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【書籍化改題】身代わり令嬢の余生は楽しい ~どうやら余命半年のようです~  作者: 別所 燈


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39 ノアの決断2

 

 ノアは王都から自領の研究棟に転移すると、待機していたロイドにこれからすべきことを告げる。


 そして、すぐにフィーネの元に向かった。


「フィーネ!」

 彼女の寝室のドアを開けると、弱弱しく微笑むフィーネがいた。


「よかった……ノア様と会えて」

 フィーネが柔らかく微笑む。

 まるで今生の別れのような彼女の言葉にノアは怒りや悲しみ、激情がこみ上げてきた。


 しかし、今はそんなものに振り回されている場合ではない。


 ベッドから、ブランケットにすっぽりと覆ったフィーネを抱き上げる。

「ご主人様! 今フィーネ様を動かすのは危険です!」

 マーサが必死に止めるが、ノアは聞く耳を持たなかった。


 彼はフィーネを抱き上げたまま、足早に研究棟に向かう。

「フィーネ、寒いか?」


 中央階段をおり、城の外に出る。あたりはすっかり夜のとばりが落ちていた。

「寒くないです。むしろ体が熱いから夜風が心地よいです。星がきれい……」 


 フィーネは今にも消えてしまいそうな淡雪のような笑みを浮かべる。


「フィーネ、すまないが最期の実験に付き合ってくれ」

「ふふふ、最期の最期に、私はノア様の役に立てるのですね」

 彼女はすでに死期を悟っている。


「ああ、俺はこれから世紀の大発見をする」

 研究棟に入るとノアがフィーネをだいたまま暗く長い廊下を進んでいく。彼女は柔らかく、驚くほど軽い。まるで魂の半分がすでに天に召されているかのように。


 闇に沈んだ部屋に入る。魔法灯はなく、代わりに蝋燭がともり、床には二つの魔法陣が描かれている。


 ノアは魔方陣の上にブランケット敷き、フィーネをそこに寝かせる。

「フィーネ、床は冷たく痛いが、すぐにすむ。耐えてくれ」

 返事をする体力も残っていなくてフィーネはノアに向かって小さく笑む。

 

 そしてノアはもう一方の左側の魔方陣に入ると呪文を詠唱する。

 

 するとフィーネの体が徐々に光り輝き始めた。



  ◇◇◇



 フィーネの体に温かい魔力が流れ込んでくるのが分かった。

 

 さっきまで苦しかった呼吸が徐々に楽になっていく。

 

 ふっと体が軽くなり、フィーネは起き上がる。

 「ノア様、これはいったい」

 

 不思議な面持ちで隣を見る。すると今まで呪文を詠唱していたノアの体が、ぐらりと揺れ、彼は片膝をついた。

「ノア様!」

 

 フィーネは驚いてノアに駆け寄る。ノアはたまらず吐血した。フィーネは直感的に状況を理解した。

「まさか! ノア様が私の病を? 嘘よ! なんてことを!」

 バランスを崩すノアの体を、フィーネは必死で支える。


「大丈夫だ。フィーネ、騒ぐほどのことではない。それに俺が引き受けたのはお前の病ではない」

 冷静に答えるノアの瞳は、力強い光を放っている。そこへロイドが入って来た。


「ノア様、こちらを」

 ポーションを差し出した。


「ちょっと待って、どういうことなのですか?」

 しかし、フィーネの問いには答える者はいない。ポーションを飲み干すとノアは、ロイドに支えられるように実験室に向かう。


「ノア様、やめてください! 今すぐこの魔術を解いてください」

「フィーネ、安心しろ、お前なら、二、三日の命でも、俺の体力ならばひと月は保つ。どうやらお前を見くびっていたようだ。俺が思うより、お前は聡いのだな」

 そう言ってノアは笑った。


「ロイド、フィーネを頼む。俺は薬が完成するまでここから出ない。それから、フィーネこれは実験であって、決してお前を助けるためのものではない。あとひとつ、わかっているとは思うが、俺は天才だ。実験の結果を楽しみに待っていろ」

 ノアはそういってドアを閉じた。


 フィーネは閉ざされたドアを開けようと、ドアノブを回すがびくともしない。


「フィーネ様、そのドアは絶対に破れません。高等魔術がかかっていて、ノア様以外には破れないのです」

 目を伏せたロイドが言う。


「そんな……いやよ。こんなの絶対に間違っている。ノア様、どうか出てきてください! お願い! 出てきて!」

 フィーネは恐怖に震え、ドアを強くたたいた。


「フィーネ様、どうか落ち着いてください。手を痛めてしまいます」

「ノア様は私のお願いなら、なんでも聞いてくれるとおっしゃいました! だから、お願い出てきてください!」

 ロイドがフィーネを止める。


「いくらドアをたたいても無駄です。フィーネ様、ご主人様もずっとその恐怖とたたかっていらっしゃいました」

「え?」

「フィーネ様が消えてしまう恐怖と戦っていたのです」

「そんな……どうして、私なんて、私のことなんて……」


 フィーネはどうあっても開けることのできないドアの前で泣き崩れた。


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