人狼ゲーム
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──人狼ゲーム
「それが魔剣“黄昏の大剣”か……。ピアポイント様が慎重になられるのも分かるというものだ。見ただけで禍々しさが伝わってくる。だがっ!」
そう告げて偽槍を持った人狼さんが跳躍する。
「ピアポイント様の手を煩わせるまでもない! ここで死ね、魔王ルドヴィカ!」
そう告げて偽槍を握った人狼さんは私に襲い掛かってくる。
「温い。温すぎる。人狼とはその程度のものか? それでは犬以下だな」
「貴様あ……!」
何とか攻撃を魔剣“黄昏の大剣”で防いで、そのまま攻勢に転じる。私が横の薙ぎに魔剣“黄昏の大剣”を振るうのに、偽槍の人狼さんが大きく跳躍して私から距離を取った。
それは正解。魔剣“黄昏の大剣”が生じた波動があらゆるものを薙ぎ倒していき、これに巻き込まれた人狼さん数名がぼふんと素材だけを残して消え去った。我ながら反則的な異色の武器だ。
「どうした、犬。少しはできるところを見せてみたらどうだ?」
強いですね! 流石人狼! と私は言いながらジルケさんの様子を見る。
ジルケさんは何とか互角に人狼と渡り合っている。エーレンフリート君は魔剣“処刑者の女王”を振るって、次から次に人狼を切り倒していっている。流石は四天王最強だ。人狼程度じゃ止められないぞ。
「我が闘志は未だ絶えず! 魔王ルドヴィカ、覚悟っ!」
「面白い。せいぜい足掻いて見せるがいい」
やばい。マジになるのは勘弁してと言いました。言いました!
人狼さんが加速し、私に高速で槍を突き出してくる。
「甘いわ」
私が冷や冷やしながらその攻撃をなんとか回避すると横薙ぎに魔剣“黄昏の大剣”を振るう。この距離なら避けようがないはず!
「くうっ!」
だが、あと数ミリというところで人狼さんが後方に退いて攻撃を回避した。
「なんだ。先ほどから避けてばかりだな。やる気がないのか?」
ここら辺にしときません? と言いました。
「どこまでも馬鹿にしてくれやがって! 貴様の首をピアポイント様への土産とする! その余裕ぶった態度がどこまで通じるか!」
「おやおや。羽虫が何か騒いでいるようだな」
馬鹿にしてないです! 勘違いです! と言いました。
「はあああああっ──!」
そして、人狼さんがその速度を全部乗せして、私に突っ込んでくる!
「ほう。なかなかだな」
だが、私はなんとかその攻撃を回避。
本来の私ならば串刺しだろうが、今の私は魔王ルドヴィカだ。魔王はこの程度の攻撃でやられたりはしないのだよ!
……いや。魔王も回避ばっかりじゃなくてダメージを受けてたよな。
しかし、あの槍でグサリとやられたらお終いでは? この間のドラゴンのディオクレティアヌさんも首を切り落とされたらそれでお終いだったし。
HP制度というのは当てにならないものだな! 痛いものは痛いし、心臓だって、首だって刺されたら大量出血だよ。こういう点はリアルにしてほしくなかったかなー!
「だが、戯れもここで終わりだ。死ぬがいい」
このまま付き合ってると本気で私の寿命がマッハでやばいので、本気でやらせてもらいますと言いました。
私は魔剣“黄昏の大剣”を左上から右下に振り下ろし、次は右下から左上に振り上げる。前にぐいっと押し込んで。槍で刺されるのは怖いが、ここは勇気を振り絞らなければ、逆にやられてしまう。
「があっ……!」
攻撃は見事命中。剣先が生じた波動が人狼さんを吹き飛ばし、八つ裂きにする。
「ま、魔王ルドヴィカ……。ここまでの存在だったとは……。無念である……」
「貴様ごときが私に張り合えるとでも思ったか?」
正直、やばかったですと言いました。
「だが、我らが王ピアポイント様はもっと強い。貴様らが血祭りに上げられる日は近いだろう。ピアポイント様は今も動いておられるのだからな……」
「何をこざかしい。部下に戦わせて己が逃げ潜むなど臆病者の極みよ。貴様らのような下等な存在がどれだけ策を張り巡らせようとも、この私が引きちぎってくれる」
いったい、何を企んでるんです? って尋ねました。
「ピアポイント様を侮辱することは許さぬ……! だが、俺はここまでのようだ。残る復讐は同族たちに任せるとする……」
そう告げると人狼さんは体が溶けるように変貌していき狼の姿となって死んだ。
「フン。話にもならんな」
人狼。強敵だったねと言いました。
「はっ。そのものが持っていたのは黒書武器のレプリカでしょう。その程度であれば陛下の敵ではなかったかと思われます」
「レプリカ。偽物か」
ああ。道理で偽槍なんて名前がついてたんだ。
しかし、レプリカでも強かったよ? これが本物になればどうなるの?
