現実とは残酷なものだ(リアルになるのはいいことばかりでもない)
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──現実とは残酷なものだ(リアルになるのはいいことばかりでもない)
ディアちゃんの今のところの依頼は以下の通り。
ミーナちゃんから“琥珀の杖”と何か街の特産物で出来たお土産。
オットー君からレッサーバシリスクの毒の治療薬。
私から新作のスイーツと醤油煎餅。
ふむ。ジークさんからの依頼がないな。
序盤でもいろいろと頼まれるはずなんだけど、もうとっくに終わっちゃった?
「錬金術師の小娘よ。辺境の騎士からの依頼はないのか?」
「ん? 今はないよ。ジークさんの依頼はポーション系が多いんでさっと終わらせちゃった。けど、新しい依頼来ないかなあ……」
おっと。ディアちゃんが恋する乙女の顔をしている。
まあ、分かるよ。ジークさん、前衛で頼りになるし、イケメンだし、紳士だしね。私のパンツ見て挙動不審になったどこかの吸血鬼君には見習ってほしい。
私も最初はジークさんを攻略しようとしたのに、何故だかミーナちゃんと百合の花を咲かせることになってしまった。何がいけなかったんだっけ……?
そうだ。どうして私はジークさんではなくミーナちゃんとのエンディングを迎えてしまったんだろう。何かがいけなかったのか、それとも単純に好感度の差があっただけなのか。それが分かればディアちゃんにアドバイスしてあげられるんだけどな。
「失礼する」
そんなことを私が考え、ディアちゃんがヘルムート君にいろいろと作るための素材を渡していたとき、お店の扉が開かれた。
「ジークさん!」
お店にやってきたのはジークさんだった。
「ああ。クラウディア君、依頼があってきた。ルドヴィカ君も一緒か」
「悪いか?」
お邪魔でごめんなさいと言いました。
「構いはしない。ところで、依頼なのだが……。立て込んでいるのか?」
「いえいえ。ちょっとドーフェルの山まで向かうんでその準備をと思って」
「ドーフェルの山か」
そこでジークさんが考え込むように顎に手を乗せる。
「何かあったんですか?」
「いや。今はレッサーバシリスクが出没して危険でもあるのだが、今年はやけに狼の数が多くてね。例年より倍はいるだろうと見ている。何かのよくない兆しだと、自警団では噂になっているのだが、不思議と今のところ被害はない」
狼?
狼は野良犬の上位種だ。野良犬同様に素早さが高く、ポチスライムの亜種しかいないからこの探索マップは楽勝だなと思ったプレイヤーを苦戦させてくれる。
しかし、それが何の害もなさないというのも不思議な話だ。
ひょっとして私がいるから?
このゲームのルールの外で動いているのは私と四天王の5名だ。それが何かしらの影響を与えているという可能性はなきにしもあらずだった。というか、私たちの存在以外に原因が見当たらない。私たちの存在以外はゲーム通り、であるのだから。
でも、厄介な狼が襲ってこないというのはいいことなのでは?
私の魔王オーラが滲み出てて、狼たちも手出しができないのかもしれない。ポチスライム亜種から入手できる経験値は少ないが、狼は経験値と受けるダメージの採算が取れてないから、仕掛けてこないのであれば歓迎しておこう。
「ふーむ。妙ですね。それで依頼って言うのは?」
「“銀の矢”を作って欲しい」
ディアちゃんが尋ねるのにジークさんがそう告げた。
そして、何故かエーレンフリート君の眉が歪む。
「貴様。連中に挑もうというわけか」
「彼らが害をなすのであればな。そうでなければ放っておく。魔物だからと言って全滅させなければならないとは考えていないのだ」
え? 何の話?
“銀の矢”って何かに使ったような……。あまり印象に残っていないということは大したことには使っていないはずなんだけど。
「面白いことに挑もうとしているようだな」
「あれが君の配下でないことを祈るばかりだよ」
何をするつもりなんです? と尋ねたんです。
「“銀の矢”はレシピとかありますか」
「ああ。これだ。素材になる銀はこちらで用意した。よろしく頼む」
「お任せあれ」
ディアちゃんは嬉しそうだ。
「しかし、ドーフェルの山に行くのならば声をかけてくれ。レッサーバシリスクは依然として危険だ。同行しよう」
「その時はお願いしますね!」
ジークさんと冒険できるのだからディアちゃんのテンションも上がっている。
「では、クラウディア君。頑張ってくれ」
「はい!」
ジークさんはそう告げると去っていった。
あ。よく見たら今日は剣が1本ない。イッセンさんが話してたのって、このことかな?
