七草粥
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──七草粥
「シュラーブレンドルフさんは無事だ。出血は酷かったか、今は治療を受けて安静にしている。感染症の兆候も見られないし、2日もあればよくなるだろう」
私たちがドーフェルの街に帰ってくると城門で待っていたジークさんがディアちゃんの問いかけにそう説明してくれた。
ほっ……。ジルケさんは無事か。よかった、よかった。
「だが、君が魔王だと言うことを知る人間がまたひとり増えてしまったな」
「フン。構いはせぬ。元よりあやつには全てを告げてやるつもりだった。それで奴が拒めばそれまでだ。私が魔王であることに臆する人間など必要ない」
ジルケさんには後でちゃんと伝えるつもりでしたよと言いました。
「それならばいいのだが、君の部下はそれに納得していたのかね?」
そう告げてジークさんが見るのはエーレンフリート君。
エーレンフリート君は殺気立った目で、ジークさんを睨んでいる。怖いよ!
「エーレンフリート。どうしたというのだ?」
「あの者が陛下の正体を知ったことで冒険者や騎士たちが陛下を狙うかもしれないと、この男は脅しているのです。陛下に対して何たる無礼な……! この男はここで切り殺しておくべきかと思われます」
うん。君の沸騰温度は摂氏15度くらいだったね。
「構わん。私を殺す? 大いに結構。やれるものならばやってみるがいい。全て返り討ちにして、屍の山を築いてやろうではないか。それぐらいのことはあの女も理解しているはずだ。この辺境の騎士と同じようにな」
ジルケさんは友達を討ったりはしないよと言いました。
「はっ。申し訳ありません、陛下。私としたことが陛下の実力を疑うなど……。ここは腹を切ってお詫びいたします」
「よせ、エーレンフリート。私はまだ貴様を必要としている」
そんなダイナミックな謝罪はいいから! と言いました。
実際のところ、エーレンフリート君がいなければディアちゃんが危ないところだった。エーレンフリート君は空気が読めないところはあるけれど、実力は最高だ。流石は四天王最強なだけはある。これでもうちょっと空気が読めればイケメンのいい男なんだけどな。まあ、空気が読めないのもエーレンフリート君の個性かな。
案外、憎めないキャラだよ、エーレンフリート君!
「だが、このまま友を放っておくの何だな。錬金術師の小娘、謝礼は弾むから滋養にいい食い物を錬成してみろ。それかよく効くポーション──の甘いものを」
「了解! となるとおかゆとかかな?」
ここぞとばかりにディアちゃんに依頼を出す私である。
今のディアちゃんの錬金術レベルがどの程度か分からないが、“風の弓”と“琥珀の杖”、そして“それなり錬金術師の杖”の錬成を成功させるためには、経験を積んでおくに越したことはない。せっかくジルケさんが血塗れで採取を手伝ってくれた素材だから、無駄にして、また人狼がいるかもしれないドーフェルの山に採取に行くのは勘弁したい。
「品選びは貴様に任せる。その代わり、きちんとしたものを準備しろ」
「お任せあれ! では、早速錬成に向かおー!」
どんなことあってもへこたれないのはこの子の長所だよね。
「けど、おかゆにしてもポーションにしても素材が必要だね。市場を見てこよう」
「うむ。そうするといいだろう」
市場も行商人たちが増えてきたし、思わぬ収穫があったり。
でも、夕暮れ時だから市場はほとんど閉まってるかもね。
「エーレンフリート」
「はっ。なんでありましょうか?」
「貴様、私の屋敷に行って錬金術に使えそうなものを見繕ってこい。できるか?」
「お任せを」
エーレンフリート君はそう告げるとふっと風のようにいなくなった。
流石は吸血鬼。素早い。
「では、行くとするか」
「おー! ジルケさんには早く元気になってもらわないとね」
というわけで私たちはディアちゃんのお店へ。
「でもさ。おかゆなら九尾ちゃんでも作れるんじゃない?」
「そうかもしれぬな。だが、錬金術で作られた料理には特別な力があるという。それを発揮できるかどうか、貴様を試してみようと思ったのだ」
錬金術で作られたアイテムには付随の支援効果があったりするからねと言いました。
そう、食堂で作られている料理もそうなのだが、この世界の錬金術はいろいろと効果が幅広く。料理で摂取するだけで最大HPが上がるなどという効果があったりするのだ。だから、錬金術を使ってない初期メニューではステータスアップはないけど、錬金術のレシピを使って作られる料理にはステータスアップのボーナスがつくのだ。
……あれ? 九尾ちゃんの料理って錬金術、使ってたっけ?
……九尾ちゃんに作ってもらうという選択肢もありだったかもしれない。
だが、ここはディアちゃんの錬金術レベルを上げるためでもあるし!
