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その程度か(新作入荷しました)

……………………


 ──その程度か(新作入荷しました)



 オットー君は冒険者ギルドに、ミーナちゃんは自分の会社に戻って、私とディアちゃんだけが残った。後、エーレンフリート君。


 エーレンフリート君がいるといろいろと女友達とのウィンドウショッピングという感じではなくなってしまうのだが、またドラゴンに襲撃されても困るので、ボディガードとしてエーレンフリート君にはついていてもらわなければならない。


 けど、エーレンフリート君ってばまるで空気を読まない子だから困る。私の言動も大抵酷いものだが、エーレンフリート君がそれに拍車をかけるのでなお困るのだ。


 ううむ。自分の身が自分で守れればな。


「どこから見て行こうか、ルドヴィカちゃん?」


「まずは“知”を売買せし場所からだな。新しい発見もあるだろう」


「“血”を売買? それはいけないことじゃないかな……」


「戯け。本屋に行けと言っているのだ」


 分かりにくくてごめんね、ディアちゃん!


「本屋さんかあ。新しいレシピ、売ってるかな?」


「さあな」


 私も記憶があいまいだから、何とも言えない。


 ゲームが始まるのは春からということになっているが、それが4月何日かの明言はなかったような気がするのだ。いや、具体的な日程が分からなければ納品の締め切りも分からないだろうとは思うのだが、それが何日だったのかよく覚えていない。


 カサンドラ先生によるチュートリアルがあって、ジークさん、ミーナちゃん、オットー君との遭遇イベントが終わったらいよいよゲーム開始! なのだが、それっていつ頃の話だったっけということだ。


 多分、チュートリアルは1週間で終わったと思うんだけど、如何せん中学時代のゲームだ。非VR環境の古式ゆかしいゲームである。私が大学時代にはリメイクする話も見かけたけど、結局その後の情報はなかった。


 なので、いつごろこのゲームが本格的に始まっていて、いつごろ書店に新しいレシピが入荷していて、いつごろどういうイベントが起きるのかはまるで分からないと言っていい。中学にやったゲームでそこまで覚えている人がいたら驚きだ。


 ううむ。なので、チュートリアルキャラクターのように『本屋さんを初めとするお店は新しいレシピを扱うこともあるのでこまめに覗こう』としか言いようがない。


 中学でプレイしたときはスケジュールまで組んで、徹底的にやり込んだのだが。それももう遠い昔の話だ。今の日本のように次々に魅力的で、新しいゲームが出るのでは、古いゲームの攻略情報をそう何年も覚えている人はいないだろう。


「こんにちはー!」


 そんなこと私が考えている間にディアちゃんが本屋さんに到着。


「いらっしゃい、クラウディアちゃん。新しいレシピが入ったところだよ」


「本当に!? 流石はルドヴィカちゃんが勧めてくれただけはあるね!」


 本屋の白髭を伸ばしたおじいさんがそう告げるのにディアちゃんが私の方を向く。


「ふっ。風の囁きに耳を澄ませていれば問題はない」


 たまたまだよと言いました。


「それで、それで、どんなレシピがあるんです?」


「花火のレシピとデミグラスソースのレシピ、それからあと何個が入っているよ」


「花火!」


 そういえば夏には夏祭りイベントがあるな。その時の集客者数次第では街の発展にブーストがかかるというボーナスイベント。


 その集客者数集めに花火は使われていたはずだ。


 花火もいろいろあって大型打ち上げ花火、中型打ち上げ花火、小型打ち上げ花火、携行花火と多種多様。打ち上げ花火は祭りのイベントで依頼が来るし、携行花火は夏の期間中は店頭に並べておくとよく売れるという設定であったはずだ。


