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肩書だけの人間でないといいがな(カサンドラ先生に会いに)

……………………


 ──肩書だけの人間でないといいがな(カサンドラ先生に会いに)



 カサンドラ先生がああいってくれたので、翌日にエーレンフリート君と一緒にディアちゃんのお店に行くことにした。


「お。ルドヴィカ。それにエーレンフリートの兄ちゃんも」


「馴れ馴れしいぞ、小僧」


 そして、道を進んでいたオットー君とミーナちゃんに遭遇した。


「いやあ。あのダンジョンで分かったけど、兄ちゃん、本当に強いんだな。あれは凄かったぜ。罠とか完全突破だもんな。流石は魔王の部下なだけはある!」


「フン。貴様もようやくマスターが如何に素晴らしい人物か分かってきたようだな」


 エーレンフリート君は私が褒められていると思っているようだけど、褒められてるのは君だぞ。賞賛の言葉は素直に受け取っておくんだ。


「ルドヴィカも凄かったよ。あの人狼相手に互角以上に戦うなんて」


「あれぐらい児戯だ」


 ミーナちゃんが私を褒めるのにエーレンフリート君が満面の笑みを浮かべている。君はとても分かりやすい性格をしているよね。


「で、ひょっとして貴様らもディアの店か?」


「そ。カサンドラ先生が久しぶりに帰ってきたからご挨拶に。お土産も持ってきたし」


 あ。普通、こういうときはお土産を持ってくるんだった。未だに学生気分が抜けてないなあ、私。もう立派な社会人ならぬ社会魔王としてやっていかなければならないというのに。また今度、何か持ってこよう。


「ならば、ともに行くとするか、貴様ら」


「そだね。一緒に行こう、ルドヴィカ」


 ミーナちゃんとすっかり仲直りできたみたいで安心、安心。


「やっぱ、ルドヴィカが強いのって黒書武器のせいだけじゃないよな。あの身の動きってジークさんでも無理だろうしさ」


「当然だ。陛下は武を極めておられる。この間などはグレートドラゴンを相手に──」


 オットー君とエーレンフリート君は私の話で盛り上がっている。少しくすぐったいところがあるが、エーレンフリート君が内面的にも成長してくれるならそれで構わないよ。すぐに『下等な人間どもめ!』とか言い出さないようになれば合格です。


「っと、到着だね。カサンドラ先生がこれまで何していたのか気になるし、今日はいろいろと話を聞かせてもらおうっと!」


 ミーネちゃんはそう告げるとディアちゃんのお店の扉を開いた。


「だから、ごめんなさいってば、カサンドラ先生!」


「ゴーレムなんて10年は早い。錬金術師たるもの素材の下ごしらえをちゃんと覚えてから、ゴーレムがきちんと仕事をしているのか理解できるようになり、そこで初めてゴーレムに仕事を任せていいんだ。分かってるのかい?」


 あれま。絶賛、お説教中。


 ディアちゃんが正座させられていて、カサンドラ先生が淡々と告げている。ヘルムート君はディアちゃん傍で相変わらずむすっとした顔でゆらゆらしていた。


「だいたい、このゴーレムのレシピ本。相当高かっただろう。どうやって買ったんだい? 借金なんてしてないだろうね?」


「してないよ! ルドヴィカちゃんがくれたの!」


「……つまり、よそ様に買ってもらったってことかい?」


「そ、そうなるかなー」


 げっ。問題になっているのがゴーレムのレシピか。


 確かにあれは大きな買い物だったけれど、私にとっては些細な出費なのだ。


「気にするな。この錬金術師の小娘には特別なものがあると思ったのでな」


「ああ。ルドヴィカちゃんだったね。それにミーナちゃんとオットー君も」


 私がすかさずディアちゃんに助け舟を出す。


「けど、この本20万ドゥカートはしただろう。安い買い物じゃなかったはずだよ」


「未来のために金を使うのが賢者のやることだ。この娘には未来がある。夕闇を引き裂き、朝日を輝かせるやもしれぬ力がな。それに投資するのは悪いことではない。それに20万ドゥカート程度はした金だ」


