この程度のもので喜ぶか(露天風呂は盛況です)
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──この程度のもので喜ぶか(露天風呂は盛況です)
私とエーレンフリート君は人でごった返すドーフェルの市街地を抜けて、城門を出て、農場へと向かった。
農場でハーブを受け取り、それをディアちゃんに届ければ任務達成だ。
おおっ! 農場に到着するとそこはハーブ畑になっていた。
「随分と畑を拡張したのだな」
「儲かると分かれば、それに対して異常なほどに執着するのが人間というものです」
私が感心して告げるのにエーレンフリート君は毒舌。
確かに儲かるだろうから畑を拡張したんだと思うけど、それは別に蔑むことじゃなくない? むしろ環境に適応していると褒めるべき点だと思います!
「さて、ハーブをいただいていくとするか」
「適当に剥いでいきましょう」
ちょっと、ちょっと。勝手に取ったら怒られるよ。
「まずは農場の主に話を通すのだ」
「畏まりました」
やはりエーレンフリート君を傍に置いている理由のほとんどは彼が問題児だからなのだろうかと思わされてしまう。
「誰かいるか」
私は農場の片隅にある家屋の扉を叩く。
「はいはい。どうなさいましたか?」
「クリスタラー錬金術店のものだ。ハーブを仕入れに来た。話は通っているか?」
ハーブのお代は恐らく前払いしてあるのだろう。お金が必要なら渡しているはずだ。
でも、ディアちゃん、忙しそうだったしなあ。大丈夫かな。
「ああ。クリスタラー錬金術店の方ですね。これが今回分のハーブになります」
そう告げて農家のおじさんはどっさりと山盛りのハーブを私に手渡した。
「随分と多いな」
「このハーブが注目を浴びたのも、クリスタラー錬金術店の方のおかげですからね。他の取引先より優先していますよ」
そっかー。
確かにディアちゃんのおかげで、このハーブは注目を浴びたわけだ。農家の人にとってはディアちゃんは救いの女神だろう。
流石はディアちゃん。人望もある。
「では、確かに受け取った」
「はい。またどうぞ」
私は受け取ったハーブをエーレン君に持たせると、ドーフェルの街に戻った。
ドーフェルの街はかつてないほど活気に満ちている。
観光客と思しき人たちで溢れ、宿屋やリニューアルオープンした銭湯──温泉に人が集まっている。私が提案した足湯も好評のようで、人で溢れている。
市場にもいろいろな商品が並び、商店街も活気に満ちている。
ああ。いい感じだ。一気に街が発展した感じ。まさにドーフェルは温泉街として生まれ変わったのです! これからはただの田舎とは呼ばせないぜ!
「ディア。頼まれていたものを持ってきたぞ」
持ってきたのはエーレンフリート君だが、私はさも自分が持ってきたかのように告げる。部下の手柄を横取りする上司である。
「ありがと、ルドヴィカちゃん! もう少しで片付くから待っててね!」
別にこれと言った用事はないのだが、待っててと言われたので待っておく。
「ふう。できあがり!」
そして、ディアちゃんが作業を一段落させた。
「できたのか?」
「今日の分はこれで完成。でも、これじゃあ錬金術店というより、石鹸屋さんだよ」
「他にバリエーションを増やす努力をしろ」
石鹸以外にもバリエーション増やしてみたらと言いました。
「そうだね。香水とかお茶とか。いろいろアイディアはあるんだけどなあ」
「何か問題があるのか?」
「レシピ開発、あんまり上手くいってないんだ」
レシピ開発はとにかくトライ&エラーの産物だ。本屋さんのヒントを手に、それっぽい材料を入れて錬成してみるしかない。
今のディアちゃんにはヒントが足りてないんじゃないかな?
「本屋の情報は漁って見たか?」
「もちろん。それでもこれといった収穫はなしだよ」
本屋さんに情報がないということはまだ錬成できる状況にないということだろうか。
うーん。分からないや!
「それよりルドヴィカちゃん。今から露天風呂にいかない?」
「随分と急だな」
どうして今から露天風呂に?
