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チキン南蛮

……………………


 ──チキン南蛮



「できた!」


 今日も今日とてディアちゃんのお店にお邪魔している私たちの前でディアちゃんが歓声を上げた。ディアちゃんがこの間からなにやら一生懸命、錬金術に励んでいるようだったが、ひょっとして甘いポーションを作ろうしているのだろうか……?


「どうかな、ルドヴィカちゃん。このチキン南蛮!」


 いや、全然違った。調理のレシピを作ってたんだ。


「ふむ。また変わったものを作ったな、だが、変わっていればいいというものでもないぞ。実際に食する者が美味いと思えるものでなければ」


「そうそう。だから、まずはルドヴィカちゃんに味見してほしいんだ」


 チキン南蛮とはこの世界では珍しいねと言いました。


「いいだろう。食してやる。持ってくるがいい」


「了解!」


 それじゃいただくねと言いました。


「出来立てだよ。きっと美味しいと思うんだ」


 ヘルムート君が食器を準備し、ディアちゃんが私たちの前にチキン南蛮を置く。


 チキン南蛮……。


 実家で暮らしてた時はよく食べてたっけ。一人暮らしを始めてからはコンビニ弁当オンリーになっちゃったから、チキン南蛮も安っぽいものしか食べられなかったけれど、目の前に置かれたチキン南蛮は実に食欲をそそる香りをしている。


 では、いただきます。


 私はナイフとフォークでチキン南蛮を解体すると、口に運んだ。


 うん! これだよ、これ。甘めの味付けにマヨネーズベースのタルタルソースのまったりとしたお味。そして出来立ての揚げ物のサクサク感。これはいいものです。


「それなりだな。まあ、食堂で下等な民衆どもの餌とするには悪くあるまい。これを機に下等な民衆どもが肥え太るために、この街を訪れるかもしれぬな」


「それってこの街にお客さんが来てくれるってことだよね? やった!」


 私の捻くれ曲がった称賛の言葉をディアちゃんはなんとか受け止めてくれた。


 それにしても『とっても美味しいよ。これで他所からもお客さんが来てくれるかもしれないね』という言葉がどうしてあそこまで捻くれたのか……。


「だが、そのレシピはどうしたのだ?」


「作ったんだよ。私が作ったレシピ第一号!」


 私が尋ねるのに、ディアちゃんが自慢げにそう告げた。


 ああ。そうか。もうディアちゃんもレシピ開発ができるくらいに錬金術レベルが上がったんだ。ゴーレム2体の錬成に成功したことで、経験値は大きく積めただろうし、そろそろそういう高レベルなことができるようになってもおかしくないよね。


 ディアちゃんも日々成長していっているんだなあ。


 私はと言えばまるで成長しておりません。


 魔王弁の矯正を試みるも、この私の言語野に染み付いた魔王弁はまるで取れない。鏡に向けてなるべく穏やかに喋ろうとしていたら『次の獲物は何がいいだろうな……』『風がまたざわめいてるようだ……』『この私の地位を覆そうなど愚かなことよ』などという中二病丸出しの言葉が出てきて、たまたまその様子を見ていたベアトリスクさんに『陛下。ご心配なさることはないですわよ』と同情された。


 もういっそ殺せー! 生きていられないぞー!


「だが、錬金術のレシピをそのまま食堂で使えるのか?」


 私がゲームの時から疑問に思っていたのはそれである。


 錬金術で確かに料理のレシピが作れるんだけど、そのレシピをどうやって食堂で再現するのかは謎だった。錬金術のレシピは錬金術でしか使えないはずなのだが。


「大丈夫。食堂にも錬金窯はあるし」


 え?


 ひょっとして食堂の人たちも錬金術師なの? 初耳なんだけど?


