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不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第七章【番外編】

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【とある親子の婿殿候補・観察記録】その一

21(イグニスをお出かけに誘う話)・24(イグニスと川に出かける話)の公爵家の親子視点。

 一ヶ月ぶりに王都へと帰って来たアルゲオは、迎え出て来た末娘の姿や言動を見て驚いていた。


「お父様、お久しぶりね、お帰りなさい。ランドマルク領でのお勤めは大変だったかしら?」

「いや…いつもと変わらん」

「そう。ユーリアや他の人は元気?」

「皆、息災だ」

「良かった。…お父様も王都に居る間はゆっくり休んでね」

「……」


 フロースは穏やかに微笑んで、アルゲオが入って来た扉から出て行く。

 どうやらフロースは父親を出迎えた訳では無く、出掛ける所だったようだ。


「アレは…誰だ?」


 余りにも豹変をしてしまった娘を目の当たりにして、驚愕をしていたアルゲオは、近くに居た執事に尋ねたが「……フロース様で間違いありません」という当たり前の答えしか返って来なかった。


◇◇◇


「アレはどうかしたのでしょうか?」

「アレって?」

「フロースの事です」

「……」


 フロースは今までラウルス以外の他人には全く興味を示さなかった。例え父親相手でも変わらずに、今日みたいな久方振りに会った場合でも、今までならば「あら、お父様帰っていたの?」、みたいな適当な一言で済ませていた。

 しかしながら、先程のフロースは父親との再会を喜ぶような穏やかさで出迎え、ランドマルク領の知り合いの健康を心配し、挙げ句の果てにアルゲオを労るような言葉まで掛けてきたのだ。不審に思わない方が可笑しいとアルゲオは主張する。


「……それに乗馬に出掛けるような格好をして出て行ったが、一体何をするつもりなのか」

「乗馬よ」

「は?」

「だから、乗馬をしに行ったのよ。一ヶ月位前からイグニス・パルウァエに馬の乗り方を教わっているみたい」

「あのフロースが、乗馬?」


 フロースが馬を怖がって乗りたがらなかった事はアルゲオも知っていた。万が一の為に何度か乗馬を覚えるように言ったこともあったが、聞き入れなかったのだ。

 そんなフロースが嬉々として乗馬に出かけるなど天変地異の前触れかとアルゲオは思う。


 否、上機嫌の理由は他にあるのではとも推測をした。


「…イグニス・パルウァエ、か」

「ラウルスのお友達のね」

「……」


 アルゲオは前回王都に来た時に、イグニスと食事をした記憶を掘り起こす。何故、さほど親しくも無い騎士を食事に誘ったかといえば、臥せっていたパライバ王子の代わりにフロースが公務を任され、第七親衛隊の騎士達が護衛に就いたという話を聞いていたからだった。イグニスはその第七親衛隊の隊長だ。事情は彼が一番知っていると踏んで、話を聞く場を無理矢理作ったという訳だ。


 初めて一対一で対面したイグニス・パルウァエは、実に真面目な男だとアルゲオは思っていた。


 食事中、初めこそ萎縮をしていたように見えたが、こちらの質問に対しての受け答えは物怖じする事無くはっきりと述べ、素直な態度を見せる姿には好感さえも抱いていた。

 そんな騎士との食事も終わりに差しかかろうとしていた時、目的の公務について聞いてみた。

 フロースが初めての行った公務での視察先は馬車が通れない場所にある事をアルゲオは把握していた。なのでもしかして馬に乗って移動をしたのでは? と疑問に思い、同行したイグニスに尋ねた所、その通りだという答えが返ってきた。馬に乗れない娘が迷惑を掛けたので謝ろうとしていたが、フロースの名誉を傷つけまいと思ったからか、イグニスは一瞬どうしようかと迷うような顔を見せた後で大丈夫だったと嘘をついた。


 フロースに馬の乗り方を教え始めたのは、嘘をついたことによる良心の呵責に苦しんでいたからだろうかとアルゲオは考える。


 それにしたってフロースの激的な変化には驚いたとしか言いようが無かった。


「なるほど。アレの性格が軟化したのもあの男の影響と言う訳ですか」

「そうみたいね。私も驚いているわ。ーー今日はイグニス・パルウァエが来るから余計に上機嫌なのよ」

「……」


 フロースはここ数ヶ月で変わった。

 今までのフロースは、きつい性格で他人の迷惑を顧みず、自分勝手に生きていた女王様のような女性だった。しかし王都に帰り、王宮で侍女を始めてから性格が丸くなっていったという。