 実を言うと散財しまくってるせいでちょっと財政状況がピンチなんだけどね。


「それならいいけれど……。あまり私の弟子を甘やかさないでくれたまえよ?」


 カサンドラ先生は渋い表情で私たちを見てくる。ごめんなさい。


「それはそうと、カサンドラ先生! お土産持ってきましたし、これまで何してたのか教えてくださいよ! 気になってるんですよ!」


 そこでミーナちゃんが声を上げた。


「ああ。少し長い話になるからお茶でも淹れよう」


「カサンドラ先生ー。もう立っていい?」


「いいよ。ディアはケーキを切り分けておいで」


「了解!」


 ディアちゃんは立ち上がると錬金窯の方に向かっていった。


「それじゃあ、こっちにおいで」


 私たちはカサンドラ先生の招きで応接間に。


「相変わらずディアは世話になりっぱなしみたいで悪いね」


 カサンドラ先生はみんなのお茶を置くとそう告げた。


「そんなことないですよ。私もゴーレム作ってもらいましたし」


「俺も新しい弓をもらいましたから」


 ミーナちゃんとオットー君がそれぞれそう告げる。


 ふたりともカサンドラ先生を尊敬しているのか、口調には敬意がこもっている。


 カサンドラ先生は立派な人だもんね。


 16歳にして宮廷錬金術師に任命。その後25歳という最年少で王立錬金術アカデミーの教授に就任。育てた教え子は数知れず、どの人も立派な錬金術師になっているという。文字通り、この世界の錬金術の発展に寄与した人だ。


「みんなー。ケーキだよー」


 そんなところでディアちゃんがケーキを運んできた。


「今日はカサンドラ先生が作ったケーキだから。きっと特別美味しいよ!」


 ディアちゃんがそう告げるのに私はエーレンフリート君の目が光るのを見逃さなかった。この子は本当に甘いものが好きだな。


「カサンドラ先生のケーキって久しぶりだなあ」


「ディアのケーキもかなりカサンドラ先生のに似てきたけどな」


 ミーナちゃんとオットー君が期待した目でディアちゃんのケーキを見ている。


「はい、どーぞ、ルドヴィカちゃん、エーレンフリートさん」


「うむ。私を満足させることができるか確かめてやろう」


 魔王弁が偉そうなことを言いましたが、純粋にケーキ楽しみです。


「では、いただきます!」


「いただきます!」


 ミーナちゃんとオットー君がケーキを口に運ぶ。


「うーん! 美味しい! ディアと同じ材料なのに何が違うんだろ?」


「ディアのケーキも美味いけど、カサンドラ先生のケーキは絶品だな」


 ふたりともカサンドラ先生のケーキを絶賛。


 エーレンフリート君は涎でも垂らしそうな勢いでケーキを見つめてる。多分、私が食べてからでないと失礼とか思ってるんだろうな。エーレンフリート君を焦らすのもそれはそれで楽しいのだが、私自身が耐えられないのでいただきます!


「ほう」


 うむ。程よい甘さ。素材となっているイチゴの風味を消すことなく、それにふんわりとした優しい甘さを乗せてきている。ディアちゃんのケーキも美味しいのだが、こちらも絶品である。地球でもここまでのケーキは食べたことがないよ。


 ま、元よりコンビニスイーツぐらいしか味わったことはありませんがね!