「あ。別に食堂のハインツさんやヘルマン君は錬金術師じゃないよ。けど、錬金術って詳細なレシピができていれば素人でもアイテムを作れるから。この間、九尾ちゃんからレシピ貰ったでしょう? あれも私が詳細なものにしたから錬成できるはずだよ」


 ……確かにゲーム中では錬金術のレシピというのは、材料だけが書かれていたものだった。どういう風に加工して、どういう風に錬金窯に入れて、錬金窯でどれだけ加工すればいいのかはまるで記されていなかった。


 つまり、詳細な方法が分かっていて、錬金窯さえあれば誰でも錬金術師気分が味わえるということなのだろうか。


 うーん。よく分からない。


「だが、貴様が定期的に依頼を受けて、そして依頼通りに錬成して食堂などに持っていく方が儲かるのではないか?」


「それはそれだけ時間を食っちゃうからね。他のことに手が回らなくなっちゃう。とは言っても、今のドーフェルじゃそこまで依頼もないんだけど」


 確かに注文がある度に依頼を受けていては時間がない。


 ゲーム序盤はスローライフが味わえるが、後半からはそうもいかないのだ。


 ゲーム中盤から依頼、依頼、依頼と依頼が鬼のように押し寄せ、それに加えて投資を行うために店頭の商品も欠かさず補充しなければならない。殺人的な忙しさとなる。それなのに食堂で注文がある度に引き受けていたら大変だ。


「凡人には凡人なりの忙しさが妥当か」


「そうそう。無理はしないようにね」


 あんまり忙しくても過労死しちゃうよねと言いました。


 しかし、ディアちゃんは私の心を読み取ったように魔王弁を解釈してくれるな。


 もしや、これが友人というものなのでは……!


「けど、ルドヴィカちゃんはちょっと言いすぎだよ。私は気にしないけれど、そういうことを気にする人もいるから気を付けた方がいいよ」


「気が向いたらな」


 素直になって、私の言語野!


「とりあえず、七味唐辛子の試作品と具体的なレシピも出来たし、食堂に届けに行こうかな。ルドヴィカちゃんたちも一緒に来る?」


「よかろう。貴様の戯れに付き合ってやる」


 一緒に行こうかと言いました。


 私たちはディアちゃんを先頭にお店を出る。


 私とエーレンフリート君は結局、何も買わず、何も依頼せず、ただチキン南蛮の試食をしただけだったな……。今度からはちゃんと何か依頼できそうなものを見つけてから来るようにしよう。ディアちゃんもまだそこまで忙しくはなさそうだし。


「陛下。お気づきでしょうか?」


「なんだ。ネズミか?」


 何か出たの、エーレンフリート君? と尋ねました。


「はい。ネズミです。どうやら我々を探っているようですね……」


 とうとう中二病がエーレンフリート君にまでに感染したのか。


「放っておけ。何かをするようなら己が生まれてきたことを後悔させてやる」


 害がないようなら放っておいていいよと言いました。


「はっ。ですが、念のために警備を増強した方がいいかと思われます」


「聞こえなかったのか、エーレンフリート。この私に仇なすのであれば、ネズミの一匹とて生まれたことを後悔させてくれる。それだけだ」


 ネズミにそこまでヒステリーになる必要もないよと言いました。


 言ってる本人が一番ヒステリーなのは皮肉である。


「畏まりました、陛下。お言葉のままに」


 うーん。でも、エーレンフリート君の言っているネズミって本当にネズミなんだろうか。ネズミとかモグラとかはズパイを表す符丁だって聞いたこともあるし、わざわざネズミを見つけたぐらいでエーレンフリート君が騒ぐはずもないしな。


「エーレンフリート。そのネズミとやらが我々にちょっかいを出すようならば、貴様らで処理しても構わん。私は煩わしいのは嫌いだ。ネズミとやらが鬱陶しければ叩き切るのみだが、その周囲をうろうろしているようならば貴様らで対処しろ」


