32 ハウゼン家 ミュゲの不満
ミュゲは自室にこもるか、マギーの面倒をみるかの生活が続いていた。
そこへドノバンから呼び出しがかかる。
久しぶりに父の執務室に向かう。ドアを開けると、憔悴したドノバンとロルフが待っていた。
執事もメイドの姿もなく、人払いがされている。
ミュゲはどっかりとソファに腰を下ろすと、ふてくされた口調で言う。
「それで、私を呼び出すなんて、どうかされたのですか?」
「お前にやってもらいたいことがある」
ドノバンが口を開く。
「マギーの看病以外にですか?」
ミュゲは、毎日退屈でくさくさしていた。
「この書簡を持って、シュタイン公爵領へ行ってもらいたい」
ドノバンが机の上に、ノア・シュタイン公爵宛の書簡をだす。
「は? どいうことですか! なぜ私がこれを持っていかなければならいのです? ましてやひと月もかかる辺境に」
ミュゲは気色ばんで、ソファから立ち上がった。
「仕方がないだろう。お前の口からフィーネと入れ替わった事情を話し、そのわび状をシュタイン公爵閣下に直接渡せ」
突然告げられたドノバンの言葉にミュゲは唖然とした。
「は? そんなのお父様の仕事ではないのですか?」
「私はこの家から動けない。いまハウゼン家は没落の危機に瀕している。そんな状況で家族を残して家を出られるわけがないだろう」
苦しそうにドノバンが答える。
「では、お兄様がお父様の名代としていけばいいじゃないですか!」
「僕は父上と同じでこの家から離れられないんだ。それに入れ替わった本人が行って詫びることで、ずいぶんあちらの対応を変わってくるだろう」
ミュゲにはロルフの言葉が言い訳のように聞こえた。
「そんな。ひどいわ! 大変なことばかり私に押し付けて」
ミュゲは癇癪を起し、金切り声を上げる。
しかし、以前のように母やメイドが心配してやってきたりしない。屋敷の中は人がへり、水をうったようにしんと静まり返る。
しばらく沈黙がおち、ドノバンが口を開く。
「お前が、そういうのならば、仕方がない。書簡は明日早馬で送る。その代わり、今後縁談はないと思え」
「は? 私のせいなのですか? それだったら、お兄様だって」
「ロルフから、制約魔法の件は聞いた」
ミュゲはハッとして兄を見る。まさかロルフがそれを父に話すとは思いもよらなかった。
「どうして? お兄様、なんで?」
「ミュゲ、僕たちは取り返しのつかないことをしたんだ。今更後悔しても遅いが。
お前が帳簿が読めて、父上の手伝いをできるのならば、僕が辺境領まで出向いてフィーネを迎えに行ってもいいのだがな」
ロルフが悄然として肩を落とす。
「そんな……」
ミュゲは帳簿などまるでわからないし、興味を持ったこともなかった。
「ミュゲ、用件はそれだけだ。部屋へ戻っていい」
ドノバンが諦めたように言う。
「ちょっと待ってください。私に縁談がないなんて納得いきません! それにわび状を送れば、許してもらえるかもしれないじゃないですか?」
「その結果。あちらが、お前をよこせと言い出したら、どうする」
「はあ? 嫌です。だって、私のせいじゃない! お父様が投資に失敗したせいではないですか!」
「ああ、わかっている。しかし、もうそのようなことを言っている場合ではないのだよ」
「納得がいきません! お父様が必ず責任を取ってください! それが家長としてのつとめでしょ!」
ミュゲは言い捨てて、父の執務室を後にした。
しかし、その後すぐにミュゲは母に呼ばれた。デイジーも日々金策に駆けずり回っているので、よくマギーの世話を押し付けられる。
ミュゲはいやいやマギーの部屋へ向かった。
「体が、熱いよ。苦しいよお」
病人は陰気で嫌だ。
「うるさいわね。熱があるのだから、当たり前じゃない」
マギーがベッドから苦しげに訴えるが、ミュゲはうるさそうに遮る。彼女は自分の部屋から持ってきたロマンス小説を読んでいる最中だった。
「フィーネお姉さまは、とてもやさしかったわ。よく本を読んでくれたり、いろいろなおとぎ話をしてくれたりしていたのよ。私の気がまぎれるようにって。それなのにミュゲお姉さまは意地悪ばかり」
熱で潤んだ瞳で、マギーはベッドの横に腰かけるミュゲに視線を向ける。
「いまさら、何を言っているのよ。自分が変人公爵に嫁ぎたくないから、フィーネにいかせたくせに」
「それは、お姉さまも一緒じゃない。お姉さまがわがまま言わなければ、今頃すべて丸く収まっていたのに。みんなみんなお姉さまのせいじゃない」
最近では、父も母もミュゲのせいだと言わんばかりだ。そのせいでミュゲはカリカリしていた。
「うるさいわね! あんたが小さな子供のかかるような病気になるから、家がこんな大変なことになっているのでしょ? 少しは家族に申し訳ないと思わないの? お父様にもお母様にもお兄様にも迷惑をかけているよ」
「それはお姉さまも一緒じゃない。お父様もお母様もミュゲさえ説得できればよかったのにと、おっしゃっていたわ! それにフィーネのお姉さまの余命のこと、なんで隠していたの?」
マギーの咎めるような口調にかっとなる。
「黙りなさい!」
ミュゲがまなじりを吊り上げて怒ると、マギーがぽろぽろと泣き出した。
「ミュゲお姉さまなんて嫌い。フィーネお姉さまに会いたいよ」
マギーのそんな言葉にミュゲはあきれた。
「何よ、今更。ついこの間まで、フィーネのことを魔力なしだの毛色の違う恥ずかしい姉だのと馬鹿にしていたのに。ああ、ほんとに鬱陶しいわ。
なんで私が、あんたの世話なんかしなきゃならないのよ。薬ちゃんと飲みなさいよ。すっごい値段するんだから。あんたのせいでこの家は金がなくて、めちゃくちゃよ!」
「違う。私は……。だってフィーネお姉さまのことを馬鹿にしなければ、家族として認めてもらえないと思ったから。フィーネお姉さまを褒めるとお母様もお父様も悲しそうな顔をするし、お兄様もお姉様も私を馬鹿にしたじゃない」
「あんたって、最低、あんなに面倒見てもらっていたのに」
そんな捨て台詞を残してミュゲはマギーが薬を飲むのも見届けずに、腹を立てて部屋から出ていった。
自室に戻ると、外出の支度を始める。本来なら、外出禁止であるが、ミュゲは先ほど執務室に行ったときに自分あての舞踏会の招待状が来ているのを見つけていた。
そのうちの一枚をくすねてきたのだ。
「仮面舞踏会か。気晴らしには悪くないわね。前回はフィーネに譲っていけなかったし」
幸い家は使用人も減って抜け出しやすい。ミュゲはうきうきとして舞踏会の準備をした。




