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随分と好き勝手にやってくれるな(ヴァンパイア・パニック)

……………………


 ──随分と好き勝手にやってくれるな(ヴァンパイア・パニック)



 その日の朝から北東の地域では住民が避難させられ始めた。


 本当にこの人が多い王都の中でも人が少ないらしく、パニックは少なかった。お年寄りやあまり裕福ではない人たちが一時的に自分たちの家から退去していく。


「さて、始めるぞ、エーレンフリート」


「はっ」


 私とエーレンフリート君は早速北東の市街地に進入。


 建物はどれも古く、人が全くいないとお化けでもでそうな感じだ。


 私たちは衛兵団から特別に許可を貰って、住居の中を調査する。地下室のある住居が対象だ。私たちは1軒1軒と住居を捜索していく。


 衛生的にどうかと思う地下室はあったけれど、吸血鬼の隠れている場所は見当たらない。そして、そんなこんなで地下室を捜索していたら、いつの間にか夕方になり、雨が降り始めてきた。空から太陽が雨雲に隠れて見えなくなり、周囲が雨音だけになる。


「いないな」


「気配はするのですが……」


 私も心臓が引っ張られる感触はするのだが、その源に辿り着けない。


 どうにも遊ばれているというか。


「エーレンフリート。ここは少しばかり危険だが、手分けして探してみるぞ。どうも敵に遊ばれている気配がする。それに住民をいつまでも退去させておくのは不可能だ。今日中にケリをつけなければならない」


「しかし……」


「しかしではない。命令だ。従え」


 エーレンフリート君、お願いと言いました。


「畏まりました。それでは私は右手の建物群を再捜索します。陛下は左手を」


「うむ。任せたぞ」


 私とエーレンフリート君はそう告げて別れると、それぞれの捜索に向かった。


 私はこの時点でもいざとなればエーレンフリート君が助けに来てくれるだろうという甘い考えを抱いていたのであった。


 だが、それが私のあまりにも楽観的な考えであったことが思い知らされる。


……………………


……………………


 私は左手の建物を捜索していく。


 そして、ひとつの廃墟──古い教会に辿り着いたとき、心臓が酷く引っ張られる感触を覚えた。間違いない近くに強い魔物がいる。


「ルドヴィカ」


 そして、私を呼ぶ男の人の声がした。


「ルドヴィカ・マリア・フォン・エスターライヒ。大悪魔(イブリース)に魂を売り渡した女よ。貴様は魔王になって何を求めた?」


 私は声のする方を見上げる。


 すると、教会の尖塔の上に男性が立っていた。


「何を求めるか、だと。貴様のような愚か者を始末することだな」


 私は特に何も求めてないですと言いました。


「フン。貴様のような小娘に魔王が屠られたのが残念でならんよ。いや、小娘というには語弊があるか。見た目こそ小娘だが、その中身は百数十歳の化け物だ。大悪魔に臣民をいけにえに捧げてまで手に入れた若さは愉快なものか?」


 この人は私について知っている!


 やはり(ルドヴィカ)は百歳ぐらいの人間辞めてる人だったか。しかし、大悪魔にいけにえを捧げたってどういうことだ?


「訳の分からぬことをうだうだと抜かす。その愚かな考えをする頭を胴体から切り離してやろう。降りて来るがいい」


「よかろう」


 私の挑発に男性が乗って、尖塔から舞い降りてきた。


「私の名はヴラド・ドラクル。魔王軍四天王のひとり。そして、貴様を殺し、次の魔王となるものだ。覚悟するがいい」


「何を愚かなことを。魔王軍四天王は私に忠誠を誓った。そして、屠られるのは私ではなく、貴様だ吸血鬼」


 ヴラドが告げるのに、私がそう告げて返した。


「それは今から判明することだ。行くぞ。魔斧“黄金皇帝(ネロ)”」


 黒書武器か。また面倒そうなものを持ち出してくれたな。


「さて、貴様の首が何秒で刎ねられるか賭けてみるか?」


 私もそう告げて魔剣“黄昏の大剣(ラグナロク)”を抜く。


「では、いざ尋常に──」


「──勝負!」


 私とヴラドが同時に動く。


加速(アクセラレーション)


 私は初手でバフをかけておく。相手は強い。油断せずに行きたい。


「その支援魔術。見事だ。だが、私を捉えられるかな?」


 ヴラドはそう告げると蝙蝠の群れに変身して一瞬で姿を消す。


 ええー! そりゃ、吸血鬼物の定番ではあるけれど、それってずるくない?


「逃げることしかできないのか。能無しめ」


「ほざけ。これこそが吸血鬼の戦いだ」


 次の瞬間、私の真横をハルバードの刃がかすめた。私はすんでのところで攻撃を回避したものの、危うく左腕を切り落とされるとこだったー!


