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居酒屋で記憶をなくしてから、大学の美少女からやたらと飲みに誘われるようになった件について  作者: 古野ジョン


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第43話 自信

「げほっ、げほっ……」


 日曜から今日まで、もう五日間も同じ天井を眺め続けている。あの日、ずぶ濡れで帰宅した俺は――案の定、風邪をひいた。しかもこじらせてしまったらしく、まともにベッドから起き上がることが出来ていない。大学にも行かず、ずっと家で寝ているというわけだ。


「……」


 横になっていても、頭に浮かぶのは後悔ばかり。どうしてもっと早くにあの夜のことを白状しなかったのか。どうして駅で待つという夏織さんの申し出を断ってしまったのか。もっと良い選択肢があったはずだと思わずにはいられない。


 夏織さんは電話もかけてこない。そりゃそうだよな。あんな風にデートを終わらせた俺のことなど、嫌いになったに決まっているか。だけど……ずっと毎日のように電話していたから、寂しいという気もする。俺は自分勝手な人間だな。


「――くん、怜くーん!」

「ん……?」


 どこからか俺を呼ぶ声がする。玄関の方だな。……松岡の声?


「あっ、鍵開いてる! 怜くん、入るよー?」


 玄関の扉が開いた音がした。迎えに行こうにも歩く元気がなく、辛うじて身体だけは起こしてみる。すると間もなく、見慣れた茶髪とサングラス姿の松岡が居間に入ってきた。左手にはコンビニのレジ袋、右手には何か大きな鞄を抱えている。


「ありゃー、やっぱり体調崩してたんだね」


 松岡は俺の部屋を見回し、状況を理解したみたいだ。夏なのに布団をしっかり被っている俺、そこらじゅうに散らかった衣類、飲み捨てられたペットボトルの数々。一目で体調が悪いと分かるだろうな。


「松岡、なんで来たんだ……」

「真面目な怜くんが四日間もサボりなんて有り得ないと思ってね。そしたらビンゴだよ」

「真面目だったら二浪なんかするわけないけどな」

「それは一浪の僕にも刺さるからやめて!」


 慌てふためく松岡。客が来たらもてなすのが普通だけど、あいにくそれが可能な体調ではない。コイツだからいいだろうと思って、またベッドに横になることにした。


「ちょっと横になる、悪いな」

「気にしないで! 僕が勝手に来ただけなんだから」

「足元、気をつけろよ。お前は――」

「分かってる、ありがと」


 松岡はそう言いながら、ベッドのそばに座った。持っていたレジ袋から、スポーツドリンクやゼリーの類を取り出している。


「ごめんね、あんまり食べてないかと思って。たくさん買ってきちゃった」

「いや、助かるよ。買い物にも行けてないし」

「何か食べてる?」

「一応、余り物とか。でも冷蔵庫も空っぽだ」


 流石に料理をする気力はないし、外食に行くような状態でもない。胃腸も弱っている気がするしな。なんて思っていると、松岡が咎めるように口を開いた。


「怜くん、連絡くらいくれても良かったじゃん」

「そんな元気もなかったんだよ」

「でもさ、みんな心配してたよ?」

「みんなって?」

「うさぎたんと……篠崎さん、かな」

「!」


 思わず反応してしまう。夏織さん、俺のことを心配してくれているのか? ……あんなひどいことをしておきながら、まだ俺のことを気遣ってくれるのか。


「うさぎたんから聞いたよ。土曜日、いろいろあったんでしょ?」

「……まあな」

「災難だったね。でも、怜くんも篠崎さんも悪くないじゃんか」

「そうなんだけどさ。違うんだよ……俺、夏織さんと一緒にいられるような人間じゃないから」


 あの夜の記憶が無いことを言い出せないまま、ずっと夏織さんと一緒にいたんだ。それを打ち明けられなかった挙句に、デートをぶち壊したようなものなんだから、俺は――


「それは違うよ」

「えっ?」

「怜くんは――」


 松岡はサングラスを取った。ぎこちない動きで、俺の方に視線を向けて――微かに笑う。


「こんな僕を救ってくれた、優しい人じゃんか」

「お前……」

「怜くんがいなければ、僕はここにいないよ」


 予備校の頃の記憶が蘇ってくる。松岡は当時から茶髪にサングラスという見た目をしていて、そのせいでクラスメイトから避けられていた。


 そんなある日、松岡がノートに一文字も書かずに授業を受けていたことがあった。最初は単に不真面目なだけだと思っていた。しかし、松岡がペンを取ってはやめることを繰り返していたので、思い切って話しかけてみたら――


「僕の目が悪いことに気がついてくれたのは、怜くんだけだったからね」

「最前列に座ってるのに板書を写さないなんて、おかしいと思ったんだ」

「あの頃は特に目の症状がひどくて、本当に悩んでたんだよ。参考書の文字も見えなかったから、勉強しようがなかった」


 松岡は生まれつき目が悪く、サングラスをかけているのもそれが理由だと教えてもらった。だから俺は自分のノートを読み上げてあげたり、拡大コピーしたのを渡してあげたりしたのだ。


「別に、大したことはしてないよ」

「何言ってんのさ! 怜くんは本当に優しい人間なんだから、もっと自信を持って!」

「自信?」

「うん! 篠崎さんだって、きっと怜くんを嫌いになんかなってないよ」


 もっと自己評価を高くして、堂々と夏織さんのそばにいればいい。松岡はそう言いたいのだろう。自分が他人からどう見られているかなんて、分からないけど……今の話を聞いて、少しだけ自信がついた気がする。


「そうだっ、忘れてた!」


 松岡はサングラスをかけ直すと、大きい鞄を開けた。どうやらその正体は大きい保冷バッグだったみたいで、中には大量の保冷材に包まれた鍋のようなものが入っている。


「いやあ、夏だから気をつけないとね。ちゃんと冷やしてきたよ」

「松岡、なんだこれ……?」

「ん? とっておきだよ」

「とっておき?」

「どうせ体調が悪いんだと思って、用意してもらったんだ。台所借りるね、怜くん!」


 鍋を持って、松岡は台所の方に歩いていく。いったい、何が――


「良い()を持ってきたから、楽しみにしててよ!」


 コンロに火がついた音が聞こえた。

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