「凄い……。あれだけの人狼相手に無傷だなんて……」
ジルケさんは尊敬の眼差しで私の方を見ている。
いや、必死に攻撃を避け回ったから無傷なだけで、特にこれと言った特別なことをしたわけではないのですよ。だから、そんな尊敬の眼差しで見つめられても困ると言うか。エーレンフリート君もそんなにハートマークを飛ばしてこないでほしい。
「そちらも容易に振り切ったようではないか」
「……何ヶ所か噛まれた。人狼になるかも。わおーん……?」
ジルケさんはそんな冗談が言えるなら大丈夫──って傷だらけじゃん!
「錬金術師の小娘。この者に癒しのポーションを与えてやれ」
「了解!」
ディアちゃん! ジルケさんに治癒ポーションをを! と言いました。
「ジルケさん。これをどうぞ」
「……うん」
ジルケさんはディアちゃんから治癒ポーションを受け取るとそれを飲み干した。
「……苦い」
「味は改善中だからごめんなさい」
やっぱりポーションとは苦いものなのか。私だけの反応じゃなかったらしい。
「人狼病治癒のためのポーションもいるかな?」
「……あれは都市伝説。実際に人狼になる人はいない。これは常識……」
そう告げてジルケさんがディアちゃんを見る。
「……ありがと。助かった」
「どういたしまして!」
ジルケさんとディアちゃんがそんなやり取りをしていたときだ。
私はまた心臓が引っ張られる感触を覚えた。
「伏せろ!」
私はそう叫び、魔剣“黄昏の大剣”を横薙ぎに払う。
「きゃん!」
ディアちゃんに襲い掛かろうとしていた狼たちが一瞬で薙ぎ払われる。
だが、これはまだまだ来るぞ。
「エーレンフリート! 小娘どもの面倒を見ておけ! 敵が来るぞ!」
「畏まりました、陛下!」
まだまだ人狼の気配がする。それももっと強いやつだ。
「さあ、来い。犬ども。残らず鏖殺だ」
く、くるなら来いやい!
そして、甲高い雄叫びが響く。
それからすぐに草木を踏み躙る音が聞こえ始め、狼の鳴き声が近づく。
「雑魚がいくら群れようと同じ結果だ」
やばい。やばいよ。あれだけの敵がさらに来たらどうしよう!?
「──来たな」
人狼たちが姿を見せた。数は12体あまり。
ゲームでもこれだけの人狼にエンカウントすることはない。敵の最大ポップ数は6体までなのだから当然だろう。これは明らかに異常な状態だ。
「ルドヴィカ君! 右に避けろ!」
そう声がして、私は反射的に右方向に飛びのく。
それと同時に空中を矢が引き裂いていく飛翔音がし、私のすぐ脇を矢が飛び去って行って、それが人狼に突き刺さった。
「うごっ……!」
人狼は悲鳴に似た呻き声を上げると、まるで風船のように膨れ上がり、そして破裂した。周囲に血飛沫がまき散らされ、私も僅かに血を浴びる。
「これは……銀の矢かっ!」
ディアちゃんに襲い掛かろうとしていた人狼の1体がそう叫ぶ。
「その通り。銀の矢だ。覚悟してもらおう」
そう告げて姿を見せたのはジークさんだった。
「この程度の攻撃で──」
人狼がジークさんに突撃しようとしたのをジークさんが新たにその手に握ったクロスボウに装填した矢で貫き、同じように人狼を破裂させる。一撃必殺だ。
「まだやるか。お前たちを全員葬り去るだけの矢は用意してあるぞ。どうする?」
ジークさん新たに矢を装填してそう告げる。
「クソ。退却だ!」
人狼たちは大きく跳躍して崖を登っていくと、そのまま姿を消した。
「くだらぬ茶々を入れてくれたようだな。何のつもりだ?」
ジークさん、ありがとう! 助かりました! と言いました。
「君ならばあの数の人狼を相手にしても勝てるだろうが、クラウディア君たちは危険だっただろう。余計なお世話だったのならば申し訳ないが」
「フン。好きにしろ」
どうして私の言語野は捻くれてるのかな。素直にお礼を言おうよ。
「クラウディア君。それにシュラーブレンドルフさんも。大丈夫か?」