 い、一応、ディアちゃんから中級治癒ポーションは買ってあるけれど、あの黒書武器で受けたダメージが中級治癒ポーションだけで治せるとは思えない。


 だって、あの黒書武器──魔斧“黄金皇帝(ネロ)”ってこれまで倒したNPCの数で強さが決まるような奴でしょ? ゲーム中は強化は再現不可能だったけれど、ゲームよりリアルになったこの世界において、敵がそれを所持しているということは……。


「貴様、その武器のために何人殺めた?」


「そう多くはない。ざっと500人ほどだ。この王都では監視の目があるので、外でやらせてもらったよ。あの連中も私の勝利に貢献できたのだから喜ぶべきだな」


 これで分かった。こいつは屑だ。


 私も魔王になるのに何人殺したのか分からないけれど、死んだ人間に喜ぶべきというつもりはない。この吸血鬼はエーレンフリート君とは違う。ただの蝙蝠野郎だ。


「私の玩具で好き勝手してくれたものだな。この世の全ては私のものだ。それを勝手に殺したりしてくれるとは。貴様にはこれから、死すら生温い苦痛を与えてやる」


「ハハハッ! やってみるがいい! ちゃちな小娘よ! 死んで、私を魔王にしろ!」


 許さないぞ、こいつ。


 私は魔剣“黄昏の大剣(ラグナロク)”を構えて、次にどこから攻撃が来るのかに備える。敵は蝙蝠に化けている。どこから来てもおかしくはない。


「上っ!」


 そして、私はある程度それを読むことが出来た。


 ヴラドには誤算だろうが、心臓の引っ張られる感触で相手の位置がどの辺りか分かるのだ。それによって敵の攻撃を躱しつつ、反撃の機会を窺う。


 来た──!


 ヴラドが実体化して魔斧“黄金皇帝(ネロ)”を私に向けてきた。その瞬間、私は一気に加速し、ヴラドの心臓に魔剣“黄昏の大剣(ラグナロク)”を突き立てる。


 これでゲームセット……にしては手ごたえがない。こいつはまだ無事だぞ!


「甘い、甘い、甘いな、ルドヴィカ! その黒書武器は私には有効ではない!」


 ヴラドは高笑いとともに蝙蝠になり、周囲を飛び回る。


「魔斧“黄金皇帝(ネロ)”の効果だ。この黒書武器は使用者を闇に染める。よって、黒書武器は有効ではないのだ! いくら強力な武器だろうと悪魔の呪いがかかっているならば意味がない! 貴様は私に勝つことはできないのだ!」


 はーっ!? 黒書武器無効って何それ! あり得ないんですけど!


 ゲームじゃそんな効果は付かなかったし、こいつでたらめ言ってるんじゃ……。


 あ。そうか。こいつ、ゲームではできなかったNPC殺害をやってるんだよな。そのための効果が発揮されているのだろうか。ありえなくはない。だが、そうなると非常に厄介だ。黒書武器しか私、武器持ってないもん!


「そうか、そうか。だが、これならばどうだ?」


 いや。まだ手はあった。


「降り注げ。無垢なる刃」


 黒書武器じゃなくてエーテル属性の全体攻撃ならどうだい!


「ちいっ。やってくれる」


 ダメージは負わせられたようだ。


 その代わり周辺被害が凄いことになってる。


 ヴラドのいた教会は倒壊寸前だし、周辺の建物は崩れてしまっている。


 ま、まあ、これもコラテラルダメージということで。


「貴様が先に私を殺すか。私が先に貴様を殺すかだ。かかってこい、ヴラド!」


「吸血鬼を、それも始祖吸血鬼を舐めるな!」


 ブラドが再び実体化して魔斧“黄金皇帝(ネロ)”で襲い掛かってくる。


 畜生。次第に攻撃間隔が短くなってきて、魔術を放つ隙がない。


 いつもなら頼りになる魔剣“黄昏の大剣(ラグナロク)”は今日に限っては役に立たないし、攻撃を防いでばっかりじゃあ、相手を倒せない。


 せめて、ここにエーレンフリート君がいてくれたら……!


 エーレンフリート君! 気づいてくれ! 私がピンチ!


 しかし、エーレンフリート君は私の心の呼びかけに応えることはなく、私とヴラドとの戦闘は続いた。互いに攻撃を防ぐために行動し、私は隙を見てはエーテル属性の全体攻撃魔術を叩き込み、ヴラドは魔斧“黄金皇帝(ネロ)”で襲い掛かってくる。


戦女神の行進ヴァルキュリャ・マーチ!」


「なんの、これしきっ!」


 長期戦になりそうな気配。


 私とヴラドの戦いが終わるまで都市が無事であるのか。勝つのは私なのかヴラドなのか。エーレンフリート君は何をしているのか。


 分からないことだらけの状況で、私はひたすらに戦っていた。


……………………

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