変わったお店
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──変わったお店
私たちはディアちゃんの店を出て、街を巡りながら本屋さんを目指すことに。
ディアちゃんのクリスタラー錬金術店は民家の多い居住区に位置している。というのも、昔はディアちゃんの師匠であるカサンドラ先生がお医者さんを兼ねてこの店を営業していたからだ。ここら辺の住民が病に倒れたり、怪我をしたりすると運び込まれていた。
今はお店はディアちゃんに引き継がれて、店頭にはポーションよりもお菓子が多く並んでいるけれども、人々は街の恩人であるカサンドラ先生を慕って、ディアちゃんのことも温かく迎えてくれているようだ。
ちなみに私のお化け屋敷はディアちゃんのお店からきっちり徒歩30分の距離だ。ラストダンジョンとはいったい……。
それはそうとディアちゃんのお店から商店街の本屋さんに向かうまでの道のりは職人通りを経由していくことになる。そこから商店街に付き、商店街を抜けて市場を潜ると、九尾ちゃんが働いている大衆食堂“紅葉亭”に到着する。
まあ、ゲームの時は大して意識してなかったけれど、こんな感じの配置になっている。街を見て回って、本屋さんでレシピを買う頃にはお昼ぐらいだろう。食堂で九尾ちゃんのきつねうどんでも食べてから出発しようかな。
「職人通りは相変わらずの寂れっぷりだよなあ」
オットー君はそう告げながら周囲を見渡す。
今いる職人さんは鍛冶職人と防具職人さんだけ。どこもがらがらだ。
「昔はもうちょっと活気があったと思わないか、ミーナ」
「そうね。でも、あの時の職人さんたちはみんな引退しちゃったから。病気や怪我で、みんな前線を退いているんだよね。後継者を育成しようにも若い人は王都とか東方の方の都会に渡っちゃうから、後継者はいないと」
オットー君が告げるのに、ミーナちゃんがため息混じりにそう告げた。
「どうすればいいと思う、ディア?」
「うーん」
オットー君がディアちゃんに話を振るのにディアちゃんが唸る。
「もっと職人さんにとって魅力のある土地にするしかないよね。生活の質が高くて住みやすいとか、材料が手に入りやすいとか、税金が安いとか。後はここにも凄腕の職人さんが働いているよって宣伝できればいいんじゃないかな」
「それだと相当お金かかるぞ」
「だよねー」
街を振興するにはディアちゃんが投資することになる。
ディアちゃんが投資して、有力な職人さんを引っ張って来たり、税金を安くしたり、お店を綺麗にすることによって、この職人通りも賑やかになるのだ。
もっとも、最高レベルまで発展させるには莫大なお金が……。
「金が必要だな。俗な考えではあるが、人を集め、この街に暮らさせるには金が必要になってくる。それも膨大な金がな。錬金術師の小娘には無理やもしれぬが、この街に投資するというのもあのちんけな錬金術店を儲けさせる手ではあろう」
お金が大事だよ。ディアちゃんの今の財政状況では無理かもしれないけれど、投資すればランダムお客さんが増えて、お店も繁盛するよと言いました。
でも、街の振興はある程度、物語が進み、お金に余裕ができたころに行うものだからな。序盤の制限された状況でお金をコツコツと貯め、序盤のレシピでは錬金術レベルが上げにくくなった時に、投資を始めるのだ。
商店街を発展させれば素材が探索に行かなくとも手に入るようになるし、職人通りが発展すればいろいろと特殊効果の付く食事ができるし、市場に投資したらそこでもまた素材やレシピが入手できるようになってくるのだ。
つまり、ディアちゃんが錬金術レベルをガンガン上げていくには、このドーフェルの田舎をどんどんと発展させていかなければならないということ。お金はかかるけれど、街が発展すればランダムお客さんも増えるし、序盤の資金不足が嘘のように大儲けすることができるようになるぞ。
だが、今はまだ無理。転機が訪れるのは──。
転機が訪れるのはいつだったっけ……。
何かのイベントがあって街の一部が発展し、更には高額依頼が舞い込むことによって街への投資ができるようになったはずなんだが、肝心のそのイベントを覚えていない。
ううむ。中学生の時にやったゲームでは記憶もおぼろげになるか。
まあ、今のところイベントは順調に経過しているし、心配することは──。
「あ」
そこで私は間の抜けた声を発してしまった。
ゲームの進行は順調どころか、魔王ルドヴィカがもう正体を現し、四天王が──エーレンフリート君を除いて──この街で働いているじゃないか。
これはもうゲームの進行滅茶苦茶では?
