新しい武器のために
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──新しい武器のために
私たちは次にフランク・フェルギーベルさんの鍛冶場を訪れた。
今日もカンカンと金属の鍛えられる音が響いている。
「お邪魔しまーす!」
ディアちゃんはそこで鍛冶場の扉を開けて中に入る。
「ああ。いらっしゃい、クラウディアさん。それにルドヴィカさんも」
フランクさんは相変わらず鍛冶場には立っていない。
「何がご入用ですか。いろいろと最近では揃っていますよ。ほら、包丁とか」
おお。前と違って商品棚に包丁などがずらりと並んでいる。
「これって全てイッセンさんが?」
「そうですよ。彼は本当に優れた鍛冶職人です。親方を超えている。これで騎士から刀剣の依頼なんかが来てくれれば、彼も喜んでくれそうなんですが、この街じゃあ包丁ぐらいしか需要はないですからねえ」
ディアちゃんが尋ねるのに、フランクさんが肩を落とす。
「うーん。ジークさんも立派な剣を持っているからなあ……」
ジークさんは2本も立派な剣を持ってるもんね。
「それそうと武器のレシピを買いたいんですけど」
「それでしたら、こちらに」
フランクさんは戸棚を漁ると、紙の束を取り出して広げた。
「“風の弓”と“琥珀の杖”、それから“それなり錬金術師の杖”!」
思うけど“それなり錬金術師の杖”ってあんまりな名前だよね……。
「全部買っていかれますか?」
「はい。おいくらです?」
「ええっと。100ドゥカートですね」
レシピ3点で100ドゥカート。これからさらに高額レシピが並べられるとは言えど、それなりのお値段だ。それなり錬金術師だけに。
「材料の方は大丈夫ですか?」
「ええっと。“風の弓”はレッサーグリフォンの羽根と爪と大陸タガヤサン。“琥珀の杖”は琥珀と魔法水と大陸マホガニー。“それなり錬金術師の杖”はポチスライムの核と石英と大陸マホガニー、と」
大陸マホガニーは結構お世話になるアイテムだ。防具における皮ひものような存在で、どの武器でもよく出てくる。後半になっても使うことになるアイテムなので多めに採取しておいて損はないものである。
「足りない材料が多いなあ。どうしようか」
そう告げてディアちゃんが私の方を向く。
「新たな道が開かれたのだ。そこに向かえ。そこに向かえば必要なものは手に入り、お前の力はより高みを目指すであろう」
「あ、新たな道……?」
ドーフェルの山が探索マップに加わったはずなので、そこに行こうと言ったんです。
「戯け。山だ。あの冒険者の小僧からドーフェルの山のことを聞いたであろうが。そこで何が採取できるのか確かめてみようとは思わんのか」
ドーフェルの山なら魔物もポチスライムと野良犬に毛が生えたようなものしか出現しない。だが、探索マップボスを倒すとなるとそれなりに装備を整えていないと地獄を見ることになるだろう。もうチュートリアルはドーフェルの森で終わったのだ。
「今は新しい武器を作るより、今ある武器を強化することをせよ。その“駆け出し錬金術師の杖”もまだまだ改良の余地があるぞ」
ゲームバランス的にはドーフェルの森で探索マップボスであるレッサーグリフォンを倒さずに、ドーフェルの山に進むことを想定している。そして、ドーフェルの山の探索マップボスと出くわす頃にはお金もある程度貯まり、よろず屋グラバーで樽爆弾のレシピを買えるということを想定しているようだ。
もちろん、ディアちゃんだけでは無理な話なので、ジークさん、オットー君、ミーナちゃんと連携して攻略していくことを考えているのだろう。
高速攻略を目指すならば即行で樽爆弾のレシピを取りに行って、それで爆弾魔をしながら一気に探索マップボスを倒していく感じだが、ゆったりとでも確実に攻略を目指していくならば、樽爆弾とレッサーグリフォンは後回しにして、ドーフェルの山で資金稼ぎというところだろう。ドーフェルの山そのものは時間経過で解放される探索マップだし、そこまで日程を進めれば何かのイベントで大金が入ったはずだし。
けど、何のイベントだったかな、大金が手に入るの。
「私の“駆け出し錬金術師の杖”を強化するの?」
「そうだ。その材料はドーフェルの山の麓で採取できる。強化しながらドーフェルの山に挑むといいだろう。高みを目指すためには、せいぜい足掻くことだ」
ドーフェルの山の素材で武器を強化しようねと言いました。
というか、既にゲームバランスは魔王でありラスボスである私がパーティーに加入している時点で崩壊しているのだから、もうラスボスパワーにものを言わせて、力押しで全部攻略しちゃってもいいんじゃないかなと思わなくもない。
だが、流石の私も邪神さんには苦戦するだろうからなあ。最終強化の魔剣“黄昏の大剣”ならソロで10ターンキルは理論上可能だけど、そんな危うい賭けに全額ぶち込むほど私はチャレンジャーじゃないんだな。
ディアちゃんたちにもしっかり装備とレベルを整えてもらって、万全の体制で邪神さんには挑みたい。ディアちゃんたちのレベルとかも見えない状況だと経験値がどんな風に入っているかも分からないので、パワーレベリングも無理だし。
「ドーフェルの山だね。今度、お弁当持って出かけようね!」
