せいぜい着飾ることだな(ジルケさんの支度)
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──せいぜい着飾ることだな(ジルケさんの支度)
露天風呂でふやけた私たちはのんびりと帰路に就いた。
その翌日のことだ。
「ジルケ」
エーレンフリート君とともにジルケさんとのクエストの待ち合わせをする場所で、私はそう告げてジルケさんを見上げた。
「覚えているだろうな。今日は貴様を着飾らせる日だぞ。晩餐会が近いのだろう?」
ジルケさんにはお洒落してもらう約束をしていたのだ。
もっとも、衣料量販店でしか買い物したことがなく、髪についてもとりあえず短くとしか頼んだことのない私ではお洒落はできません。無理無理。
そこで私が頼るのが、ベアトリスクさん!
このような不愛想な私をそれなり以上にコーディネートしてくれる人なので、ジルケさんのような素敵な人ならばもっと素晴らしくコーディネートしてくれるだろう。
「晩餐会は来週だし、そんなに急がなくても……」
「ダメだ。準備をするならば1週間ぐらい軽く経つ。私の友であるならば、私の友として相応しい恰好をせよ」
ジルケさん素材がいいんだし、活かさないともったいないよ! と言いました。
「……分かった。ルドヴィカの家に行くの?」
「そうだ。そこでいろいろと整えてやる」
ジルケさんが不安そうに告げるのに私はそう返した。
「……なら、行こう」
「うむ。素直でいいぞ」
というわけで、私たちはトテトテと私のお化け屋敷に向かう。
「……わあ。本当にお化け屋敷」
「失礼なことを抜かすな。我が仮初めの居城であるぞ」
まあ、どこからどうみても外見はお化け屋敷である。
「中に入れば違いが分かる。来るがいい」
「……う、うん」
お化け屋敷に恐れおののくジルケさんを連れて、私たちは屋敷の中へ。
「ようこそいらっしゃいました、我らが主のご友人の方」
玄関でホールはベアトリスクさんが出迎えてくれる。
「……中は凄く綺麗。私の実家の屋敷より広いし、素敵」
「そうだろう、そうだろう。外見で物事を判断してはならぬぞ」
でもまあ、外見は完全なお化け屋敷だしな。いつかリフォームを依頼した方がいいのかもしれない。ラスダンとしてはこの上なく適切な形なんだろうけれど。
だが、ここを本当にラスダンにすることだけは避けたい。ここまでディアちゃんたちと友情を育んできたのだから、今更敵対するようなことはしたくない。それは私の切実な願いです。とりあえず敵対フラグは建てていないはずだ。
「ベアトリスク。この者が話していたジルケだ。面倒を見てやってくれ」
「畏まりました、陛下」
心なしかベアトリスクさんがワクワクしているように見える。
「いろいろと準備しておいたのでお楽しみください」
「……う、うん」
ジルケさんが完全に委縮している。
その萎縮の理由は分かる。私も美容院とかに行くと『お客様はシャンプーどんなもの使ってらっしゃいますか?』とか『最近の人気の髪形はこのようなものですが、どういたしますか?』とか聞かれて返答に迷うもん。
私は髪を短くしてもらいに来たんであって、おしゃべりしに来たわけじゃないやい!
だというのに、美容院の店員さんはいろいろとお洒落な話題を繰り出しては私を困らせるのである。だから、私の髪はいつも伸び放題だったのだ。
そういう理由なのに美容院に行くと『髪の毛、伸ばしてらっしゃるんですか? 余り切らない方がいいですか?』とかぬけぬけと聞きやがるのである。
お前のせいだよ! ばーか!
などと、美容院の人に切れてもしょうがない。あっちも仕事なのだ。お洒落な話題についていけない私の方が悪いのである。
というわけで、ジルケさんも似たような心境だろう。
ベアトリスクさんっていかにもお洒落な話題を振ってきそうな女子力高めの人だし、ジルケさんがそのパワーを前に怯えるのも分かるというものだよ。
でも、大丈夫! 今日は私も同伴するからね!