 しかし、花火かあ。


 私が前世で最後に花火見たのっていつだったっけ。ずっと昔の気がする。


 それも家族と見ただけなんだよね。友達いないから。


 夏……。それはリア充たちの季節……。私のようなボッチには何も……。


「じゃあ、新しいレシピ、全部ください! 後、ちょっと立ち読みしていっていいですか? 新しい本が入ってないのか確認したいんで」


「いいよ、いいよ。クラウディアちゃんはうちのお得意様だからね」


 立ち読みしていいのかって平然と聞けるディアちゃんの豪胆さよ。


 まあ、図書館のない街なので本を読むなら本屋さんしかないのだ。


 ちなみに、いくら街が発展しても大学は建たない。某都市開発ゲームのように大学を立てて、住民を低公害なハイテク産業に就職させましょう! と言ってくれるアドバイザーはこの街にいはいないようである。


 まあ、交通渋滞を緩和しましょうとしつこく言ってくるアドバイザーもいない方がいいけれど。このドーフェルで渋滞が起きるのはまだまだ先の話だろう。


「へー。この小説、次巻が出たんだ。買おうっと」


 ディアちゃんはフリーダムに少女文学コーナーを漁っている。


 錬金術の素材のヒントになりそうな書物を探さないと。


 ディアちゃんは言ってもどうしようもないぐらい小説に没頭しているので、代わりに私が料理関係のコーナーや医薬品関係のコーナーを見て回る。


「ほう。大陸オオバと半島カミツレ、そして陽光の水の組み合わせで中級魔力回復ポーションが作れるのか。なるほどな」


「何々、ルドヴィカちゃん。何か見つけたの?」


「そうだ。この本を読んでおけ」


 タイトルは基本薬学入門、か。


 お値段は──1万ドゥカート。


 本の値段が決して安くない世界だとは知ってたけど、高いな。ほいと買ってあげられるような値段じゃない。


 そうである! 今は九尾ちゃんとイッセンさんとベアトリスクさんの収入があってなんとか家計を支えている状況だけど、これから先このドーフェル市を発展させよと思ったら、そのぐらいの収入では足りないのだ。


 うーむ。どうしたものだろうか?


「陛下。何かお悩みでしょうか?」


「分かるか?」


「はっ。このエーレンフリートめも、これで3年は陛下にお仕えしておりますので」


 3年前に私って魔王倒したんだ。


 今の私が大体、14、15歳くらいだから、小学校高学年ぐらいの年齢で私は魔王を討伐して、その地位を分捕ったわけだ。凄いね、私。私じゃなくてルドヴィカだけど。というか、小学生に負ける魔王様も大概だな。


 しかし、その3年間というのは私は何をしていたのだろうか。


 そもそも、ジークさんが言っていた王族って何のことだろうか。


 私はそれとなく歴史関係のコーナーに歩み寄って本を探す。


 あった。


『エスターライヒ王国 ~その歴史と興亡について~』


 これだろう。私の名前もエスターライヒだ。


 私はぱらぱらと目次ページを眺める。


 最近の本らしく、紙は新しい。ちなみにこの世界では錬金術で紙も錬成できるので、羊皮紙とかじゃなくて真っ白な紙が普通に使われている。価格も高くない。


 本の値段の高さの原因は印刷機が未だに高価すぎるものだという点のせいである。


 それはそうとエスターライヒ王国の歴史とやらを眺める。


 1章、エスターライヒ王国の建国。


 2章、エスターライヒ王国の繁栄。


 3章、30年戦争の陰。


 4章、大陸の春と市民革命の機運の高まり。


 5章、エスターライヒ8月革命。


 6章、エスターライヒ共和国への転換。


 ……見た限り、エスターライヒ王国って既に共和国になって、王族の居場所なくなっちゃっているね。ジークさんが言っていた“南方の滅んだ王家の家名”というのはそういうことか。お国が共和国になっちゃったんじゃ仕方ない。


