノアが微笑んで頷いた。
また一つ、彼がフィーネの望みをかなえてくれる。
ノアは絶対に約束を破らない。
これからもたくさん彼と約束できると思うと、フィーネは嬉しかった。
もう独りぼっちではない。
ずっと彼のそばに……、共に人生を歩んでいく。
その時、フィーネの髪をふわりと風が揺らした。
森の向こうから湖面を渡り、爽やかな風が吹き抜ける。
まるで二人の未来を祝福するかのように。
fin
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