「畏まりました、陛下」


 そのネズミと言うがスパイとかだったらエーレンフリート君たちも、スパイに対応するのを手伝ってねと言いました。


「どしたの? 何かいた?」


「ふっ。貴様のような凡人には分からぬことだ」


 まあ、私も正直分かってないんですけどね。


「それじゃあ、別に問題はないね。食堂にしゅっぱーつ!」


 ディアちゃんは拳を振り上げると、私たちは食堂に向けてぼちぼちと進む。


「貴様、定期的に本屋やよろず屋、そして行商人の店は覗いているだろうな?」


「え? うーん。微妙なところだね。必要があったら行くんだけど、用事もないのに行くのは冷やかしみたいでさ」


 おっと。ここに何も買わず、何も依頼せずに、チキン南蛮をごちそうになっただけのとんでもない冷やかしがいますよ……。


「冷やかしでも構わん。向こうも商売だ。常に新たな知識を手に入れるために、風の囁きに耳を澄まし、その朝日のごとき光を輝かせよ。知識こそが力だ。知識がなければ、いくら錬金術の腕前が上がろうが意味はない」


 本屋さん、よろず屋グラバー、行商人は新しいレシピを扱っていることもあるから、常に何か新しい商品が出回っていないか覗いでおこうと言いました。


「知識……。カサンドラ先生も同じようなこと言ってったっけな。錬金術っていうのは人類の知識の集合体だって。どんな夢のようなアイテムも作り出せる手段が錬金術であって、その夢のようなアイテムを生み出す力が知識とかって」


「その通りだ。錬金術とは手段のひとつに過ぎん、人を殺すのには魔術だろうと、剣だろうと、弓だろうと、牙だろうとなんだろうと殺せるが、効率よく殺すには知識というものが必要になってくる。知識と言うものは人間を強者に仕立てる」


「ルドヴィカちゃん、物騒だよー」


 うん。私も『錬金術にはレシピが不可欠だから、常に新しいレシピを追求していこうね。それが成長への道だよ!』と言ったつもりなんです。


 何がどうしてこうなった。


「物騒なものか。貴様の作っている轟雷をもたらすもの──樽爆弾も錬金術の産物だ。甘き誘惑と同じように錬金術で生み出されたものだ。殺しの道具も、甘き糧も、同じ手段で生み出された。違うのは元となる知識だけだ」


  レシピ次第でいろいろ生み出せるのが錬金術の醍醐味だからねと言いました。


「むう。でも、私のアイテムは人は殺さないよ?」


「好きにするといい」


 もちろん、そんなことにはならないようにするよと言いました。


「では、まずは食堂にチキン南蛮と七味唐辛子のレシピを収めてから、ルドヴィカちゃんが言うように本屋さんとよろず屋さん、そして行商人さんを見て回ろうかな」


「私の助言に従っておけば間違うことはない」


 というわけで、私たちはまずは大衆食堂“紅葉亭”へ。


「いらっしゃいませなのじゃ。あれま、主様ではありませんかの。今日はお食事で?」


「そうだな。昼を済ませておくのも悪くないやもしれぬ」


 いつものように九尾ちゃんが出迎えてくれるのに私はそう告げる。


 ……さっきチキン南蛮の味見をしたのだが、そのせいか無償に鳥が食べたい。何か新しいメニューを九尾ちゃんが提供してくれているといいのだけれど。


「あ、いらっしゃいませ、クラウディアお姉さんにルドヴィカ様」


「こんにちは、ヘルマン君。ハインツさんはいるかな?」


 九尾ちゃんに遅れてエプロン姿のヘルマン君が出迎えるのにディアちゃんがそう尋ねる。レシピの取引はヘルマン君ではなく、ハインツさんと行うのだ。


「父ならいますよ。呼びましょうか?」


「いいよ、いいよ。厨房だよね。お邪魔していいかな?」


「はい。クラウディアお姉さんなら歓迎です」


 ヘルマン君に慕われてるな、ディアちゃん。


 ……私は? ねえ、私は?