「はい。ルドヴィカちゃんたちが守ってくれたので」
シュラーブレンドルフさんって誰だっけと思ったが、ジルケさんのことだと思い出した。いかんせんフルネームが覚えにくい世界だ。ルドヴィカ・マリア・フォン・エスターライヒはフルで言えるようにはなったけどさ。
「しかし、シュラーブレンドルフさんの傷はそれなりに深いようだな。自警団の救護所で手当てをした方がいいだろう」
「待て。貴様、人狼が出ると分かっていたのか?」
あれ? ジークさんって人狼対策してたけど何で? と尋ねました。
「狼が人を襲わなくなった辺りから不審な気配はしていた。ここまでの人狼が山に潜んでいたとは思わなかったが。君こそ人狼が山に出ると知らなかったのか?」
「この私が下等な魔物についていちいち把握していると思うのか?」
初めて知りましたと言いました。
「……魔王って何?」
そこでジルケさんがそう尋ねた。
「話したのか?」
「聞こえていたのだろう。改めて我が名を名乗ろう、ジルケ。私は魔王ルドヴィカ・マリア・フォン・エスターライヒ。世界に黄昏をもたらす者である!」
訳あって魔王をやっています……と言いました。
「……魔王。本当に……?」
「貴様を欺いてどうなるというのだ。それとも私が魔王と知って臆したか」
騙しててごめんねー! と言いました。
「……ううん。あなたのことが知れて嬉しい……」
ジルケさんがそう告げて信頼の眼差しで私を見てくる。
重い。ジルケさんのその信頼が重い。
そんなに無条件に信頼されることになんて慣れてないよ。私はボッチだったんだからさ。今でこそ魔王弁と魔王行動力はインストールされているけど、性根はボッチのままなのだ。だから、ジルケさんのその曇りない信頼は重すぎる。
「貴様はそこの騎士とともに先に帰って治療を受けておけ。この程度のことで、私とともに覇道を歩む者を失うなど愚かすぎるからな」
「でも……」
「でも、もなにもない。戻って治療を受けろ」
ジルケさん。今は傷を癒してと言いました。
「……分かった」
ジルケさんは頷くとジークさんに支えられてドーフェルの山を去った。
「私たちも帰らなくていいのかな?」
「戯け。貴様にはするべきことがあるだろうが。大陸タガヤサンと魔法水の採取。忘れるな。ここまで来たのにはその意味があるからだ。ジルケの流した血を無駄にするな」
「そうだよね。了解!」
ディアちゃんはそう告げると視界に入っていた大陸タガヤサンの木を伐採する。
……とんとんと叩くだけで角材になってくれるんだから、これほど楽な採取もないよな。この調子ならこの山を丸裸にできるだけ採取できそうだ。そうされると私が推薦する観光に響くからやめてほしいけどね。
「魔法水、魔法水はと」
「そこだ。そこに泉があるだろう」
「本当だ!」
私の記憶に間違いはなかったらしく、中腹から湧き出る泉を見つけた。
魔法水というのは太古の魔力が閉じ込められた地層から湧き出る水のことで、魔力を帯びている。まあ、加工しないとその魔力を吸収することはできないし、魔法水そのものは魔力回復ポーションを純水に混ぜることで作ることが出来る。
ただ、錬成するより採取した方が早い場合もある。今回のように採取地点の傍を通った場合などは特に。錬成すると錬金術レベルが上がるというメリットはあるが、錬成のための時間を取られてしまう。それに魔力水の錬成ぐらいで貯まる経験値はごく微量。
「魔法水ゲットー!」
「これで全て終いだな」
「うん。ジルケさんの様子も気になるし、早めに帰ろう」
まだ夕暮れ時ではないが、下山している頃には夕暮れを迎えるだろう。
ジルケさんのことも気がかりだし、今日は急いで帰ろう。
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