「こ、これは……」


「どうした、エーレンフリート。ケーキごときで感動したか?」


「め、滅相もありません。ですが、これは確かに良きものであるかと」


 おお。エーレンフリート君が『下等な人間どもめ!』と言わずに、素直に褒めている。これは内面のレベルがアップしていっている証拠ではなかろうか。


「そうだな。私もよいものだと思うぞ。よいものはよいものと認めねばな」


「おっしゃる通りです、陛下」


 このまま順調にエーレンフリート君の内面もイケメンにしてしまおう。


 ……でも、ポンコツじゃないエーレンフリート君には一抹の寂しさを感じる。どこか他所の女性に引っ付いてしまいそうで。


 でも、それがエーレンフリート君の幸せなら、私は応援するよ! 魔王だから、四天王だからって縛るのはよくないと思うんだ。


「どうなさいましたか、陛下?」


「なんでもない」


 思わずエーレンフリート君を見つめてしまった。いけない、いけない。


「それでカサンドラ先生はこれまで何してたんですか?」


 ミーナちゃんがそうカサンドラ先生に尋ねる。


「少しばかり研究をね。もしかすると重要な研究になるかもしれないんだ」


「それは賢者の石の研究か?」


 ひょっとして賢者の石の研究だったりと尋ねました。


「……頭の切れる子なのか、事情を知っている子なのかは分からないけど、その通りだよ。私は賢者の石の研究をしている。将来、これが必要になるという可能性が出てきたからね。手が抜ける研究じゃないんだ」


 ふむふむ。もう賢者の石そのものの研究は始まってるんだ。


 でも、必要になるのってまだ先の話だよね? 邪神なんとかさんが復活するまでは時間があるはずだし。


「カサンドラ先生。賢者の石は作れそうなんですか?」


「難しいところだ。賢者の石が最後に錬成されたのは300年前だと言われているんだ。その時の記録は火災で喪失していて、レシピも残っていない。全く、真っ新な状態から我々は賢者の石を開発することになる」


 ほへー。それは大変──。


 ちょっと待てよ。ゲームの時の私はどうやって賢者の石を錬成した?


 一番肝心なところを覚えてないぞ! た、確かレシピ開発でレシピを作ったはずだけど、そのためには何かしらの条件を解放しないといけないわけで……。


 わー! 不味い、不味い、不味い。全く覚えてない! どうやったら賢者の石って錬成できるんだったっけ? どうするんだったっけ?


 うう。今すぐネットにつないで攻略サイトが残っていたら覗きたい!


「賢者の石って何に使うんです?」


「あらゆる錬金術の素材になると言われているが、一番重要なのはその錬金術の力で、太古に封印された邪神を封印しなおすことにある。いや、封印しなおすのではなく、完全に消滅させることすらできるかもしれない」


「あれ? それってどこかで聞いたような……」


 カサンドラ先生の言葉にディアちゃんが首をひねる。


 私だよ! 私が教えたじゃん、ディアちゃん!


「ともあれ、その研究が行き詰ったからこうしてディアの様子を見に来たのだよ」


「えへへ。カサンドラ先生、ヘルムート君はよくできてるでしょ?」


 カサンドラ先生が優し気に微笑むのに、ディアちゃんがそう告げる。


「ああ。立派なゴーレムだ。素材の扱い方もよく覚えてる。これで人の金でレシピを買ってなければ、満点だと褒めてやったんだがねえ」


「ア、アハハ……」


 ヘルムート君は働き者である。


 錬金術の下ごしらえに、錬金術の後の後片づけに、と万能だ。


 もっとゴーレムが普及すればこの世界の暮らしも楽になるんじゃないかなと思う。24時間営業のコンビニでも、ゴーレムが店員を務めてくれたら、人件費はいらないし、ブラック企業なんてなくなってしまいそうだ。


 もっとも、ゴーレムが人間の仕事を奪うことに危機感を覚える人たちはいるだろう。


 日本は少子高齢化の影響で製造業から介護までロボット化、AI化が進み、今やロボットとAIなしでは暮らせない世界になっている。そんな世界がこの世界にも訪れるのだろうか、訪れるとしたら日本よりも早かったりして。


「邪神の復活は近いと?」


 ここで私が疑問に思ったことをカサンドラ先生に尋ねた。


「かなり近いという占星術の結果が出ているよ。早くて1年、遅くても3年。あまり残された時間はない。とはいえ、邪神が復活したからと言って、すぐに世界が滅ぶということはないとのことだがね。だが、あまりいい気分はしないだろう?」