 一応、この本の値段を確認してみる。5000ドゥカートか。安くはない買い物だな。


 だが、自分のルーツについて知っておくのも悪くはない。


「店主、これを包め」


「はいよ。5000ドゥカートだよ」


 私はエーレンフリート君に命じて5000ドゥカート支払わせる。


 ……しかし、主と四天王最強はニートで、他に労働を押し付けているというのに、こんな買い物をしていいものだったのだろうか……。うう、良心が痛む。


「私もこの本、お願いします!」


「はいよ。これは50ドゥカートだよ」


 安いな。そりゃ私の本は装丁が凝ってて、ハードカバーではあるけれどさ。


「このシリーズ、面白いからルドヴィカちゃんにも貸してあげるね」


「覚えていたら、借りてやろう」


 借りる側なのに偉そうだな、私。


「でさ、次はどこに行く?」


「そうだな……。一応、あそこも覗いておくべきだろうな」


 私は思いついた、そのお店に向けてディアちゃんとともに商店街を進んだ。


……………………


……………………


 商店街の少し奥まった路地の先にあるお店。


 “よろず屋グラバー”。


 ゲームではぼったくり価格の代名詞とでも言うべき、ちっさな女の子が経営しているお店。ここも時折、新作レシピが入荷するのだ。後はがらくたとしか思えないながらも、錬成に使えるアイテムも売買している。けど、高い。


「いらっしゃいませー! おや、ゴーレムのレシピと樽爆弾のレシピを買っていかれたお姉さんじゃないですか。今回も何かご入用で?」


 おっとお店に入るなりジンジャーちゃんが出迎えてくれた。金の匂いがするのならば、すぐさま飛んでくるのがこのジンジャーちゃんというキャラクターである。


 これから夏になるけれど、ディアちゃんのお店から買った携行花火を3倍の値段で売っているような碌でもない稼ぎ方をする子でもあるので、用心していきたいところだ。隙を見せればこれ幸いとぼったくられるだろう。


「戯け。貴様のような悪徳商人の扱う商品などほとんどはがらくただ。だが、時折貴重な書物を扱っているとも聞く。私を満足させることができるのならば、その首と胴体が泣き別れすることは避けられるであろうな」


「ひいっ!」


 君のお店って役に立たない商品も多いけれど、レシピはいろいろあったりするよね。そういうのは今、扱っているかな? と尋ねました。


 ジンジャーちゃんはそれが魔王弁に変換されたことで震え上がっている。


「ルドヴィカちゃん。ジンジャーちゃんを怖がらせたらダメだよ?」


 ディアちゃんがそう告げるのにジンジャーちゃんが物凄い勢いで頷いている。


「フン。この者は灸を据えてやらねばならぬこともあるのでな」


 このジンジャーちゃんは可愛い顔して、私たちからぼったくるので、ゲーム中はどうにかぎゃふんと言わせられないかと思っていたのである。


「それで新しい書物をご所望だとか?」


「うん。樽爆弾とかゴーレムみたいなレシピはないかな?」


 ジンジャーちゃんが気を取り直して接客に入るのにディアちゃんがそう尋ねる。


「新しいレシピってことですよね。まあ、このよろず屋グラバーには古今東西の様々なレシピが揃っていますよ。レシピコーナーはこっちです」


 ジンジャーちゃんはにこにこしながら私たちを案内する。


「うわっ! 水質浄化ポーションのレシピだ!」


 そして、そこでディアちゃんが声を上げた。


「お目が高い! このよろず屋グラバーが遥か東方より取り寄せた貴重なレシピです。そのポーションを一滴たらせば、どんなどの水だろうと綺麗な水に早変わり!」


「でも、今は特に用事がないからいいね」


 ディアちゃんがあっさりレシピを棚に仕舞うのにジンジャーちゃんが肩を落とした。


「それでしたら、この流行り病の治療薬はどうですか? これもまた東方から仕入れた貴重な品で取り扱っているのは、このよろず屋グラバーだけ──」


「流行り病も今はいいかな」


 ディアちゃんが棚にレシピを仕舞うのにジンジャーちゃんがっくりする。


「もう、どんなレシピが欲しいんですか。言ってくださいよ」


「うーん。特に目的はないんだけれど……」


 そこでディアちゃんの視線が一点に向けられた。


「豊胸ポーション!?」


 え? あるの? そんなポーション?


