煩わしいことが多すぎる(多忙な日々)
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──煩わしいことが多すぎる(多忙な日々)
それから私、エーレンフリート君、ジルケさんはひたすらに農家に襲い掛かる害獣駆除を続けた。大陸大猪、大陸大モグラ、大陸大猿その他もろもろ。
それを3ヵ月が続けたときにようやく稼いだお金が30万ドゥカートを越えた。
「稼いだな」
「稼ぎましたね」
私とエーレンフリート君はずっしりとした金貨の重みをかみしめた。
ちなみに報酬はジルケさんと山分けになっているので実際に稼いだ分はまだ多いぞ。
「しかし、季節もすっかり夏になってしまったな」
このドーフェルの街もセミの鳴き声で騒がしくなってきた。
これから暑い夏が訪れるのだろう。
「私は汗を流してくる。ジルケ、行くぞ」
「……うん」
クエスト後のお風呂は最高だ。
寝る前のお風呂はベアトリスクさんにお手入れしてもらっているけれど、クエスト達成後の汗を流すお風呂はジルケさんと一緒に銭湯に入っている。
そういえば、ミーナちゃんはちゃんと露天風呂の開発を進めてくれたのかな。
「……じゃあ、また明日」
「ああ、また明日だな、ジルケ」
私たちは風呂上りのフルーツ牛乳を楽しんだ後に分かれて自宅に帰った。
「ああ。お帰りになられました、陛下」
帰ってすぐにエーレンフリート君が出迎えてくれた。
エーレンフリート君はどんなクエストでも泥まみれになったりしないのだ。吸血鬼なので汗もかかないという。ずるい。
「ご夕食の準備ができておりますが」
「ふむ。そうだな。いただくとしようか」
夕食はいつも美味しいので楽しみです。
「ところで、エーレンフリート。人狼たちは露天風呂の開発予定地点を確保しているか? 貴様には確認しろと言ってはいないので知らぬやもしれぬが」
「はっ。陛下のご命令であったので確認しております。開発予定地点は無事確保されております。ポチスライムの1体も侵入することはないでしょう」
おお。流石、人狼。有言実行だね。
「後はこのことをどうやって開発者に伝えるか、だな」
「あのハーゼ交易という会社に乗り込まれては? 陛下のおっしゃられることならば、連中も平伏して聞くことでしょう」
いやね。エーレンフリート君。期待には沿えないよ。私はただの一般市民だからね。
「だが、ハーゼ交易を動かさなければ開発はできんな。我々の貯蓄は幾分ほどある?」
「700万ドゥカートです。お望みとあればまだ増やして見せます」
……私、冒険者した意味あったのかな……。
その稼いだお金って、ほとんど九尾ちゃん、イッセンさん、ベアトリスクさんの稼ぎでしょ? 私の稼いだお金はディアちゃんのポーション購入に消えてるし。
「そろそろあの錬金術師の小娘に大きな依頼でも頼むか」
ディアちゃんからはこれまでポーション類で売れ損なったものを買い取ってきたが、ディアちゃんのスキル上げを考えるならば、もっと難易度の高い依頼をしてもいいのかもしれない。
とは言え、ディアちゃんでもレシピがなければ作れまい。ゲームも序盤は終わったころだし、一度本屋さんに行ってレシピの品揃え加減を確かめたうえで、何かちょうどいいポーションをセレクトして頼むとしよう。
「お言葉ですが、陛下。あの者から買ったポーションは何の役にも立っておりません」
エーレンフリート君がそう告げる。
まあ、それもそうなのだ。
あれからいろいろとクエストを受けたのだが、私がポーションで治療しなければならないような傷を負ったことはなかったのだ。
怪我をするのは主にジルケさんでポーションはジルケさんの治療に使われていた。私とエーレンフリート君は無傷。むしろ、エーレンフリート君は戦闘の度に元気なっているような状況である。
そういえば魔剣“処刑者の女王”は相手の体力を吸収する効果もあったんだっけ。そりゃあ、相手を切り刻むだけ元気になるわけだ!
……とまあ、そんな具合で私たちにポーションはほぼ不要。
私とエーレンフリート君は魔法もほぼ使わずに大陸大猪やらなにやらを討伐しているので、魔力回復ポーションもいらない。
冒険者になったらポーションいるかな! と思ったけれど、全然いらなかった件についてというわけである。いやね、私も最初は怪我とかするかなと思ったんだよ。大陸大猪なんて見た時にはこれは大怪我するなって。
で、いざ蓋を開けてみると、ポーションは全然使ってない。全然。
ジルケさんに渡すという手もあったのだが、ジルケさんは自分のポーションがあるということで断られてしまった。こういう時には私の好意を受け入れてほしかったな。
さて、そんな『ディアちゃんのポーションいらなくね?』問題ですが、どうしよ。
私としては今後ともディアちゃんのポーションを買い続けることで、ディアちゃんに定期的な収入を与え、かつディアちゃんの錬金術レベルを上げたいんだけど。
けど、エーレンフリート君を初めとして、四天王のみんなは『あんなポーションいらなくね?』って顔をしているから、ここで強引に私の案を通すと謀反が起きたり!