序盤も序盤で魔王降臨とかもうダメなのでは……。
「おっ。鉄を打つ音が聞こえて来るな。珍しい。新しいマイスターのフランクさんってあんまり鉄打ってないんだよな。前の親方が十分に技を伝授できずに辞めちゃったから」
「本当だ。鉄を叩く音がするよ。それもかなり力強いね。ひょっとして私が紹介したイッセンさんが鉄を打っているのかな?」
その通りです。
「せっかくだし、覗いていこうぜ」
オットー君はそう告げて鍛冶屋“鉄の魂”の扉を開いた。
「ああ。いらっしゃい。今日はハーゼ交易のご令嬢まで」
フランクさんは何やらメモ書きをしていた。
「フランクさん。イッセンさんの調子はどう?」
「彼は最高ですよ。親方に匹敵、いやそれ以上の才能を持っている。これだけの鍛冶職人がいれば最高の品が作れるでしょう」
フランクさんは相変わらずイッセンさをべた褒めだ。
「仕事現場を覗いてもいいか」
「いえ。彼は仕事に集中し来ているので邪魔するのはやめましょう」
オットー君は断られてしまったことにちょっとしょんぼりしている。
「ところで、貴様。何をこそこそとメモしているのだ?」
何、書いてるんです? と言いました。
「これはレシピですよ。武器そのものレシピと武器強化のためのレシピです。興味がおありになりますか?」
「ふむ。面白くはあるな」
私がレシピを貰っても意味ないんだ。ディアちゃんが買わなきゃ。
「オットー君。“風の弓”って奴があるよ。命中率上昇に加えて、風属性のダメージを与えらえるんだって。興味ある?」
「あるにはあるけど、その前にディアの装備を整えた方がよくないか?」
オットー君、正論だ。
ディアちゃんは相変わらず初期武器の“駆け出し錬金術師の杖”。これではポチスライムを倒すことにも苦戦してしまうだろう。
「そうだね。でも、今の私は過去の私とは違うんだよ?」
そう告げてディアちゃんはにやりと微笑んだ。
ディアちゃんはどこか自慢げだ。どうしたんだろう。
「ミーナちゃんは何か欲しい装備とかある?」
「そうだね。魔術師の杖で琥珀がついたのがあると攻撃魔術の威力が上がるらしいんだ。ディアはレシピ知ってる?」
「うーん。知らないけど、頑張って調べてみるよ。琥珀のある杖だね?」
「そうそう。なら、1ヵ月ぐらいでお願いね。お礼も準備しておくから!」
ミーナちゃんのクエストだから、多分報酬にレシピが貰えるぞ。
それに琥珀のついた魔術師の杖──“琥珀の杖”のレシピは数日経てば、この鍛冶屋さんで購入できるようになる。お値段はそこまで高くなかったはず。この依頼は簡単にこなせた記憶があるので間違いないだろう。
「では、次に向かおうか。次はいよいよ本屋さんで気配遮断ポーションのレシピを買わなくちゃ。商店街に珍しいお店もできたって聞いたし、楽しみだね」
……その珍しいお店というのはもしや……。
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「すっごーい! こんなにお洒落なお店、初めて見たよ!」
珍しいお店というのは、私が察したようにベアトリスクさんのお店だった。
「このドレス、可愛いね!」
「うわあ。こんなにお洒落なお店ができるなんて思ってなかったなー」
ディアちゃんとミーナちゃんがショーウィンドウに飾られているドレスを見て、感嘆の息を漏らしていた。私も感動したというか、ショックを受けたからね。ドーフェルの寂れたお店しか知らないディアちゃんにはもっと衝撃的かも。
「私の配下の仕事を疑うのか。私の配下を貸してやると言ったのだ。これぐらいの発展はあって当たり前だ。ありがたく思うがいい」
ベアトリスクさんはこういうの得意だからねと言いました。
「ありがたや、ありがたや」
「近場にこんなお洒落なお店ができたらわざわざ王都まで服を買いに行かなくてよくなるわね。とってもいいことだね。ありがとう、ルドヴィカちゃん」
ディアちゃんが私を拝み、ミーナちゃんが嬉しそうにそう告げる。
「だが、貴様らのちんけな財力では、私の配下のドレスを買うことなど叶うまい。せいぜいショーウィンドウから眺めて、手に入らぬものを前に羨望し続けるがいい」