「錬金術師のお姉さん。言っては何ですかお姉さんにそれは必要ないのでは?」


 確かにディアちゃんが出るところが出ている。ばっちりな体系だ。


「ルドヴィカちゃんにどうかなって思って。気にしてない?」


 ……少し傷ついた。


 そりゃあ、ルドヴィカボディはナイスバディとは言えないけれど、それなりに整った体形をしているんだぞ。もっとも、胸は前世の私より小さいけれどさ。


「気にしてなどおらぬ。下等で、下賤な者どもが何を思うがしったことか」


 私は貧乳は気にしてないよと言いました。


「そっかー。後は……ゴーレム強化アイテム?」


 ここでディアちゃんがまだ見つけるには早いものを見つけてしまった。


「こ、これは……。飛行機能に、自立開発機能、お使い機能、目覚まし機能……!」


 ディアちゃん。文字にすると凄い感じがするけど、実際のところ今のヘルムート君にはどれも必要ない機能だから。特に一番最後。


 今はヘルムート君を空に飛ばして探索マップをファストトラベルしたり、ランダムなレシピを開発してもらったり、お使いに行ってもらったりしなければならないほど忙しくないよね? 実際に私とウィンドウショッピングしてるほど暇だよね?


 目覚まし機能に限っては普通にディアちゃん、朝起きれるよね?


 それにその本、滅茶苦茶高いよ?


「ジンジャーちゃん。これいくらです!?」


「なんとサービス価格で、60万ドゥカートです!」


 ほらー! 全体的に高いんだよ、この店の商品!


「6、60万ドゥカート……。醤油煎餅何枚分だっけ……」


 どうしてそこで醤油煎餅に換算しようとするの、ディアちゃん。


「店主。高すぎる。この本の値段はそこまで高いものではないはずだぞ。私を謀ってその首を刎ね飛ばされたいか」


「ひいっ!」


 よろず屋さんを脅して値引きを迫る魔王の図。


「どうせ、そんな珍妙なものを買う人間など他にいないだろう。在庫処分だと思って少しは値引きせよ。そうだな20万ドゥカートなら買ってやるぞ?」


「い、いやあ、こっちも商売なんで。そこまではまけられません。40万ドゥカートで。これ以下は譲れません。お嬢様にはお安い買い物ではないですか」


 あ。こいつ、この間、私が即金でゴーレムのレシピを買ったから味を占めてるな。


「エーレンフリート」


「はっ」


 私が告げるとエーレンフリート君が魔剣“処刑者の女王(ブラッディ・メアリー)”を抜き、無造作に構えた。その真紅の刃を見ていたジンジャーちゃんの表情から血の気がさーっと失われていくのが分かる。


「20万ドゥカートだ」


「は、はい!」


 やったぜ! ついに悪徳商人から値引きを引き出したぞ!


 ちなみにどうして20万ドゥカートかというと、ゲーム後半も後半でこの本が本屋さんに並ぶのだが、その時の値段が20万ドゥカートなのだ。つまり適正価格。


 私も無理に値引きさせているわけではないんだな。


「ルドヴィカちゃん……。ジンジャーちゃんを脅しちゃダメだよ……」


 ディアちゃんがドン引きした様子でこっちを見ている。


 しまった。やりすぎた。


「欲しいとかわがまま言わないから。またお金が貯まったらくるから」


「それでは欲しいものは手に入らぬぞ。手に入れたいものがあるならば手段を選ぶべきではない。正直者というもの得てして、カモにされるだけだ。人の世は食らい、食らわれるもの。食い物にされる人生を享受するのを良しとするか?」


 ここでは値引き交渉しないといいカモにされちゃうよと言いました。実際にジンジャーちゃん、この間のことで味を占めてる節があるしな……。


「それで私はいいよ。正直者はいつか得をするんだよ?」


 ディアちゃんはにっこり笑ってそう告げた。


「フン。興ざめだな。エーレンフリート、もういい」


「よろしいのですか?」


「ああ。つまらんからな」


 ディアちゃんがそれでいいならそれでいいよと言いました。


「それじゃあ、次のお店に行こうか!」


 ディアちゃんはそう告げるとよろず屋グラバーを出た。


 正直者はいつか得をするか。


 嘘ばっかりついてる私は得をしないのだろうな。


……………………

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