……まあ、謀反はないだろうけれど、反発はありそうだ。
「エーレンフリート。あの錬金術師の小娘に望むものはないか?」
「……なんでもよろしいのでしょうか」
「何でも構わんぞ」
まあ、エーレンフリート君のことだし甘いものだろうな。
「そ、その、街の人間がいうにはこの季節になるとアイスクリームなるものが美味とされるそうでして、とても甘く、かつ冷たいということで興味をそそられている次第です」
エーレンフリート君がそう告げるのに私と九尾ちゃんがにやにやした。
エーレンフリート君はアイスクリーム未体験か、そうか。
「では、あの錬金術師の小娘にアイスクリームを依頼するとしよう。味は何がいい?」
「味が選べるのですか!?」
「当然だ。バニラ、チョコレート、ミント、レーズンいろいろとあるぞ」
私がそう告げるのにエーレンフリート君はそわそわし始めた。
「そ、その、全部というわけには……」
「構わんぞ。貴様への日ごろの働きに報いてやる」
「ありがたき幸せ!」
エーレンフリート君、お腹壊さないといいけどね。
「九尾。貴様は何か欲しいものはあるか?」
「あの錬金術師の小娘が成長したのであれば、ウスターソースを頼みたいところですじゃ。これから夏に入って夏バテ防止にトンカツ定食など考えておるのですが、何分ソースが足りないものでしての。ああ、カレー粉もあると助かりますのじゃ。夏と言えばカレーですからの」
ウスターソースとカレー粉か。ここら辺はまだまだ大丈夫だろう。
「イッセン。貴様は望みはあるか?」
「いえ。特には。ただ、この時期になるとそうめんが食べたいものでして、そうめんの麺と汁など手に入ればと思っております。その錬金術師の小娘にそれらが作れるかは分かりませぬが」
確かに。
夏と言えばカレーもいいけれど、そうめんもさっぱりしてていい。
そうめんの汁はともかくとして、そうめんの麺を作るのはリアルでは難易度高いものだったけれどどうだろう。
しかし、イッセンさんの好みは本当に日本人だな。
「ベアトリスク。貴様の望みを聞こう」
最後はベアトリスクさん。
「そうですわね。この時期になると太陽の日差しが強くなって、お肌にダメージを与えますわ。日焼け止めクリームなどがあれば助かるのですけれど」
ひ、日焼け止めクリームか……。
ディアちゃん、作れるかなあ?
「分かった。貴様らの要望はこの私が伝えておこう。期待して待っているといい」
まあ、できなかったらできなかったで、今年の夏は焼けてしまおう。
「陛下はあの錬金術師の小娘に何をお望みに?」
「それは今はまだ言えぬ。どこで誰に聞かれているかも分からんからな……」
まだ決めてないですって言ったら、思わせぶりなセリフになってしまった。
「そのようですね」
エーレンフリート君がそう告げると食卓のナイフを投擲した。
ザクッと肉の裂ける音がして、何が起きたのかと私が驚くのに、1匹の蝙蝠が落ちてきた。い、嫌だな。いくら外面お化け屋敷でも蝙蝠が出没するなんてのは。
「どこかのものの眷属か?」
「そのようです。我々の様子を探りに来たのでしょう。浅ましい」
どこの子? と尋ねたらそんな答えが。
私の勘って当たってるじゃん! 本当に誰かに聞かれてたよ!
……いや、喜ぶことじゃない。問題は侵入者が館の中にまで入り込んできたということだ。このお化け屋敷のセキュリティーも上げていかなければなるまい。
「屋敷の周囲に結界を展開せねばならぬな」
「そのためには常時ひとりが屋敷に留まる必要があります」
屋敷のセキュリティーを上げようかと言ったらそう返された。
この世界にセ〇ムはないのか。セ〇ムは。
「やむをえまい。我々がいるときだけ結界を展開するとしよう。中身が見られて困るような書類は破棄せよ。敵に我々の動きを知られるわけにはいかん」
「畏まりました、陛下」
まあ、これが魔王軍の偵察であったとしても、アイスクリームの話題で盛り上がっている様を見て困惑したことだろうな……。
しかし、我々の結束の要がディアちゃんにあることがばれるのはよくない。この間、ディアちゃんは狙われたばっかりだし。これ以上ディアちゃんを私たちの都合に巻き込むわけにはいかない。
さて、というわけで今後、こういう会議は秘密裏に行おう。
ちょっと魔王っぽくなってきたかな?
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