「あ、あ、あの、よろしければルドヴィカ様もどうぞ……」


「私の配下を働かせているのだ。それぐらいの権利は与えられずともある」


 そういうこと言うから、ヘルマン君に怯えられるんだよ、私。


「失礼しまーす」


「おう! クラウディアの嬢ちゃん! 元気にしてるか!」


 そう元気よく告げるのはスキンヘッドの縦にも横にも大柄な男の人。


 料理人が纏うようなコック服に身を包み、額にはタオルを巻いている。これで黒いシャツを着てたらラーメン屋さんだと思う。


 この人がハインツさん。大衆食堂“紅葉亭”の店長にして料理人だ。


「元気ですよー。今日は九尾ちゃんから依頼されてた品と新しいレシピができたんで見てもらいに来たんです。ここに広げていいですか」


「お。新しいレシピか。興味がそそられるな」


 ディアちゃんと一緒に私もきょろきょろと厨房を見渡す。


 確かに錬金窯がある。ディアちゃんのお店になるようなそこまで大きなものではないけれど、確かにあれは錬金窯だ。なるほど、あれで調味料とかは作っていたのか。


「じゃーん。チキン南蛮です。味見してみてください」


「食欲をそそられる見た目だな。では、いただくとしよう」


 ハインツさんはチキン南蛮をひと切れつまむと口に運んだ。


「む。こいつは美味いな。さっぱりしている鶏肉が、この二種類のソースでいい具合に調理されている。ひとつソースは酢と醤油に砂糖と見たが、この白いソースの方は?」


「それはレシピを作っておいたので、使ってください」


 流石にチキン南蛮全部を錬金窯で作るわけじゃないのか。


 いや、文句があるわけじゃないんだ。むしろ、錬金窯で全部作られると味気なく感じると言うか、料理とは違う気がするんだよね。


 でも、私が見ていた限り、ディアちゃんは鶏肉を揚げたりした様子もないし、あれは全部錬金窯で作られたんだろうな……。恐るべし、錬金術。


「よしっ! 試してみるか。ありがとよ、クラウディアの嬢ちゃん。これは礼だ」


「ありがとうございます、ハインツさん。それからこっちは九尾ちゃんに頼まれていた七味唐辛子です。うどんとかにいれると美味しいそうですよ?」


「ほー。なんか、辛そうな見た目をしてるな」


「実際に辛いらしいです」


 これでうどんに七味唐辛子という黄金の組み合わせが確立されたな。


「ところでそっちの嬢ちゃんは?」


「貴様に名乗る名などない。と、言いたいところだが名乗っておいてやろう。ルドヴィカだ。ルドヴィカ・マリア・フォン・エスターライヒ。その名を魂に刻み込んでおけ」


 ルドヴィカと言います。初めましてと言いました。


「あんた、お嬢様か?」


「ほう。どうしてそう思う?」


「そりゃそのドレスにその偉そうな態度ときたらな」


 ごめんなさい。偉そうなのはわざとじゃないです。


「陛下が偉そうとはなんだ」


 げっ。エーレンフリート君だ。君は厨房に入ってきちゃダメでしょ。


「陛下? お嬢様とかじゃなくて?」


「そうだ。陛下は至高なる──」


 私は余計なことを言いそうになったエーレンフリート君の鳩尾に裏拳を叩き込む。


「気にするな。戯れだ。王様ごっこだとでも思っておけ。下等にして、下賤なものどもがそれ以上知る必要はない」


「随分なもの言いだが、あんたが貸してくれている九尾さんには助けられている。ここは知らぬ顔をしておくのが適切なんだろうな」


 いろいろと秘密ですから、追求しないでくださいと言いました。


「それでいい。下手に追求すれば──命はないぞ」


 追及はマジ勘弁と言いました。


 ハインツさんの表情が恐怖に引きつり、私から僅かに距離を取る。


「クラウディアの嬢ちゃん。本当にあれとつるんでるのか?」


「ルドヴィカちゃんは口は悪いけどいい子なんですよ?」


 ありがとう、ディアちゃん。こんな私を擁護してくれて。


 でも、これじゃああんまり説得力はないかな……。


「おや。主様、主様。エーレンが死にかけておりますが、何かあったのですかの?」


 私たちが厨房で話し合っていたときに九尾ちゃんが覗き込んできた。


「回復させてやれ。自業自得ではあるが」


「分かりましたのじゃ」


 九尾ちゃんは治癒魔術をエーレンフリート君にかける。


「はっ! い、いったい、何が……」


 意識を取り戻したエーレンフリート君が周囲を見渡す。


「エーレンフリート。ここでの話は終わりだ。客として食事をするぞ」


「畏まりました、陛下」


 あんまり部下にDVしないようにすると私は決めた。


……………………

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