「確かにな」


 早くて1年って。


 ゲームのタイムリミットってそこまで短かったっけ? 3年はあったようだ……。


「ルドヴィカちゃんは私が賢者の石が作れるって思ってるんだよね?」


「そうだ。貴様の中の光が私にそうささやきかけている」


 ディアちゃんならやれるよと言いました。


「ディアがかね?」


 そこでカサンドラ先生が不思議そうな顔をした。


「そうだ。その錬金術師の小娘こそ、世界にとっての光。私がもたらそうとする黄昏に対抗するやもしれぬもの。その小娘ならやってのけるだろう。賢者の石を錬成することぐらいは容易くな……」


 ディアちゃんなら難しくても賢者の石錬成できるんじゃないかなと言いました。


 し、しかし、もはやこれはゲームの世界の話ではない。


 現実問題として賢者の石を錬成するわけだ。レシピは分からないし、どんなスキルが必要かも分からない。そもそも素材をどうやって集めるかすら分からない。分からないことだらけで、分かっているのは王立錬金術アカデミーのカサンドラ先生にも、どうやって賢者の石を作るか分からないってことだけ。


 だ、大丈夫なのか、これ。


 威勢のいいことを私の魔王弁は言っているけれど、実際問題これは不味いのでは。ゲームでも賢者の石を錬成できずに真エンディングを迎えられなかったプレイヤーは相当数いるわけで、ディアちゃんも本当に錬成できるかどうかわからないのでは。


「私に任せといて! 私が世界を救っちゃうよ!」


 で、ノリノリになるディアちゃんである。


 君、本当に大丈夫? レシピを何にも分からないんだよ? 私の希望的観測だけで調子に乗ったら大変なことになっちゃうよ?


「自信はあるのかい?」


「あ、あるよ! ルドヴィカちゃんが大丈夫っていうときはきっと大丈夫なんだから」


 カサンドラ先生が尋ねるのに、ディアちゃんがあわあわと答える。


 うん。正直、私の話を鵜呑みにしてたら大変なことになっちゃうよ。魔王弁は私の言うことを5割増しどころか。、10割増し、あるいはまるで違う言葉にしてしまうからなあ。


「あんたは本当にルドヴィカって子を信頼してるんだね」


「ルドヴィカちゃんは私の友達だし、ルドヴィカちゃんもドーフェル市振興委員会の一員なんだよ。ドーフェル市のために配下の人を貸し出してくれてるの!」

 

 カサンドラ先生が優し気に告げるのに、ディアちゃんがにんまり。


 あ。そういえば私もドーフェル市振興委員会の一員だったんだ。


 正直なところ、誰が所属しているかも分からないけれど……。


「へえ。人脈に長けているのだね、君は」


「人脈ではない。配下だ。私の忠実な配下を貸し出してやっているだけだ」


 感心したようにカサンドラ先生が告げるのに、私はあの人たちとは一緒に暮らしている仲なので人脈とはちょっと違うのですと返しました。


「配下、か。君は高貴な身分の人間なのか?」


「それは言えんな」


 実際のところ、自分でも高貴な身分なのかそうでないのか分からないんだよね。歴史書に名があったけれど、それが本当に私の名前かどうか分からないし、子孫かどうかも微妙なところだし、高貴な身分かどうかは正直。


 ある意味では魔王という滅茶苦茶高貴な身分だと言えるんだろうけど。


「エスターライヒ王室にはいろいろあるからね……」


 そう告げてカサンドラ先生が同情の目線で私を見てくれた。


 確かに歴史書を見る限り、いろいろどころじゃない騒ぎがあった。


 革命、処刑決定、謎の不審死、そして行方不明。


 何名かの王室関係者は亡命に成功し、エスターライヒ共和国の王位請求を行っているそうだけど、私にとってはまるで知らない人たちだ。そういう人たちに目をつけられるとどうなるか分からないので、そっとしておいてほしい。


「さて、ディア」


「はい!」


 カサンドラ先生の言葉にディアちゃんが元気よく返事する。


「鍛錬は怠っていないだろうね? 私の言いつけは守っているかい?」


 そうカサンドラ先生が告げるのにディアちゃんの額に汗がつうっと流れた。


……………………

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