「ふっ……。まだまだ甘いな貴様も。今度はあのちゃちな森とは比べ物にならないほどの魑魅魍魎が跋扈する山に足を踏み入れようというのにな。それが最後の晩餐とならないことを祈りながら山に入るといい」
「え? ルドヴィカちゃんは来てくれないの?」
ドーフェルの森よりもちょっと強い魔物が出るから十分気を付けてねと言いました。
しかし、ディアちゃんの頭の中ではすっかり私が同行することが決まっている模様。いや、私も一緒に来てって頼まれたら別に断る理由もないから、一緒に行くけどさ。
ラスボスが序盤の探索マップを荒らすのはどうなのかなあ……。
「いつまでも私の力を頼っているようでは成長しないぞ。貴様がより高みを目指し、錬金術師の頂点を目指すのであれば、己の道は己で切り開け。まあ、私も貴様の中の光がどのように成長するのか見届けてはやるがな」
レベル上げは自力で頑張らないと! でも、万が一の場合に備えて私たちも見守りはするよ! と言いました。
「うーん。錬金術師の頂点って目指せるものなのかな?」
「なんだと。貴様は向上心というものがないのか? 怠惰な愚か者なのか? どのような分野であれ、目指すのであれば頂点を目指すべきである。貴様の秘めたる光にはそれだけの可能性があると私は見たのだがな。期待外れか」
ディアちゃんは才能あるから頂点を目指せるよ! と言いました。
「むう。そうやって挑発させちゃうと私、乗っちゃうよ?」
「やれるものならやってみるがいい。可能性というものを見せてみろ」
ディアちゃんはやればできる子! と言いました。
「よーし。そこまで言われたら私としても頑張らざるを得ない。とりあえずはドーフェルの山を攻略するために私の武器の強化からだ!」
ディアちゃんがそう告げると事態をぼーっと眺めていたフランクさんの方を向く。
「フランクさん。武器の強化レシピって売ってます?」
「ありますよ。ええっと。どれをお望みでしょうか?」
「この杖のです」
ディアちゃんの“駆け出し錬金術師の杖”は1段階強化で攻撃力6まで上がるぞ。
……これでもポチスライム2回殴らないとダメか。
まあ、もはや使用回数無制限仕様になった樽爆弾があるから、もはやポチスライム程度敵ではない。5万ドゥカートも出して買っただけはあるレシピだ。
そう、樽爆弾は一度開発に成功すると自動的に補充されるのだ。どこから補充されるかは謎である。本作最大の謎である。
どこかのモンスタースレイヤーのおじ様も爆弾とポーションが自動補充される仕様だったし、世界はよりストレスフリーな世界へと変わっていっているのだな!
「エーレン」
「イッセン。どうした?」
私がディアちゃんとフランクさんの取引を眺めていたら鍛冶場からイッセンさんが出てきた。仕事モードなのか、いつもの鎧ではなく革の防護服にエプロンをつけている。それが似合っているところが鉄の男って感じだね。
「貴様、これに見覚えはあるか?」
「それは……」
イッセンさんが一振りの刀剣を見せるのにエーレンフリート君の表情が固まった。
「やはりか。あの騎士から鍛えなおすように頼まれた。仕事だ。断れんし、手も抜けん。これが貴様を屠ることになっても恨むな」
「フン。あの男が私の魔剣“処刑者の女王”を見ても恐れなかった理由は分かった。だが、それだけだ。私はマスターの最良の配下。あのような辺境の騎士ごときに後れを取るなどあり得ぬ」
……?
ふたりして何の話しているんだろう?
「ああ。イッセンさん。ジークさんのお仕事、もう終わりました?」
「……今から仕上げだ」
フランクさんが笑顔で尋ねるのに、イッセンさんはすぐさま背中を向けて去っていった。フランクさん、あんまりな対応にしょんぼりしているじゃん。雇い主なんだから少しぐらい優しくてあげなよ……。
「用は済んだか、錬金術師の小娘」
「うん。装備の強化は今の素材でもできそう。頑張ってみるね」
正直、樽爆弾あれば杖はどうでもいい気もするけれどね。
後半になって出てくる杖だけは別。
あれは錬金術アイテムの効果を上げるって効果がついてるから。あれを使うと邪神さん相手にノーマル樽爆弾でもびっくりの大ダメージが出せる。ましては強化した樽爆弾であればごっそり体力を削れるぞ。
だが、手に入るのは本当に後半も後半。それまではディアちゃんは樽爆弾と杖か剣で戦うことになる。ディアちゃんを前衛に育てるなら剣を持たせてあげて、後衛なら杖を持たせてあげよう。この子はマルチにいけるよ。
剣を持たせるとジークさんとの連携技で大ダメージが叩き出せる。その代わり後半で手に入る錬金術アイテムの効果を上げる杖は使えないが……。
剣によるダメージリソースと錬金術アイテムによるダメージリソースのどちらかをとらなければならないのが悩みどころだ。
「なあ、貴様よ。剣を持つ気はないのか?」
「え? 錬金術師って剣で戦うものじゃなくないかな?」
まあ、普通はそうだけど。
「戯れだ。気にするな」
「剣はねえ。ジークさんとかカッコいいし、憧れちゃうけど私には無理だね」
ディアちゃんにその気がないのに無理強いしてもしょうがない。
「用が済んだなら、行くぞ。やらねばならぬことは山積みだろう」
「了解!」
というわけで、私も当たり前のようにディアちゃんのお店に。
いや、本当になんでついて回ってるんだろうね。
ストーカー……?
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