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魔王の座を狙う者たち

……………………


 ──魔王の座を狙う者たち



 魔王城。


 かつて、その城はそう呼ばれていた。


 だが、その魔王は今、ここにはいない。


 2年前。魔王の座を要求した少女によって切り殺され、その体を貪られた。それによって魔王の力はその少女へと継承されてしまったのである。


 そもそも魔王の力がなくとも、その少女は強大な存在であった。普通の少女が魔剣“黄昏の大剣(ラグナロク)”という黒書武器を振るい、平然としてそれを扱い、その上エーテル属性の魔術を駆使するのに、時の魔王は手も足もでなかった。


 勝負は30分足らずで終わった。


 30分未満の時間で魔王は少女に敗れた。それも攻防戦というものではなく、魔王の一方的な防戦の末に魔王は切り倒されたのだ。


 このことは魔王を王として崇める魔物たちにとって衝撃であった。


 魔王は強力な力を有するエンシェントドラゴンで、それを屠ったのはどこから来たかも分からないような少女。その実力は確かなものであったが、だからと言って、無条件に忠誠を誓えるような存在ではなかった。


 その少女は告げた。


「私こそが魔王ルドヴィカ・マリア・フォン・スターライヒ。従う者には慈悲を、従わぬ者には死を与える。異論があるならばこの私に打ち勝つがいい!」


 それは魔物たちへの宣戦布告であった。


 その中でもっとも早く魔王ルドヴィカに忠誠を誓ったのは、よりによって魔王の側近たる四天王であった。彼らはルドヴィカと魔王の戦いを見て、強者がどちらかを完全に把握したのだ。強者はこの黒書武器を巧みに扱う少女であると。


 強き者に従う。魔物の世界はそういうものだ。


 だが、このことに納得しないものがいないわけではなかった。


「あのような小娘を魔王として戴くことなどできん!」


 そう声を張り上げるのは赤い鱗の竜種。グレートドラゴンのディオクレティアヌスだ。彼は魔王とルドヴィカの戦った現場にはおらず、ただ小娘が魔王の地位を簒奪し、僭称しているのだと前々から主張していた。


「抑えられよ、ディオクレティアヌス。確かにあの小娘を魔王としては認められない。だが、あの者の黒書武器は強力だ。それをいかようにして倒すというのだ?」


 そう告げるのは青白い肌をし、唇からは鋭い犬歯が覗いている男だ。


 エーレンフリートに次ぐ始祖吸血鬼“ヴラド・ドラクル”だ。


 始祖吸血鬼はこの世には13人が誕生したのみで、そのうち10名は既に討伐されるなどしてこの世を去っている。つまりエーレンフリートとヴラドは貴重な生き残りなのだ。


「小娘の黒書武器など恐れぬ足らぬ。前代の魔王を倒せたのもただのまぐれだろう」


 前代の魔王は強力だったが、全ての部下が彼のことを盲信していたわけではない。誰もが魔王の座を奪い、自分こそが魔王になろうと画策していた。


 それなのにその魔王の地位を小娘にかっさらわれたのだ。


 他の強力な魔物とともに魔王の座を狙っていたディオクレティアヌスにとってそれは屈辱であり、それは腹立たしいことであった。


「ただのまぐれで人間の小娘が魔王を討ち取れたと? 魔王は確かに強力な存在であったのだ、ディオクレティアヌス。まぐれで討ち取れる相手ではない。だから、我々は今まであれを魔王として讃え、従ってきたのではないか」


「魔王は見掛け倒しではなかったのか? 俺ならば勝てる。それは間違いない。居場所についても情報が入っている。俺は仕掛けるぞ」


「本気かね? 他の者は同調せぬと思うが」


 ディオクレティアヌスが鼻息を荒くしてそう告げるのにヴラドが、この城に集まった他のメンバーを見渡す。


「俺は様子見させてもらう」


 そう告げるのは狼の半身に人間の半身を持った異形──人狼の男だった。


 名をピアポイントと言う。数千もの人狼の群れの長で、彼もまたこれまで密かに魔王の地位を狙っていた。彼は軍を以て魔王を排除するというクーデター計画を練っていたのだ。そして、それは実行寸前だった。


 ルドヴィカが魔王の地位を奪っていくまでは。


 入念に考えられていた王座の簒奪計画はルドヴィカというイレギュラーの存在で全て無駄になった。もはや、クーデターを起こす相手はおらず、魔王の地位はそれが手に入りそうになった目前になってルドヴィカに奪われてしまったのだから。


「意外だな。お前は賛同するかと思ったのだが」


 そんな彼だからこそ、ディオクレティアヌスはルドヴィカから魔王の地位を取り戻すことに賛同すると思っていた。魔王の地位そのものは奪い合いになるだろうが、魔王ルドヴィカを自分たちの手で葬り去るという点には同意できると思っていたのだ。


「敵の正体がよく分からないのに動くのは馬鹿げている。それに魔王ルドヴィカには四天王がついた。強大な黒書武器を操る者どもだ。エーレンフリートなどはお前でも苦戦する相手ではないのか、ディオクレティアヌス」


「フン! あのような貧弱な吸血鬼など恐れるに足らぬ。我が炎によって一瞬で沈めてくれよう。あの男は確か魔剣“処刑者の女王(ブラッディ・メアリー)”なる黒書武器を持っているが、所詮はあのような小娘に忠誠を誓うような臆病者でしかないのだ」