「あの男、油断なりませんね。陛下もお気を付けください」
「私を誰だと思っているエーレンフリート。あのような凡夫に後れを取るとでも?」
「はっ。失礼しました」
ジークさんと敵対することはないよと言いました。
「さてと、調合、調合」
ヘルムート君がトントンと材料を準備して、ディアちゃんがそれを錬金窯に放り込んでいく。ぐつぐつと煮えたぎった謎の液体の中ではいったいどんなことが起きているのだろうか。普通の化学反応とかではないことだけは確かだ。
「ぐーるーぐーるー♪」
ディアちゃんの歌に合わせてヘルムート君が首を左右に振る。可愛い。
そして、ぼふんと白煙が噴き上げた。
「できあがりー!」
ディアちゃんの手にはワイバーンの鱗で作られたスケイルアーマーが。
「失敗はしなかったようだな」
「えへへ、ちょっと難しいかなとは思ったんだけど」
レッサーワイバーンが出没するのが3番目に解放されるドーフェルの大洞窟の探索マップボスなので、ちょっとばかりフライングしている。
当然ながらそれだけ錬成を成功させるのは難しく、錬金術レベルが上がっていることを想定してのレシピなので成功するかどうかは五分五分といったところだっただろう。それでも成功させちゃうし、ゴーレムも作っちゃうし、ディアちゃんの錬金術の腕前はまさに本物だ。これで錬金術レベルも上がっただろう。
ちなみに完成品は“レッサーワイバーンの鎧”というシンプルな名前である。
「次は“駆け出し錬金術師の杖”の強化と」
正直、これは無駄なような気もするけれど、いざという時に武器があると安心できるだろう。本当ならドーフェルの森を攻略しているときに強化する装備品ではあるんだけれどね。もうドーフェルの森は攻略したようなものだしな。
「ぐーるーぐーるー♪」
ディアちゃんが歌い、ヘルムート君がリズムよく首を振る。
そして、再び白い煙が噴き上げた。
「成功!」
ディアちゃんの手には色違いになった“駆け出し錬金術師の杖”が。これで“駆け出し錬金術師の杖+1”というところだろう。攻撃力は6だけれどね。
「それからルドヴィカちゃんに渡すお菓子も作っちゃお」
「む。新しい甘い誘惑のレシピはあるのか?」
「まだ出してないお菓子ならいっぱいあるよ!」
ああ。ディアちゃん、最初にお菓子系のレシピを買い占めたな。
気持ちは分かるよ。レシピの名前見ているだけで美味しそうだし、序盤はお菓子の方がポーションより儲かるもんね。低級治癒ポーションなんておくよりも、ショートケーキを置いた方がいい。錬金術アイテムは賞味期限とかないし。
……保存料にやべーものが使われているのでは……。
「エーレンフリート。好きなものを選べ。貴様に選択肢を与えてやる」
「ありがたき幸せ」
エーレンフリート君はスイーツ男子なので彼に選ばせてあげよう。
「錬金術師の小娘よ。貴様はどのような甘き誘惑が作れるというのだ?」
「えっとね。ここにメニューがあるでしょ? ここにあるのならなんでも!」
ディアちゃんはそう告げてメニューを指さす。
ふむふむ。以前の選択肢に加えてパンプキンパイ、シュークリーム、おはぎ。
おはぎだけ異彩を放っている気がしなくもないが、醤油と味噌のある世界にそう言う野暮な突込みは無用だ。おはぎがあってもいいじゃない。ファンタジーだもの。
「むう……」
メニューを前にしてエーレンフリート君が唸っている。
多分、メニューが気に入らないとかじゃなくて、目移りして決められないって感じだね。時間はあるからゆっくり選ぶといいよ。
しかし、本来ならこういう権利は働いて収入を得ている九尾ちゃん、ベアトリスクさん、イッセンさんに与えるべきなのではと思わなくもない。だけれど、私の傍にいつもいてくれるのはエーレンフリート君だしな。彼にもボディガード代を支払わないと。
「決まったか、エーレンフリート?」
「はっ。このおはぎというものにしようかと」
珍しさにひかれたのかな?
「ならば、ディア。このおはぎを4つ用意せよ。それから醤油煎餅をな」
「毎度あり!」
ディアちゃんは嬉しそうに注文を受け取ると、ヘルムート君の用意した材料を錬金窯に入れてぐーるーぐーるー。
「出来上がり!」
ぼふんと白煙が立ち上ってお皿に乗ったおはぎが登場。
……お皿はどこから出てきたの?
「醤油煎餅も作ったらお持ち帰り用に包むから待っててね」
「あまり私を待たせるな」
思ったけど、お店で依頼をして、それを梱包してくれることなんてゲームにはなかったような。その場でぽいっと渡していた気がする。お店を訪れるランダムお客さんを相手にも、ディアちゃんも、店番用のゴーレムも、包んだりする様子はなかったような。
いろいろとゲームとは違ってリアルになってる。
その分、これから先が怖い。
ゲームだと探索マップで全滅しても1日寝込むだけで、翌日からは復帰するわけだけれど、現実に狼やレッサーバシリスクに襲われて、1日寝込むだけの傷で済むのかと言われれば怪しいところだろう。変な感染症をもらう可能性もあるし、そもそも食べられて死んでしまうという可能性すらある。
そう考えるとゲームがリアルになったというのは怖いところだ。
これからもディアちゃんの見守りは続けないといけないな。主人公に死なれてしまっては邪神さんも、世界も、私も困る。
それにディアちゃんはようやくできた私の友達だしね。
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