禁忌のダンジョンに向けて
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──禁忌のダンジョンに向けて
夢を見た。
全てが燃えていく夢。
旗が、人が、建物が燃える。
「王党派だ! 王党派が潜んでいるぞ!」
「探し出せ! 探し出して殺せ!」
男性たちの怖い怒号が響き、通りには首を吊るされた人々が虚ろな目で私を見下ろしていた。私は薄暗い通りの中を進み、ずっしりとした重さのある長剣を抱えていた。
「王とは支配するもの。ならば、支配するのみ。どのような手段を使おうと」
ルドヴィカの声がそう告げる。
「悪魔よ」
やがて、ルドヴィカは地下室に入り、そこにいる人物を見つめた。
流れるような長い黒髪に、血のように赤い瞳をした人物。私は本能的にこの人物が危険だと分かった。この人に近づくと不幸な目に遭うと。
「約束通り、臣民3000名の血を捧げたぞ。約束を果たせ」
ルドヴィカがそう告げて目の前の人物を見る。
「ええ、ええ。それでは約束を果たしましょう。このフォーラント様は誠実な大悪魔なのですよ。あなたの願いをかなえて御覧に入れましょう」
不味い予感しかしないが、今の私は傍観者だ。
「では」
「はいはい。あなたを王にするに相応しい力を授けましょう。それを得て王になるのか、それとも敢えて王になる道を避けるのか。それはお任せしますよ。私が与えるのは手段だけ。その手段の目的はあなたが決めるべきものです」
ルドヴィカが告げるのに、フォーラントと名乗った女性は指を軽く振った。
すると、ルドヴィカの握っていた血まみれの長剣が見覚えのある形になる。魔剣“黄昏の大剣”だ。この黒書武器はここで生まれたのか。
「ですが、あなたが王になることを妨げる者たちも出てくるでしょう。その者たちにどのように対応するかも、あなたの素質が問われる点ですよ」
「そのようなこと考えるまでもない」
ルドヴィカは魔剣“黄昏の大剣”を構える。
「邪魔するものは叩き切るのみ。王とは支配するもの。私が力を以てして統治してくれる。私は父のような過ちは犯さない。決して力を緩ませず、最後まで統治する。この世界が終わるまで永遠に」
ルドヴィカは血まみれの手でそう宣言した。
「結構。結構です。その統治と繁栄が末永く続くことを祈っておきますよ。未来の女王陛下に乾杯。臣民の血を流しただけの価値があるといいですね」
フォーラントは不気味そう笑い、この空間から消え去った。
「私は王権を手にする、必ず。永遠に続く王権を」
ルドヴィカは地下室の闇の中でそう宣言し、そこで私は目覚めた。
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いよいよ禁忌のダンジョンに向かい、邪神を倒す時がやってきた。
だが、その前に用意しておくものがある。
「ディア。最後の装備の更新だ」
「装備の更新?」
そうである。装備を更新する必要があるのだ。
「賢者の石を手に入れただろう。それを使って装備を作る」
「えっ!? 賢者の石って邪神を倒すのに必要なんじゃ……」
「そうだ。その倒すための武器として賢者の石を利用した武器を作る」
ディアちゃんの最終兵器の出番だよ!
