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この程度のことで狼狽えるな〈ピンチです!〉

……………………


 ──この程度のことで狼狽えるな〈ピンチです!〉



 私たちはドーフェルの大洞窟最深部に足を踏み入れた。


 そこにいたのは──。


「人間か……」


 重々しく口開いたのはディオクレティアヌスより小柄のドラゴンだった。


 小柄でもドラゴンはドラゴンだ。迫力が半端じゃない。


「貴様の首をもらいに来たぞ」


「ほう。面白い。やれるものならばやってみるといい」


 ドラゴンが私の言葉を嘲った次の瞬間だ。


「!? ディア、伏せろ!」


 何かが私たちに暗がりから飛び掛かってきた。


「きゃあ!」


 ミーナちゃんの悲鳴が聞こえる! いったいなんだ!?


「存外、役に立たないな」


 ドラゴンがそう告げ、魔法石の明かりに照らされて姿を見せたのは、獅子の半身にサソリの尻尾を持った怪物であった。


「オオォォッ!」


「キメラか!」


 その怪物が咆哮を上げるのにエーレンフリート君が叫ぶ。


 キメラ!? それってラスダン一歩手前のダンジョンである邪神のダンジョンに出てくる強敵だよね!? それがどうしてドーフェルの大洞窟にいるのさ!?


「うぐっ……」


「ディア! ミーナが毒を受けた! ポーションを!」


 不味い。キメラの毒にミーナちゃんがやられている!


「はい! 毒の治癒ポーション! ゆっくり飲ませてあげて!」


「了解!」


 ミーナちゃんたちのことは彼女たちに任せよう。


 私たちは目の前のレッサードラゴンとキメラを倒すだけだ。


「エーレンフリート、ジルケ。そっちはレッサードラゴンを相手しろ。私はキメラを叩く。すぐに消し炭にしてそちらに合流してやる」


「畏まりました、陛下」


 この場合、ドーフェルの大洞窟の探索ボスとしてのレッサードラゴンの方が、キメラより弱いことは確実だ。なら魔王である私が直接相手をしてやろうじゃないか。キメラを叩きのめしたら、エーレンフリート君たちに合流だ。


「いくぞっ!」


「オオオォォォ!」


 私がキメラに向けて駆けるのに、キメラが私に向けて突撃してくる。


 だが、舐めてくれるなよ。この魔剣“黄昏の大剣(ラグナロク)”の威力を。


「一蹴してくれる」


 私は魔剣“黄昏の大剣(ラグナロク)”のセーフモードを解除して、キメラに向けて斬撃を叩き込む。


 一撃。


 私が横薙ぎに振るった魔剣“黄昏の大剣(ラグナロク)”の一撃でキメラは消滅した。ぽふんと白い煙を噴き出し、そのまま消え去った。


 さて、次はレッサードラゴンだ!


「ぐぬう……」


 レッサードラゴンも既に戦闘不能になっていた。エーレンフリート君とジルケさんが叩きのめしていた。


「説明してもらおうか」


 私が瀕死のレッサードラゴンに尋ねる。


「何故、ここにキメラがいる? 貴様、あのキメラをどこから連れてきた?」


「私も魔王軍の配下の者だ。どこから支援を受けていてもおかしくはないだろう?」


 私が尋ねるのにレッサードラゴンはクククと低く笑う。


「つまり魔王軍からの増援か。面倒なことを」


「魔王軍はまだ貴様から魔王の地位を奪い返すことを諦めてはいないぞ、ルドヴィカ」


「黙れ。もう貴様に用はない」


 お話はこれでそろそろ終わりにしましょうと言いました。


「では」


 レッサードラゴンへのトドメはエーレンフリート君が刺した。魔剣“処刑者の女王(ブラッディ・メアリー)”の刃で首を一撃。


「片付いた、か」


 片付いた、かじゃないよ! ミーナちゃんがピンチだよ!


「ヘルミーナ。無事か?」


「ハハッ。あんたが初めて、成金の娘って言葉以外で私のこと呼んでくれた」


 ミーナちゃんの顔色は見るからに悪い。


 キメラに毒を受けた場所は真っ赤に腫れており、ディアちゃんの毒の治癒ポーションも効き目がないように見える。これは不味いのでは……。


「一度洞窟から連れ出すぞ。医者に見せるしかない」


「了解!」


 私が告げるのにディアちゃんがミーナちゃんを抱えようとする。


「貴様では無理だ。ジルケ、手を貸してやってやれ」


「……分かった」


 ジルケさんはミーナちゃんを抱きかかえると出口に向かった。


「行くぞ。貴様らもヘルミーナを助けたいのだろう?」


「うん。行こう!」


 そして、私たちはドーフェルの大洞窟を去った。


 キメラの毒に有効な治療薬。今の段階で見つかるといいのだけれど。


……………………


……………………


 ミーナちゃんはハーゼ交易の建物に運び込まれ、そこで医者に診てもらうことになった。ミーナちゃんのお父さんであるハインリヒさんは顔面蒼白で、医者からの知らせを待っている。