私たちの間でしゃべっていれば、ジルケさんの緊張も解けるだろう。
「最初は何をするのだ、ベアトリスク?」
「そうですね。髪を整えようかと思いますわ。これは少しばかり前髪が伸びすぎですので。軽く鋏を入れて、すっきりさせようかと思います。この方は流石は陛下の選んだ方なだけあって、素材がいいのですから髪で顔を隠してしまうのはもったいないですわ」
「ほう。いいだろう。やってみろ」
というわけで、私たちはジルケさんの散髪のために浴室へ移動。
ジルケさんはガチガチに緊張している。どうにか緊張をほぐさないと。
「ジルケ。そう緊張するな。貴様を料理してやろうというわけではない。ただ、貴様の見てくれが少しばかりましになるように手を加えるだけだ。その手を加えるのも私の部下だ。何も怯える必要などあるまい?」
「……うん。任せる」
ジルケさんはちょっと緊張が解けたみたい。
「では、ベアトリスクよ。この者を見られる姿まで切り刻んでやれ」
「はい、陛下」
というわけで散髪開始。
ベアトリスクさんが慣れた手つきでジルケさんの髪に鋏を入れていく。流石はベアトリスクさんだ。本物の美容院の人みたい。チョキチョキと心地よい鋏の音が響き、ジルケさんもリラックスしているのが窺える。
「後ろ髪はどうなさいますか?」
「……え、あの、えっと……」
ベアトリスクさんが話しかけるのにジルケさんがもろに挙動不審になった。
「やや短くしておいた方がいいだろう。冒険者をやっていると髪の短い方が便利なときもあるしな。だが、貴様は冒険者である以前に貴族令嬢だ。あまり短いのもよくない。ヘアスタイルをある程度作れる程度に切った方がいいだろう。どうだ?」
「……うんうん。それで」
どうしますかって聞かれるのが一番困るんだよね。そこはプロにお任せしたいと言うか、自分ではどうやっていいのか分からないというか。
「はい。では、これでできあがりです。どうですか?」
ベアトリスクさんはそう告げてジルケさんに鏡を見せる。
「……うわあ……」
鏡の中には見違えたジルケさんが。
幽霊のように伸びていた前髪が綺麗に整えられて、ジルケさんの表情がはっきりと見える。後ろ髪も程よい長さになり、もっさりした印象はなくなった。
うん。やっぱりジルケさんは美人さんだ。
「ご満足いただけたでしょうか」
「……は、はい」
ジルケさんがベアトリスクさんにコクコクと頷く。
「では、髪を洗いましょう」
「それぐらいは自分で……」
「まあまあ、ここはお任せになってください」
そう告げるとベアトリスクさんはジルケさんの頭を洗面台の方に向け、洗い始めた。
なれた手つきである。毛根からマッサージするようにジルケさんの髪の毛を洗っていく。ジルケさんの表情があまりの気持ちよさにとろけてしまっているぞ。
「後は髪を乾かしまして」
ベアトリスクさんはタオルで丁寧にジルケさんの髪を拭いていく。
「できあがりです」
おお。ジルケさんが本当の本当に美人さんになったぞ。
「どうだ、ジルケ?」
「……とってもすっきりした」
ジルケさんは目をぱちぱちしながらそう返した。
「では、次はドレスを選びましょう。いろいろと取り揃えておりますのよ」
私たちはベアトリスクさんの案内で、屋敷の中を進む。
そして、ベアトリスクさんの部屋に。
この部屋にはまだ私も入ったことがない。
「さあ、素敵なドレスを選びましょう」
ベアトリスクさんはそう告げて部屋の扉を開いた。
「おお」
部屋の中には様々なドレスが。
「貴様、屋敷の方で仕事をしていたのか?」
「ええ。向こうで作業をすることもありますけれど、こちらでも作業をすることはありますわ。それに陛下のドレスもお作りしなければなりませんからね」
「ふむ。勤勉だな」
ベアトリスクさん、頑張ってるなー。
私も冒険者始めてよかった。冒険者してなかったら、エーレンフリート君と一緒に部下のみんなが働いている中、ニートをする羽目になっていた。ちゃんと働けているぞ。偉いな、私。頑張れ、私。
「それではどのようなドレスにいたしましょうか?」
「……え、あの、その……」
分かる。分かるよ、その緊張。
店員さんが話しかけてくるタイプの服屋さんとか私絶対無理だったもん。どのようなものをお探しですかって、安くて、着やすくて、汚れが目立たない奴とかいうお洒落とは程遠い答えしか返せないもんなー。
さて、ここで私が助け舟を出すとしよう。
「そうだな。最近流行のスタイルで行こう。個性的なドレスもいいかもしれないが、ジルケはあまり目立つことを好まぬ性格だ。流行のドレスを着ておけば、凡人どもの中に紛れることができるだろうし、ジルケも恥をかかずに済むだろう」
無難な流行のスタイルで済ませようと言いました。
「あら。女性なら目立つべきでは? 私ならば華やかに目立たせて見せますよ?」
「そういうことを好まぬ女だ。晩餐会も渋々参加するところだろう」
私がそう告げるのにジルケさんが無言でコクコク頷いている。
「それでしたら、最近の流行スタイルを取り入れたこのようなものはどうでしょう」
ベアトリスクさんがまた透けてたり、露出度が高いドレスを出すのではなかろうかと警戒した私だったが、ベアトリスクさんの準備したドレスはおしとやかなものだった。胸元がちょっと開けているのが気になるけれど、これが最近の流行りなんだね。
……そうか。最近は胸の谷間を見せるのが流行りなのか……。
私は絶対にその流行には乗れないな!
「このようなものでいいか、ジルケ?」
「……うん。最近はこういうのが主流って実家でも聞いた」
私の問いにジルケさんが頷く。
「では、採寸しておきましょう。3日後にはサイズを合わせたのをお持ちしますわ」
そう告げてベアトリスクさんがメジャーを持ち出してジルケさんの体を計る。
「あれま。とても大きいですわね」
「…………」
うん。ジルケさん。その胸は大きいよ。
「さて、これで必要なことは整いましたわ。後は晩餐会の日にドレスの着付けとヘアスタイルの調整をすれば完璧です」
「ご苦労だった、ベアトリスク」
ふいー。我が事のように疲れたー。
「ルドヴィカ」
「どうした?」
ジルケさんが尋ねるのに私が首を傾げる。
「ありがと」
そう告げてジルケさんは嬉し気に微笑んだのだった。
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