 同胞が貶されたことにブラドが僅かに眉を歪める。


「エーレンフリートへの侮辱を取り消してもらおう。彼は裏切ったとは言えど、吸血鬼たちの偉大なる始祖。彼への侮辱は吸血鬼の一族に対する侮辱だ」


「吸血鬼などただの蝙蝠ではないか。何が偉大だ。評価するに値しない。吸血鬼などよりも我々竜種の方が優れているということはもはやどんな者でも知っている。吸血鬼の時代などとっくに終わったのだ、ヴラド」


 ヴラドが口調を強くして警告するのに、ディオクレティアヌスがそれを嘲った。


「止せ。種族によって強さなど決まらない。弱い者もいれば、強い者もいる。そういうものだ。全ては鍛錬と有する武器の違いだ。その点であの小娘はただの人間とは侮れぬのだ。どうやってあの者はあれだけ強力な黒書武器を有し、それを使いこなした? 並外れた鍛錬を積んでいなければ、あれだけ強力な黒書武器は扱えぬはずだ」


 ピアポイントはそう告げて、考え込むように顎に手を当てた。


「何度も言わせるな。あれはただのまぐれだ」


「楽観的にリスクを想定するのは愚か者のやることだぞ。お前の号令ひとつで数百という飛竜種、火竜種、竜種が動くのだ。そのようなことで失敗し、部下を死なせては、いよいよもって王になる資格はなくなる」


 ディオクレティアヌスの言葉に、ピアポイントが鋭くそう告げる。


「俺を愚弄するつもりか、ピアポイント。お前から焼き払ってくれようか」


「やるか、ディオクレティアヌス。お前が判断を誤り、魔物たちの勢いが失われる前にお前を倒しておくのも悪いことではないように思えるな」


 そう告げるとピアポイントは空間の隙間から一振りの槍を取り出した。


 黒書武器だ。


 その名は魔槍“世界樹の枝(グングニル)”。


 長さ3メートルほどの槍で、先端には高速で振動する巨大な刃が取り付けられていた。


「血気盛んなことだな。このまま我々が身内で殺し合えば、魔王ルドヴィカも大喜びするだろう。勝手に敵が自滅してくれたとね」


 その様子を見てヴラドが冷ややかな表情を浮かべる。


「それもそうだな。今は放っておいてやる、ピアポイント。だが、いずれはお前も殺す。俺が魔王となった暁には、お前から処刑してやるぞ」


「お前が魔王となれる要素はゼロだ、ディオクレティアヌス。お前はどう足掻いても魔王にはなれない。それがお前の器の大きさというものだ」


 ディオクレティアヌスがピアポイントを睨み、ピアポイントがディオクレティアヌスを睨み返す。


「ピアポイント。君は魔王ルドヴィカの正体が分かれば、動くのか?」


 そこでヴラドがそう尋ねた。


「そうしたいところだが、我々にも問題がある。流行り病のことは聞いているか?」


「聞いている。大勢死んだそうだな」


 人狼たちが動けないのは何も魔王ルドヴィカについて分からないからだけではないのだ。彼らの一族は今、病に悩まされていた。


「病が収束するまでは動けないだろう。だが、もし魔王ルドヴィカについて打ち倒すチャンスが確実にあるならば動く。流行り病も新しい魔王の地位を以てして治療しよう。そういう志があっての魔王だ。ただの権力欲に憑りつかれてなる地位ではない」


 その言葉にディオクレティアヌスが口から黒煙を漏らす。


「好きに言っているがいい! 俺は魔王となり、あの小娘を食らう。そして、我らが大いなる神ウムル・アト=タウィルを復活させ、この世を魔物の世にする。それこそがこの俺の志。大いなる野望だ。お前たちのようなちんけなそれではない」


 ディオクレティアヌスはそう告げると巨体を動かす足音を立てながら、旧魔王城の広間から出ていった。


「止めなくていいのか?」


「あれが止めて聞くような者だと思うか?」


「それもそうだ」


 残されたヴラドとピアポイントは肩をすくめる。


「まあ、あれが鉱山のカナリアになってくれれば、こちらも手の出し方が分かる。貴重な生贄だ。彼の奮闘にせいぜい期待しておこうではないか」


「それで勝機あれば仕掛けるというわけか、ヴラド?」


 ヴラドが告げるのに、ピアポイントがそう尋ねた。


「私にも野心がないわけではない。私はエーレンフリートのように新しい魔王に忠誠を誓うつもりはないのだよ。私もまた魔王の地位を狙っているひとりなのだ」


 ヴラドはそう告げてワインをグラスに注ぐ。


「その目的はなんだ?」


「我が一族の繁栄。もはや純血の始祖は私、エーレンフリート、そしてカミラだけになった。これ以上、我々は人間によって狩られるわけにはいかぬのだ。こちらが連中を狩る立場に戻さなければならぬ。そのための魔王の地位だ」


 ヴラドはそう告げて、ワインのグラスを傾ける。


「一族を守るためか。少なくともディオクレティアヌスの阿呆より賢明だな」


「ディオクレティアヌスもあれで一応は一族の繁栄を考えているのだ。少しばかり権力欲に憑りつかれているだけでな」


 ピアポイントとヴラドがそのような会話を交わしていたとき、旧魔王城の外がにわかに騒がしくなり始めた。何かが集まってきている。


「随分と集めるものだ。ああ見えて臆病者なのだな」


「あれを屠るには軍隊ぐらい必要であろうよ。この魔王城の護衛を単騎で突破し、単騎で魔王を討ち取った女が相手なのだからな」


 旧魔王城の外ではいくつもの翼を有する者たちが集いつつあった。


 戦争の時は近い。


……………………

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