「あそこって疲れが癒えるって評判なんだよ。私も毎日毎日石鹸づくりで疲れたから、疲れを癒しにさ。行かない?」
「ふむ。いいだろう。だが、時間をずらした方がいい。今は観光客が群がっている。行くならば夜中がいいだろう」
今は昼間で観光客が溢れているはずだ。狙うならば観光客の減る夜中。
「ふむふむ。それならミーナちゃんも誘うね」
「ああ。私もジルケを誘う」
というわけで、夜中の露天風呂の約束はできた。
楽しみだな。夜の露天風呂。
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午後11時。
本当ならそろそろ寝る時間帯だけど、今日は露天風呂に向かうのです。
「陛下。お供いたします」
そして、やはりエーレンフリート君もついてくることに。
「構わん。ともに参れ、エーレンフリート」
「はっ」
女子4人で夜道は危ないだろうからエーレンフリート君について来てもらおう。
……まあ、その女子4人のうちひとりは魔王なのですが。
私たちはディアちゃんと約束していた城門の待ち合わせ場所に向かう。
「来たね、ルドヴィカ」
待ち合わせ場所には一足先にミーナちゃんがいた。
「ああ。具合はもういいのか」
「あれからどれくらい経ったと思ってるのよ。もう全然平気よ」
ミーナちゃんはそう告げて腕を叩いて見せる。
真っ赤にはれ上がっていたキメラに刺された後はすっかり良くなっている。
「……ごめん。遅くなった」
それから暫くしてジルケさんが到着。今日はハルバードは抱えていない。
「安心しろ。まだ言い出しっぺが来てない」
ディアちゃんはどうしたのかな?
「ごめーん! 遅くなっちゃった!」
ジルケさんの到着から15分ほど経ってディアちゃんが到着した。
「遅い。私を待たせるとは万死に値するぞ」
「本当にごめん。お店にお客さんが急にきて」
夜中の11時にお客とは。営業時間外に迷惑な人だ。
「なら、準備はいいな。いくぞ」
「おー!」
というわけで私たちは意気揚々と露天風呂を目指す。
「入泉料はどれくらいなのだ?」
「100ドゥカート。メンテナンスとか考えるとそこが最低ラインね」
温泉もただじゃ維持できないからなー。
「でも、ディアたちはただでいいよ。この温泉作るのに協力してくれたからね」
ミーナちゃんがニッと笑ってそう告げる。
私とジルケさん、エーレンフリート君はミドガルドシュランゲを倒したし、ディアちゃんは良質の石鹸を供給している。そういうことでサービスなのだろう。
うん。頑張ってよかった!
「さてさて、温泉に入ろう。本当にこの時間帯は空いてるね」
「夜中に出歩くなど、よほどのことがない限り自殺行為だからな」
電灯もなく、外には何が出るのか分からない世界では、夜中に街の城壁の外に出ようとは考えないだろう。もっとも、この付近はピアポイントさんが警備しているので、安全は確保されているのだけれどね。
「ディアの石鹸。使わせてもらうね」
「うん。今うちで一番の売れ筋商品というか、それしかないというか」
エーレンフリート君を男湯に送り出して、私たちは女湯で裸の付き合い。
相変わらずミーナちゃんの体形には親近感を覚える。
「今度、私のうちの本、貸してあげよっか? 本からヒントが得られることもあるんでしょ。それなら何冊か貸すよ。薬草関係の本もあるし」
「本当!? ありがとう、ミーナちゃん!」
ミーナちゃんがそう告げるのにディアちゃんが歓声を上げる。
「ディアにはこれからも街の特産物を作ってもらわないといけないからね。本を貸すぐらいお安い御用よ。これからも頑張ってね、ディア」
「うん。頑張るよ!」
ミーナちゃんの言葉にディアちゃんが気合を入れている。
「……星空が綺麗ね」
「そうだな。ここは星空がよく見える。己の運命を理解するかのようだ」
ジルケさんが告げるのに、本当に星が綺麗だねと返した。
「己の運命?」
「貴様、星占いもしらないのか。学がないな。星空を見て運命を占うのだ」
私もよく分かりませんが、魔王弁は勝手に告げます。
「……それじゃ、私たちの運命はどうなってるの?」
「これから困難に遭遇する運命とある。だが、乗り越えられるだろう」
魔王弁の私は実際は適当なことを言っているんじゃなかろうかという気分になる。
「なになに。星占い?」
私とジルケさんが話していたらディアちゃんたちがやってきた。
「私も占ってくれないかな、ルドヴィカちゃん」
「貴様はこれから大きな試練に遭遇する。それを乗り越えられるがどうかに大きな影響が生じるだろう。私との関係もそれによって左右される」
本当に? 適当言ってない?
「それなら頑張らないとね。それにしても本当に星空が綺麗だねえ」
「ああ。とても綺麗だ」
私たちはそれからゆっくりと星空を眺めて過ごした。
「夜の露天風呂も宣伝出来たらいいんだけどね」
「道を整備して、そこらにピアポイントの部下たちを配置せねば無理だろう。人間は暗闇を恐れる生き物だからな」
ミーナちゃんが告げるのに私がそう告げて返す。
「それじゃあ、今は私たちだけで満喫しよう。露天風呂も人気で、観光客の人たちが大勢訪れてるから、このままならドーフェル市も発展するよ」
「楽しみだね。街が発展したらどうなるのかな?」
「いろいろと便利になるんじゃない?」
私たちはそんな会話を交わしながら露天風呂を満喫した。
確かに疲労回復の効果はあったようで、風呂上りのディアちゃんはとても元気そうだった。よかった、よかった。
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