「あ。あたし、買えるよ?」
ベアトリスクさんのドレスは高いから私たちじゃ無理だよと言ったら、ミーナちゃんがそう告げて返してきた。
そうだ。ミーナちゃんはお嬢様じゃん。
けど、ミーナちゃんって何というかお嬢様っぽくないんだよね。いつも動きやすい服装だし、ディアちゃんと一緒に冒険するし、いまいちお嬢様って感じじゃない。いや、お嬢様ではあるんだけどね。
「だが、それは貴様には不要だろう?」
「まあ、ね。私がドレスを着るのはお父様の仕事の時だけだから。日ごろからこんなの着てたら動きにくくてしょうがないよ。ね、ディア?」
「私はこのドレス、可愛くていいと思うけどなあ」
ミーナちゃんがそう告げるのに、ディアちゃんはドレスに羨望の眼差しを向けていた。でも、ディアちゃんもミーナちゃんと同じく、動きやすい服装の方がいいはずだ。これから探索パートもバリバリこなしていくなら、こんな豪華なドレスを着てる暇はない。
「貴様のような小娘にそのようなドレスは似合わん。自分を顧みろ」
ディアちゃんは今のエプロンドレスが似合ってるよと言いました。
「酷いなあ。でも、ルドヴィカちゃんはドレス、似合ってるね。やっぱりそのドレスもここのお店の店員さんに作ってもらったの?」
「そうだ。ベアトリスクはもともと私のものだ。奴が私の装いを整えるという栄誉を手にしている。その他の者にこのことを任せるつもりはない」
ベアトリスクさんにコーディネートしてもらってるんだと言いました。
「でも、そんなドレスじゃ森には入れないでしょ?」
「フン。愚かな。貴様には優雅さが足りぬようだな」
ミーナちゃんが告げるのに、一応動けますと言いました。
「優雅さかあ。優雅に戦うのってカッコいいけれど、現実的じゃないよね」
「そんなことないよ。ルドヴィカちゃん凄く優雅に戦ってたもん。グリフォン相手でもドレスに土埃ひとつつかなかったんだから」
さりげなく冒険者をやっているミーナちゃんが告げるのに、ディアちゃんがそう返す。私の優雅というか黒書武器の威力にものを言わせて叩きのめしたというか……。
「貴様らには及ばぬ領域だ」
黒書武器でずるしてますと言いました。
「けど、ルドヴィカちゃんは魔術は使えないでしょ?」
そう告げてミーナちゃんが挑発的に私を見てくる。
「愚問だ、小娘。陛下はエーテル属性の魔術を使われる。貴様ら人間には及びもつかぬところに陛下はいらっしゃるのだ」
エーレンフリート君はこう言ってくれているのだが……。
私、魔術の使い方なんて知らないよ?
確かにゲームのルドヴィカはエーテル属性の魔術を使ってくる。バフデバフ、全体攻撃と多種多様な魔術を使ってプレイヤーを苦しめてくれる。私も魔王ルドヴィカの魔術対策には苦労させられたものである。
この世界のは魔術は五系統あって、風、水、土、火、エーテルのいずれかの魔術を行使することになってくる。
ミーナちゃんは魔術師で、成長すると五系統全ての魔術をマスターする。しかし、レベルアップで習得できるのは風、水、土、火の四系統だけで、エーテル属性の魔術を習得するのは好感度が上がってから起きるイベントだったはず。
そして、今の序盤のミーナちゃんが使えるのは火系統。
なので、ミーナちゃんに魔術教えて! というわけにか行かないのである。
またドーフェルの森に行くみたいだし、ちょっと試してみようかな。
「今度、私の力を見せてやろう。楽しみにしておくがいい。そして恐怖するがいいだろう。我が人知を超えた力を前に、震え上がるがいい」
「楽しみ!」
ちょっと試してみるねと言いました。
しかし、私の魔王弁も個性として処理されているのか、みんなあんまり突っ込まないな。突っ込まれたら突っ込まれたで、友達なくしそうな口調だからありがたいんだけど。本当に私の言語野ときたら……。
「では、次は本屋さんに行こうか!」
私たちは気を取り直して商店街の本屋さんに再出発。
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