「おう。ディア。こんな時間に何してんだ?」
などと思っていたら、オットー君とエンカウントした。
「あのね。今日、ドーフェルの山で人狼に襲われたんだ。そしたら、ジルケさんって人が怪我しちゃって。だから、これからお見舞いの品を作るつもりなんだよ」
「ドーフェルの山で人狼? そんな話、聞いたことないけどな。それにそのジルケって人、ジルケ・フォン・シュラーブレンドルフって人か?」
ディアちゃんが説明するのにオットー君が尋ねる。
「そうだけど。それがどうかしたの?」
「お前なあ。ジルケ・フォン・シュラーブレンドルフさんって言ってたら、この街で唯一のプラチナ級冒険者だぞ。この街じゃあ、多分ジークさんの次には強いって人だ。そんな人に護衛を頼んだのか? 依頼料、相当高かっただろう?」
「げっ。依頼料とか考えてなかった……」
オットー君の言葉にディアちゃんの表情が青ざめる。
「あれは勝手についてきただけだ。依頼などではない」
「はあ。またあんたかよ。じゃや、あんたについてきたっていうのか? あの一匹狼のジルケさんが? あの人は孤高の強者なんだ。他人と馴れ合ったりしない」
ああ。ジルケさんって表向きはそう思われていたのか……。
まさか友達の欲しいボッチだとは思ってもみなかっただろう。最初はそのうち友達できるだろうと思ってひとりで行動していたら、きっと孤高の人とか言われてみんなが近づきにくくなって友達ができなくなったパターンだ。口下手というものはどこの世界でも損をするというものなのだな……。
「ジルケは私の友だ。あの者は力を欲し、私に従った。それを疑うというのか?」
ジルケさんとは友達だよ。一緒に頑張ってるんだと言いました。
「む。あんたにそう言われるとな……。でも、ジルケさんはあんたの正体を知っているのかよ。あんたが、その、魔王だってことを」
「無論だ。奴はそれを受け入れた。他に聞きたいことはあるのか、小僧?」
ジルケさんは何とか受け入れてくれたよと言いました。
「あーあ。じゃあ、俺から言うことはないぜ。けど、ジルケさんと一緒に探索だなんてディアたちは本当に羨ましいよな。あの人、絶対に信頼できる人としかパーティーを組まないって話だし、一緒にパーティー組めたら学べることはいろいろあるのに」
オットー君はやり切れないという感じで後頭部をガリガリと掻いてそう告げた。
「今度は貴様を誘ってやってもいいぞ、小僧。貴様がより高きを目指すのであればな」
「遠慮しとく。ジルケさんの足を引っ張りたくはないしな」
オットー君も次は一緒に来る? と尋ねました。
「フン。それだから貴様はいつまでたっても足手まといなのだ。上に上がる気力のなさ。それが貴様を低い存在のままにしている。それが解決できない限り、貴様は永遠に冒険者の中の底辺であり続けるだろう」
オットー君もそんな遠慮せずに一緒にどうだい? と言いました。
「言ってくれるじゃねーか。よし。今度、ディアがジルケさんと探索に行くときは俺も誘えよ。俺だって毎日、ちゃんと成長してるんだってことを教えてやるからな!」
「弱き犬ほどよく吠えるものだ」
オットー君、私の魔王弁がごめんねー! と言いました。
「畜生。あんたはむかつくけど、本当に強いもんな。……ディアのこと頼むぜ?」
「言われるまでもない」
そういう死亡フラグを立てていくのはやめよう、オットー君。
「さて、錬金術師の小娘。何を作るかは決めたか?」
「そうだね。滋養たっぷりの薬草おかゆかな。この時期だと美味しいんだよ!」
七草粥みたいなものかな。
私、七草粥大好きなんだよね。実家ではおばあちゃんが転倒事故で亡くなるまで、毎年作ってくれて、いつも美味しい七草粥を食べたんだ。ああ、思い出すなあ。おばあちゃんの七草粥。あれは本当にいいものだった。
「さてさて、材料は揃ってるかな?」
ディアちゃんはお店に入ると倉庫を確認し始めた。
「ああ! 肝心のお米がない! それから大陸ハコベも!」
ええー……。お米がないっておかゆ作るのにもっとも必要な材料がないよ。
「陛下」
「戻ったか、エーレンフリート」
ディアちゃんが倉庫をがさごそしてるときにエーレンフリート君が戻ってきた。
「九尾より病人に食わせるならば七草粥がいいと聞き、その材料を持ってきました」
「よくやった、エーレンフリート。貴様の選択は最良であったぞ」
やったね、エーレンフリート君! それでばっちりだ!
「今からもう一回、市場の方に戻ろうか……。でも、この時間帯だとほとんどお店は閉まってるし、うーん……」
「錬金術師の小娘。これを使え」
悩んでいるディアちゃんに私はエーレンフリート君が持ってきてくれた材料を差し出す。セリ、ナズナ、ハコベ、スズナ、スズシロが全て揃った材料だ。もちろん、お米だって揃えているぞ。私はこの中に餅が入っているのが好みだけどね。
「うわあ! ありがとう、ルドヴィカちゃん! 全部揃ってるね!」
「礼はいい、さっさと作れ」
礼には及ばないよ! と言いました。
「では!」
ヘルムート君が調合室にぬっと姿を見せると、材料を整え始めた。ヘルムート君も熟練度が上がってきたのか、材料を下準備する速度もそれなり以上のものだ。器用に洗ったり、刻んだりして、材料を整えていく。
「投入!」
そうやって準備された材料をディアちゃんが錬金窯に投じる。
「ぐーるーぐーるー♪」
いつもの音楽が流れ始め、ヘルムート君が右に左にゆっさゆっさ。
「できあがり!」
ぼふんと白煙が噴き上げて、ディアちゃんの持っていたお皿の上にはおかゆが。
……その皿も錬成したの?
「やっぱり病室に持っていくなら、何かに詰めないとね。ちょっと待てって」
ディアちゃんがそう告げてヘルムート君とともに部屋の奥に容器を探しに行った。
「マスター。これなどがよろしいかと」
「おお。ナイス、ヘルムート君! これに詰めていこう!」
ディアちゃんはヘルムート君からグラタンを詰めるような深めのお皿を受け取ると、そこに薬草粥を流し込んだ。
「じゃあ、行こうか、ルドヴィカちゃん」
「うむ。行くとしよう。友が倒れたのであれば見届けてやるぐらいのことはせぬとな」
私の言語野はデレてるのかツンなのか分からないよ。
「では、自警団本部に出発!」
私たちは薬草粥を携えて、自警団本部を目指した。
もう夕日は沈みかけており、世界は黄昏に染まっていた。
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