湖の探索
「湖の主って何よ?」
キャロルが静かに揺れる水面を見ながら、隣を歩くポールに呟く。
「さぁ。俺も分かんないけど、湖で一番強いやつだろ。おっと、この辺は足下が不安定だから手を貸そうか」
「ん? ありが――」
「おい、こら! ポール! 手を貸すんだったらこっちだろ!」
離れていたアシルの声が響いた。彼の手にはロープが握られていて、その先を辿っていくと湖に浮かぶ小舟の舳先へと続く。
「がんばれー、アシル君」
その舟の上からフローレンスが声援を送る。手には長い棒を持っていて、アシルの牽引により舟が陸に寄り過ぎた場合には、その棒で押して岸から舟を離す役割である。
「がんばれって、お前、これ、結構な重労働だぞ……」
ここは穏やかな湖なので川を遡るよりは楽であるが、それでもアシルは体中から汗を吹き出している。
「フローレンスの言う通りよ。アシル、がんばれ。でも、その縄を腰に巻き付けた方が楽じゃない?」
「馬鹿ヤロウ。んなもん、強風とか水流とかで舟が流されたら、俺が引っ張られちまうじゃねーか!」
という理由で、彼は手袋と肩パッドで保護しながらの作業となっている。
「大変ね。ほら、汗を拭いてあげる」
慎重に足下を見ながら近寄ってキャロルは自分のハンカチをアシルの顔に当てる。
「お、おぉ……」
全力で牽く為に前傾姿勢になっていたアシルの顔へキャロルが無防備に接近し、彼の心臓が少し高鳴った。
何だか疲労が和らいだ気分。
「私とポールは魔物警戒の任だから手伝えないけど、頑張ってね」
「おう! 任せとけ!」
2人の仲睦まじそうな姿にフローレンスは微笑みを隠さない。
「もう少しでガインさんとヤニック君がやってきてくれるから、それまでの辛抱よ」
彼女の応援にアシルは片手を挙げて応える。
アシル・ゼニス、久々の両手に花状態である。本人とポール以外はそう思っていないが。
さて、湿地も荒れ地も踏破するアシルの頑張りがあって、ようやく他の2名との合流地点に入る。
小舟に繋いだロープを枯れ木にくくった後、アシルは水筒を口に持っていってそれを豪快に飲み干す。
魔物を警戒する役目だったポールもその役を全うした訳だが、結果としてただ歩いていただけの彼では活躍度合いと目立ち具合からするとアシルには遠く及ばず、若干の居心地の悪さを感じていた。
何故なら、キャロルがまだアシルを労り、そして、褒め称えているから。他人から見ると然程でもないのに、ポール本人にとっては耐え難い孤独に思えた。
「そうだ。女性はもう1人いる」と思っても、フローレンスは膝を抱えながら座って湖面を眺めているだけで、何となく隣に行き辛い。先日に誘いを断わられたのも効いている。
さて、フローレンスはただ単に湖面を眺めているだけではない。湖のどこかにいる湖の主とやらの存在を探っているのだ。
彼女はバカではない。むしろ賢い部類の人種である。彼女の類い希な才能を隠すための処世術として、意味不明で気ままな言動をさせているのだ。最近ではそれが板に付いて、むしろそっちが本性と自分でも思えるくらいになっている。
「フ、フローレンス。でっかい魚でもいたのか?」
勇気を振り絞って近付いたポールがフローレンスに近付く。
「4人では食べきれないかもね」
ポールを見ずにフローレンスは答える。
「居たのかよ! ……どこ?」
「あっちの方よ。湖の底近く。だけど……」
フローレンスはこれまでの進路方向の先、しかも岸から遠く離れた湖の真ん中辺りを指し示す。
「だけど?」
「きっと聖竜様じゃないわね」
「フローレンスには分かるのか?」
「勘よ。でも、女の勘は当たるものよ」
ポールは何度か経験している。こういう突飛ないフローレンスの発言は、その辺りの占い師よりもよっぽど当たる。
彼女はゆっくりと立ち上がる。
「聖竜様じゃなくても最後まで調べないとね。それが冒険者だもの」
「あぁ、そうだな」
なお、ポールは調子よく合わせただけで、途中で諦めても俺達は冒険者だろと心の中で呟く。
「うふふ、そうかもね」
ポールの表情の僅かな変化から、彼の軽い反抗心を見透かしてフローレンスは笑う。
「ポール君はどうして冒険者になったのかしら?」
「えっ、俺?」
話題を急に切り替えられたことと、自分自身へ質問が来たことにポールは意表を突かれる。
「村にいたままじゃ食って行けなかったからな。街に出て日雇い仕事をしていたら、その内にこうなってたんだ」
平静を装って答える。
「ダメね、ポール君。もっと信念とか運命とか、そういった気持ちを見せないと女の子は振り向かないと思うわよ」
「え……うん」
「さてと。そろそろガインさん達と合流ね。アシル君と舟に乗る係を変わってあげようかしら」
フローレンスは立ち上がり、視線が泳いでいたポールの手を取る。そして、まだ会話を続けていたアシルとキャロルの方へと引っ張って行った。