 それはイグニス・パルウァエと接するようになってからだとラウルスが話していたので、間違いは無いというのが公爵家の人間の認識となっていた。


「けれど、トゲトゲが少なくなった代わりに、やたらと浮つくようになったわね」

「……」

「恋に恋しているっていうの?」

「……」

「本当に困った子だわ」

「……」


 過去に一目惚れしたラウルスが領地へと帰ると聞いて、自分も着いて行くと即座に決めた程の暴走の前科があったフロースをアルゲオは心配していた。……また、イグニスというフロースに目を付けられてしまった可哀想な騎士相手に、こちらが予測もしないような暴走をするのでは? と。


「何か間違いが起こってしまう前に、手を打った方がいいかと」

「そうね。最後まで見守ろうと思っていたのだけれど、フロースの暴走が私も怖いわ」

「……」


 イグニス・パルウァエという平凡な騎士には、フロースの海よりも深い愛は重荷になるのかもしれない。それに身分の違う二人が結婚して家族になる、というのはあまりにも物語じみた、恋も知らない娘が状況に酔って夢に見そうな現実離れをした甘美なさまだった。


「でもね、二人の恋路を切り裂くのはとっても簡単なのよ」

「それはーー分かっています」


 男性恐怖症のフロースが異性を好きになるなど奇跡に近いことだとアルゲオもフェーミナも分かっていた。一時期はイグニスの判断にも任せようかと思っていたが、今のフロースは誰が見ても分かるほどの、重い恋の病という名の症状が出始めている。このままでは良くない方向へと向かってしまうかもしれない、というのが二人の危惧だった。


「ーーイグニス・パルウァエが、本当にフロースに相応しい男性ならば、私が二人が幸せになれる道へと導けるのに」

「は?」

「だから、あの平々凡々な騎士が、可愛い孫娘だけに存在をする王子様だったら、私は恋の成就を叶えてあげようかしら、って言っているの」

「……」


 まるで自分が恋を司る神のような発言にアルゲオは言葉を失う。


「イグニス・パルウァエはフロースにとっての唯一の人では無いと?」

「いいえ。分からないわ」

「?」

「だってまだ一度しかお話をしていないでしょう? さすがの私でも初見で人となりを判断しようとは思っていないの」


 アルゲオの記憶が正しければ、過去に初見でラウルスの事を気に入ったように見えたが、気のせいだろうと突っ込むのは止めておいた。

 それよりも気になる発言があったので、そちらを聞いてみることにする。


「…それに恋の成就を叶えるとは?」

「それは秘密。ちょっとだけ手のひらで転がすだけだから」

「……」


 一体何をするつもりだと思わず身を引いてしまったアルゲオだが、今現在フェーミナが手ぐすねを引く状態まで至っていない事に気がついて、杞憂だったと息を吐いた。


「では、もう一回イグニス・パルウァエとお話をしてから判断をしようかしら」

「そうですね。自分には思いつきもしませんが、フロースが彼と幸せになれる道があるのならば、導いて頂ければと」

「あら、あなたは二人の恋に賛成なのね」

「…あの者はラウルスの昔からの友ですし、前に一緒に食事もしましたが、人格等には問題ないと判断しています」

「まあ! いつの間に?」

「一ヶ月ほど前でしょうか?」

「……私も何度かフロースに会わせて欲しいってお願いしているのに、イグニス・パルウァエのことを前みたいにいじめるから駄目って言われてしまったのよ?」

「……」

「私がいついじめをしたっていうのよ」

「……」


 前回のお茶会の席での遠慮の無い質問攻めは、フェーミナとってはいじめの範疇外だったという。そんな母親の主張を聞きながらアルゲオはすっかり冷え切った紅茶を一気に飲み干し、話半分に聞き流していた。


「こうなったら自力で会うしか無いわね」

「何か伝でも?」

「今度パライバの婚約発表会があるの。そこで彼とお話をしてみるわ」

「……ほどほどにお願いします」

「分かっているわよ。……そうだわ! お出かけにでも誘ってみようかしら」

「……どうか、ほどほどに」

「どうしようかしらね、うふふ」

「……」


 これから襲い掛かる公爵家の魔の手に脅かされる気の毒なイグニスの姿を想像して、アルゲオはとても申し訳ないと思ってしまった。


 【とある親子の婿殿候補・観察記録】その二に続く。

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