ドーフェルの神殿跡地
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──ドーフェルの神殿跡地
秋が終わりに近づき、観光客の数も落ち着いてきたころ。
「ドーフェルに遺跡がある?」
オットー君が告げた言葉にディアちゃんが首を傾げた。
「そうそう。ドーフェルの神殿跡地って言って、かつての神殿が残ってるらしい。観光地にしたいから魔物をどうにかしてくれないかって依頼が来てるんだ」
ふむふむ。ドーフェルの神殿跡地ですか。
と、いつものように我が物顔でディアちゃんのお店に居座っている私が頷く。
ドーフェルの神殿跡地はドーフェルの湖の次に解放される探索マップだ。ここまで来たら、もうゲームの終盤。敵ももっと強くなるし、探索には気合を入れて臨まないといけない。特にドーフェルの神殿跡地にはガーディアンという強力なボスもいるので。
しかし、ドーフェルの神殿跡地もとうとう解放されたのか。
ま、まあ、多分、ドーフェルの湖でユニコーンを討伐しちゃったせいだろうな……。
しかし、観光地が増えるのはいいことだ。
ドーフェルの神殿跡地も観光地として開拓して、さらなる観光客の獲得に勤しもう!
「その依頼、まだ受けられるのか?」
「ああ。まだ人員募集中だったぜ。あんたも参加するのか?」
「面白そうだと思ってな」
正直、今の依頼は害獣駆除ばかりでお金にならない。ここはドンと大きく稼ぎたいものだ。それに恐らくディアちゃんも参加するだろうしね。
「私も行ってみようかな。新しい装備も作ってみたし、試してみたいから」
お。ディアちゃんが新装備を作っているぞ。
「なら、決まりだな。我々でドーフェルの神殿跡地を攻略するぞ」
「おー!」
というわけで、ドーフェルの神殿跡地探索が決まったわけである。
ジルケさんにも声をかけておいたので参加してくれるだろう。
しかし、ディアちゃんとジークさんの関係は今のところどうなっているのだろうか?
私としては何かしらの進展があることを望みたいけれど、傍から見ている限りではさっぱり分からない。かといって、ディアちゃんに『ジークさんと進展あった?』って聞くのはある意味空気読めてないしな……。
さりげなく探りをいれてみようかな。
「ディア」
「なーに、ルドヴィカちゃん?」
「辺境の騎士とは付き合い始めたのか?」
ぎゃー! 忘れてたー! 私の言語野は細かな気配りのできない魔王弁だった!
「え、えっと、そんなことはないよ。ふつーかな、ふつー。あははは……」
ああ……。見るからにディアちゃんが落ち込んでいる。
「今回の捜索に辺境の騎士も誘ってみてはどうだ?」
「ジークさんを?」
「どうせあいつも暇であろう」
探索を一緒にこなせば好感度も上がる! やるっきゃない!
「そ、それなら誘っちゃおうかなー。オットー君はいい?」
「俺は構わないぞ。ジークさんの戦闘が見れるとはラッキーだからな」
オットー君は誰を狙っているんだろう。私はミーナちゃんが怪しいと見ているが。
「よし! それじゃあ、お弁当作り頑張っちゃうぞ! ち、ちなみに、ジークさんの好物って知っている人いるかな?」
ディアちゃんはまさに恋する乙女という感じだ。
「ピーマンの肉詰めとアーモンドクッキーだ」
「え? ルドヴィカちゃん、何で知っているの?」
「フン。風の囁きに耳を澄ませばこれぐらいは容易いことだ」
ごめん。ゲームプレイしていたときの情報です。
「そっかー。ピーマンの肉詰めとアーモンドクッキーか。頑張って作るぞ!」
頑張れ、ディアちゃん! 私は恋する乙女を応援するぞ!
「ところで、エーレンフリート。貴様は何か食べたいものはあるか?」
「私ですか?」
今の私も恋する乙女なのですよ。
エーレンフリート君に責任を取ってもらうためにも好感度を上げておかなくては。エーレンフリート君は見た目だけはイケメンだから、私なんてポイッと捨てられてしまいそうだ。そうならないためにも好感度を上げておきたい!
「そ、そうですね、甘き誘惑ならばなんでも……」
「ふむ。そうか」
お菓子かー。
私にも作れるかな? 九尾ちゃんに聞いてみよう。
「まあ、それなりに期待しておくといい。貴様が活躍すれば褒美を与えよう」
「ありがたき幸せであります、陛下」
素直にエーレンフリート君、楽しみにしててねと言えないだろうか。
「それでは出発は明日だ。辺境の騎士にはそちらから声をかけておけ」
「了解!」
というわけで、ドーフェルの神殿跡地探索クエストが発生した。
私たちにとっては行楽気分だが、本当にそこまで油断してていいのだろうか?
うーん。行ってみないと分からないや!