「けど、その錬成に失敗して、せっかくみんなに材料を集めてもらって作った賢者の石を喪失するようなことになったら……」
「安心しろ。賢者の石は邪神を倒すまでは決して失われない。貴様の錬成が成功しようとしまいと、賢者の石だけは残る。いいからやってみろ」
「ルドヴィカちゃんがそこまでいうなら……」
ディアちゃんは私の言葉にごそごそと戸棚を漁ると、賢者の石を取り出した。
「レシピは分かっているのかな?」
「賢者の石、大陸マホガニー、そして高純度魔法水だ」
私もラストバトルが近づくのに、記憶を思い出していっていた。
「なら、全部そろってるね。早速作ってみよー!」
ヘルムート君がトントンと材料を準備し、ディアちゃんがそれを錬金窯に放り込んでいく。この光景を見るのもこれで最後かもしれないな。
だって、これが終われば私とディアちゃんの間に接点はないもの。私は光が見たい──ディアちゃんが邪神を倒せるかどうか見たいということで、ディアちゃんに引っ付いていたわけで、それがなくなってしまえば他人だ。
思えばディアちゃんとはこれまでいろいろと楽しんだけれど、そろそろお別れか。今後はディアちゃんの迷惑にならないように引っ越すことも考えなければならないな。
ああ。ジルケさんはどうしよう。ジルケさんにできた初めての友達である私がいなくなったらジルケさんも寂しがるかな。でも、ジルケさんも最近はディアちゃんたちとも仲がいいし、私がいなくなっても大丈夫かもしれない。
……やっぱり離れたくない。
邪神討伐が終われば、私とディアちゃんたちとの縁は切れるけれど、それでも一緒にいたいよ。私にとって初めできた友達と離れ離れになりたくないよ。
でも、ここで離れておかないと、私は魔王だし、将来ディアちゃんに迷惑をかけてしまうかもしれない。それは分かっている。分かっているんだ。
それでも離れたくないよ。
「ぐーるーぐーるー♪」
いつものようにディアちゃんが錬金窯を掻き混ぜ、ヘルムート君が頭を揺らす。
そして、ぼふんと白い煙が噴き上げた。
「できたー!」
ディアちゃんの手にいは虹色の賢者の石がはめ込まれた杖が。
「ところでルドヴィカちゃん。この装備の名前はなんていうの?」
「それはだな──」
私が告げる。
「賢者の杖だ」
「まんまだね」
「まんまだな」
私たちはそう言いあうとふたりして笑った。
「アハハ。ルドヴィカちゃんがそんなに笑っているの初めて見たよ」
「私だって笑いはする。ゴーレムではないのだぞ」
ディアちゃんが告げるのに、私がそう告げて返した。
「明後日はいよいよ禁忌のダンジョンに出発だ。覚悟はできているな」
「うん。なんとしても邪神うむるあとあとをやっつけるよ」
さあ、いよいよラストバトルが近づいてきた。
最後の戦いが終わった時、私の居場所はなくなる。
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私たちは万全の準備を整えて、ドーフェルの街を出発した。
それぞれの武器はイッセンさんに鍛えなおし、研いでもらい、心残りのないようにして出発した。そして、四天王のうち、連れていくのはエーレンフリート君だけだ。残りの3名には私たちが留守の時を狙って、魔王軍が攻めてくることに警戒してもらっている。
泣いても笑ってもこれがラスト。
私がディアちゃんたちと敵対しないことを決めてるのだから、邪神ウムル・アト=タウィルを撃破すればエンディングだ。
エンディングまでは泣かないよ!
私たちは馬車で進むこと2日、歩くこと2日で禁忌のダンジョンに到達した。
禁忌のダンジョン……。
心なしかドーフェルの神殿跡地に雰囲気が似ている。だが、こちらの方は禍々しい雰囲気だ。同じ時期に作られたけど、用途は違うってところかな。
「ディア。準備はいいか?」
「いつでもいけるよ!」
今回の主力はディアちゃんだ。禁忌のダンジョンの各階層のボスモンスターはともかくとして、禁忌のダンジョンの最終階層にいる邪神ウムル・アト=タウィルの結界を破れるのはディアちゃんだけだ。
ここはディアちゃんを守りながら、最終階層まで一気に潜るぞ!
「では、行くぞ」
私は魔剣“黄昏の大剣”を抜いて、禁忌のダンジョンに踏み込む。
禁忌のダンジョンは10階層からなる。
各階層にボスがおり、10階層の邪神ウムル・アト=タウィルまでは連戦だ。
全員の体力と魔力を計算しながら進まなければならないところだが──。
今日の私は強引に押し通るぜっ!
第1階層ボス──アークグリフォン。
レッサーグリフォンより遥かに大きな体の持ち主が、この階層のボスだ。
「エーレンフリート、ジルケ! 押さえ込め! 一気にたたく!」
「畏まりました、陛下!」
「……了解」
天井の高いダンジョンの中を左右からエーレンフリート君とジルケさんがアークグリフォンに迫り、私は正面から切りかかる。
「キイィィ──!」
アークグリフォンは逃げることなく、私たちに突撃してきた。
いいぞ。いいぞ。後はこのまま──。
「消え去れ」
私が魔剣“黄昏の大剣”を振るうと剣先から波動が生じ、それが驚愕のリアクションを取るアークグリフォンに襲い掛かる。
一撃必殺!
禁忌のダンジョンは魔物も強くなるし、私の魔剣“黄昏の大剣”でも一撃必殺は難しくなってくるかなと思ったけれど、まだまだいけるな!
この調子で進んでいこう!
禁忌のダンジョン、最終階層にいる邪神ウムル・アト=タウィルよ! 首を洗って待っていることだな!
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