「ど、どうして娘がドーフェルの大洞窟なんかに……。いつの間にあの子は冒険者などをやっていたというのですか……」


 ミーナちゃんが冒険者をやっていることをハインリヒさんは知らず。今初めて知ることになった。最悪の状態で、ハインリヒさんは娘の裏の顔を知ることになったのだ。


「俺たちがついてたのに……」


「そうだよね……。私たちも一緒だったのに……」


 オットー君とディアちゃんは心底落ち込んでいる。


 私も正直、ショックだけど落ち込んでばかりもいられない。誰かがミーナちゃんを助けなくてはならないのだ。


「ハインリヒさん」


「治療はできましたか!?」


 暫くしてミーナちゃんの部屋から医者が出てきた。


「いいえ。我々の持っているポーションではあの毒は治癒できません。幸いなことに毒は遅効性で、1週間の猶予はあります。ですが、もし、1週間を過ぎても有効な治療が行えなければ、娘さんは確実に助からないでしょう」


「そんな……」


 医者の言葉にハインリヒさんはショックを隠せずにいる。


「どんなポーションが必要なんですか!?」


 そこでディアちゃんが声を上げた。


「錬金術師の方ですか?」


「はい。錬金術師です。私に調合できるものであればどんなものでも調合して見せます。レシピを教えてください。材料もこちらでどうにかします」


 医者が尋ねるのに、ディアちゃんがそう告げる。


「キメラの毒の治癒ポーションのレシピはこれです」


 そう告げて医者はディアちゃんにメモを渡した。


「ですが、材料の中には非常に採取の難しいものも含まれていますよ」


「大丈夫です。私たちで解決して見せますから」


 医者が告げるのにディアちゃんは静かに、だがはっきりとそう告げた。


「私からもお願いします。どうかミーナのための治癒ポーションを。我々にできることはなんだろうと協力しますので」


 ハインリヒさんも必死だ。


 自分の娘の命がかかっているんだもんね。のんびりとはしていられない。


「よし! みんな、力を合わせてミーナちゃんを救おう!」


「応っ!」


 そして、私たちはミーナちゃんのために動き始めた。


……………………


……………………


「材料はキメラの毒腺、大ムカデの牙、ユニコーンの角」


 ディアちゃんは医者から渡されたレシピを読み上げる。


「キメラの毒腺はあるんだけど、大ムカデの牙とユニコーンの角がない。このふたつさえ集めてくれば治癒ポーションは調合できるんだけどな……」


「一番難易度が高いのはユニコーンの角か」


 ミーナちゃんの危機を聞いて駆けつけてくれたジークさんがそう告げる。


「ユニコーンはどこにいる?」


「ドーフェルの湖付近だ。気性が荒くて、なかなか近づけない」


 ドーフェルの湖。ドーフェルの大洞窟の次に解放される探索マップか。


 そういえば確かにそこでユニコーンが出没したな。……探索マップボスとして。


 そうじゃん! 探索マップボスじゃん! レッサードラゴン以上の敵じゃん!


 参った。私が適当に刈り取ってこようか。


「ディア。貴様は私とユニコーンの角を確保しに行くぞ。他のものは大ムカデの牙を集めろ。大ムカデは前ならばドーフェルのダンジョンにいたが、今はどこに出没するのか分からない。手分けして探し出せ」


「了解!」


 私が勝手に仕切るのにディアちゃんが元気よく了解の言葉を返してくれた。


「大ムカデか。どこかで出没情報があったような……」


「ダンジョン跡地にまだ数匹残ってるんじゃないのか?」


 ジークさんたちは話し合いに入る。


「我々は早速ドーフェルの湖に向かうぞ。時間が惜しい」


「陛下。私は……」


「エーレンフリート。貴様は大ムカデの捜索を行え。ユニコーンごとき私だけで十分だ。問題なく排除してやろう」


 エーレンフリート君が心配そうに告げるのに私は心配いらないよと返した。


「畏まりました、陛下。ご武運をお祈りします」


「ああ。祈っておけ」


 何に祈ればいいだろう。神様かな?


「大ムカデの牙、何としても見つけ出せ。私たちもなんとしてもユニコーンの角を得てくるからな。それぞれが役割を果たせば問題は問題でなくなる」


 私はそれらしいことを告げると、ディアちゃんに案内されてドーフェルの湖に向けて出発した。そろそろ時間も暗くなる。情け無用のフルパワーモードで前進しよう。


……………………

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