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「甘味を作りたい、ですかの?」
私は家に帰ると早速帰宅してきた九尾ちゃんに尋ねた。
「そうだ。甘味を作りたい。貴様ならば錬金術に頼らずとも作る方法を知っているのではないか? それを私に教えろ」
「確かに知ってはおりますがの」
そこで九尾ちゃんは怪訝そうな顔をした。
「ひょっとしてエーレンですかの?」
「うむ。そうだ」
違うよって言ったのに!
「主様。最近はどうもエーレンにご執着の様子ですの。贔屓はいけませんのじゃ」
「貴様らへの褒美が足りないといいたいのか?」
確かに九尾ちゃんとか、ベアトリスクさんとか、イッセンさんとか、みんな働いていて、家計を支えてくれているのに私は特に何もしてあげてないものな―。
「冗談ですのじゃよ。我々は主様にお仕えするのが一番の幸せ。それに文句を言うものなどおりますまい。主様は主様の好きなようになされたらいいのですじゃ」
「言われずともそうするつもりだ」
ありがとう、九尾ちゃんと言いました。
「それでどのような甘味がいいかは決めておりますのかの?」
「保存のきくものだ。クッキーなどがいいだろう」
「洋菓子ですの。では、言われた通りにやってみてくださいませ。道具も設備も材料も整っておりますので、いつでも作ることはできますのじゃ」
「よかろう。早速始めよう」
それから私たちはクッキー作りに。
結論から言うと私ひとりでは絶対に作れなかっただろうということが分かる難易度だった。いや、難易度が高いというより、私のレベルが低すぎるというタイプの問題だ。
お菓子作り初挑戦だったけれど、九尾ちゃんから次々に指摘を受けて、やり直しまくること15回あまり。ようやく香ばしいバターの香りのするクッキーが完成した。
「流石は主様。過程はどうあれ、上出来ですのじゃ。これならばエーレンの奴も喜ぶことでしょうぞ。後は適当な包みに包んでおくだけですじゃ」
「うむ。これぐらいは児戯だな」
おっと。15回も失敗した人が偉そうなこと言ってますよ。
「しかし、エーレンの驚く顔が想像できますのじゃ。きっと主様が作られたものだと知ったら、恐れ多くて食べられないなどと抜かすやもしれませぬぞ」
「その時は口をこじ開けてねじ込んでやる」
エーレンフリート君もきっと食べてくれるさと言いました。
「それでは九尾よ。このことは内密にしておけ。サプライズというものだ」
「分かりましたのじゃ、主様。決して口外いたしませぬ」
さて、これで明日の準備は整ったぞ。
ふふふ。本当にエーレンフリート君の驚く顔が想像できる。
せいぜいびっくりすることだな!
と、魔王弁風に思ってみる。
しかし、本当にエーレンフリート君が恐れ多くて食べられないって言ったらどうしよう。本当に口をこじ開けてねじ込むしかないのかな……。
まあ、そんなことにはならないと思っているけれどね。
おっと。それからジルケさんのためにもクッキーを別に包装しておかないとね。エーレンフリート君のは恋人に上げるもので、ジルケさんのは友達に上げるもの。
……まあ、中身は同じなんだけどさ。
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ドーフェルの神殿跡地探索出発日。
その日は朝早くから起きた。
いや、別にすることがあるわけでもないんだけど、目が覚めたのだ。
朝からベアトリスクさんにアウトドア用のドレスを選んでもらって、それから朝食を食べに食堂に降りる。
「おはようございます、陛下」
エーレンフリート君は相変わらず、朝は早い。
「今日はドーフェルの神殿跡地の探索だ。準備はできているな、エーレンフリート」
「はっ。万全の準備で臨む次第です」
準備と言っても、お弁当はディアちゃん頼みだし、ドーフェルの神殿跡地までなら、まだ苦戦する相手が出没するとも思えないし、ゆったり構えていていいだろう。
それにどうも私の魔剣“黄昏の大剣”には強化が施されている疑惑があるんだよな。あのキメラを瞬殺したときといい、ディオクレティアヌスをねじ伏せたときといい、基礎攻撃力以上の攻撃力が叩き出されているように思える。
これが本当ならば、ドーフェルの神殿跡地の厄介なボスであるガーディアンも瞬殺できるかもしれない。ガーディアンさえ倒してしまえば、ドーフェルの神殿跡地にポップするのはポチスライムキングくらいだ。
ドーフェルの神殿跡地から追い出して、人狼の臭いをつけておけば、魔物も近寄らなくなるだろう。そうしたら無事に観光名所としてドーフェルの神殿跡地が利用できるぞ。
温泉と太古の歴史を物語る遺跡。観光には持ってこいだ。
しかし、神殿跡地というからには何かを祭っていたのだろうが、何を祭っていたのだろうか? この世界の宗教はほとんど存在感がないので分からない。
まあ、神殿跡地となっているからには昔の宗教なんだろう。ピラミッド的なものかもしれないし。あまり深く考えないでおこう。
「では、出るぞ、エーレンフリート」
「畏まりました、陛下」
私はクッキーの詰まった包みをポシェットに入れて、待ち合わせ場所の南城門を目指したのであった。
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