第42話 友達の様子がまたおかしい
今週はちょっと忙しかったから、水曜になってようやく夏織と一緒にお昼を食べる時間が出来た。先週の土曜、夏織は怜とデートに行ったはず。告っちゃいなよと煽っていたから、今日は良い結果が聞けると思って楽しみにしていたのだけど――
「やはり、私に恋は早かったんだな……」
信じられないぐらい落ち込んでる!? こんな暗い顔をした夏織なんて初めて見た! さっきからお昼のサンドイッチに全く手をつけてないし! いっつも食欲旺盛なのに!
「ちょっと夏織、大丈夫?」
「……大丈夫だ」
ぜったい大丈夫じゃない! いつもより髪のツヤも無いし、服装もなんだか整っていない感じがする。こんなヨレヨレのシャツを着ていることなんかなかったのに。
夏織がここまで暗くなるなんて、理由は一つしか考えられない。もしかして……怜の奴、夏織のことを振ったの?
「ねえ、夏織」
「なんだ?」
「もしかして、怜くんに告ったの?」
「……いや、違うんだ」
暗い表情のまま、夏織は首を横に振った。告ってない? もしかしてデートで何か失敗した、とかなのかな。
「デート、楽しくなかった?」
「いや、楽しかった。怜との時間は夢のようだった」
「じゃあ、なんでそんなに落ち込んでるの?」
「私は……怜を傷つけてしまったかもしれないんだ」
傷つけた? 夏織が? 怜のことを?
いまいちピンと来ない。たしかに夏織は普通の子と変わっているかもしれないけど、むやみやたらに他人を傷つけるような真似はしないはず。
「夏織、私でよかったら聞くからさ。詳しく話してくれない?」
「ああ。私もよく分からないこともあるんだが……」
夏織はぼそぼそと呟くように、デートの日のことを話し始めた。
***
「『先に帰ってください』と言われて電話が切れた。駅で怜のことを待とうかとも思ったが、雨で電車が止まるかもしれないと聞いて……諦めたんだ」
「そっか。……そっか」
全ての事情を聞き終えた私は、二人に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。まさか「隠れファン」が怜に直接ちょっかいをかけるなんて思わなかったから、油断していた。私がもう少し牽制していれば……!
「あんなに声を荒げた怜を見たのは初めてだった。いつもはもっと穏やかなのに、明らかに様子が変だった」
「怜くんが?」
「それなのに、私は怜に言われるままタクシーで逃げてしまった。本当なら、私も残ってそばにいるべきだったのに……」
夏織は本当にその出来事を悔いているみたいだった。たぶん、怜は自分だけでなんとか対処するつもりだったんだろうし、夏織が必要以上に気に病むことはないと思うんだけど。義理堅い性格だし、そうはいかないんだろうな。
「怜はあの出来事で混乱しているように見えた。だから私と会わずに一人で帰ろうとしたのだろう」
「それで?」
「でも、私は電話で『怜と一緒にいたい』と言ってしまった。タクシーで逃がしてもらった身分で、随分と我儘を言ってしまったなと猛省している」
「それで怜くんのことを傷つけたと思っているの?」
「私は酷い女だ。腹を切って詫びたい」
「ほ、本当に切らないでね!?」
今の夏織なら本気で切ってしまいそうだから恐ろしい。でも、それくらい怜のことを想っているってことだもんね。
とにかく、夏織が怜に対して申し訳なく思っていることは分かった。でも、私の中で引っかかった部分がある。どうして怜が「混乱」しているように見えたのか、ということだ。
夏織が言うには、例の二人に「どうやって篠崎さんと出会ったのですか」と聞かれてから怜の様子がおかしくなったってことみたいだ。夏織にはその理由が分からないんだろうけど、私には分かる。……たぶん、怜はまだ「打ち明けて」いなかったんだ。
怜は夏織と出会った日のことを覚えていない。だから、例の二人にそのことを聞かれて答えに窮した。正直に返答すれば、今までその事実を夏織に隠していたことがバレてしまうからね。
あのバカ、まだ夏織に言ってなかったんだ。もっと早く打ち明けておけばこんなことにならなかったのに。どーせ真面目そうなアイツのことだし、「夏織さんに嫌われたくないっ!」とか思って言い出せなかったんだろうな。これだけ惚れ込んでいる夏織がいまさら怜を嫌いになるわけないのに。
「で、夏織はどうしたいの? 怜くんとは連絡とってるの?」
「わっ、私から電話出来るわけないだろう!? 私は彼を傷つけた立場なんだぞ!」
「ちょっ、落ち着いてってば! じゃあ向こうから電話とか来たの?」
「いや、全く来ないんだ。私のような自分勝手な女は嫌いになったのかもしれないな……」
「あんまり自分を卑下しないでよ。夏織はそんな人間じゃないから」
「ありがとう、桜」
「キャンパスで会ったりしてないの? 食堂で見かけたりとかは?」
「いや、それが……全くないんだ。月曜から今日まで、怜の姿を全く見かけていない」
いっつも怜のことを目ざとく見つける夏織が「全く見かけていない」ってことは、もしかしてキャンパスにも来ていないのかな。……それって、大丈夫なの? ちゃんと生きてるんだよね?
「分かった、夏織」
「えっ?」
気付けば、夏織の肩に手を置いていた。せっかくこの子が恋をしているんだ。だったら手助けしてあげるのが親友の務め、だもんね!
「怜くんのことは私が何とかする。だから元気出して」
「い、いいのか?」
「親友だもん、気にしないで。でもね、一つだけ確認したいの」
「確認?」
「夏織はさ……」
じっと親友の目を見る。本当に綺麗な瞳だ。怜といる時にはキラキラと輝いているんだろうな。なんて思いながら、私はあることを尋ねた。
「何があっても、怜くんのことが好きって言える?」
一瞬だけ、夏織が目を見開いた。さっきまでの鬱々とした表情が消えて……凛とした顔つきに戻る。そして、夏織はためらうことなく堂々と口を開いた。
「ああ。私は怜のことが好きだ!」
恋をしている親友の姿は、宝石のように美しく見えた。




