第40話 意外な共通点
ウーロン茶を飲みながら、さっきの男をちらりと横目で見てみる。彼は肉豆腐をつまみに赤ワインを飲んでいるみたいだな。
「マスター、ワインって初めて飲んだけど美味いねえ……」
「お前、飲みすぎじゃないか? 普段より酔ってるぞ」
「そう? 良いのが入ったって勧めてきたのはマスターじゃん」
「まったく、森宮大に入って口だけは達者になりやがって」
森宮大……私と同じ大学だ。同じ学部だったら一度くらいは見覚えがありそうだが、知らない顔だな。どこの学部だろう。
「すいませーん、五人なんですけど」
その時、背後にある店の扉が開いた。振り返ってみると、皆スーツを着ている。サラリーマンの集団みたいだな。店主は包丁を扱いながら返事をしている。
「カウンターでもいいか?」
「あっ、それで大丈夫です」
「じゃ、ちょっと待ってな。おい、姉ちゃん」
「えっ?」
店主が私に声をかけてきた。……今度は何だ!? 私はまだ何もしてないぞ!?
「悪いけど、ちょっと向こうに詰めてくれねえか。新しい客が入りきらねえんだ」
「あっ、ああ! 分かった」
「すまねえな、刺身は大盛りにしとくからよ」
そう言って、店主はまた手元に視線を戻した。たしかに……さっきの男が言っていた通り、悪い人ではないのかもしれないな。おっと、そういえば席を詰めるんだったな。
箸とウーロン茶を持って、左の方の席に移動する。なんの因果か、件の男と隣同士になってしまった。
「あれー、お姉さんどうしたの?」
「店主から席を詰めるように言われたんだ」
「ああ、そっかあ〜。ごめんね、俺なんかと隣で」
男はグラスや皿を自分の方に寄せながら、けらけらと笑った。結構酔っていそうだが、割と礼節は保たれている。
「はいよ、刺身ね」
顔を上げると、店主が私の前に刺身の入った皿を置くところだった。鮮やかなマグロの赤身に、あとは……なんの魚か分からないが、綺麗な刺身。一人前という割には量が多いから、やっぱり大盛りにしてくれたのだな。
「マスター、ワインお代わりぃ」
「お前、明日も大学の授業だろ? あまり飲んだらまずいんじゃないのか?」
「いいのー! 今日は酷い目にあったんだよう」
「ったく、知らねえぞ」
隣の男が空になったグラスを渡すと、店主が半ば呆れながら受け取っていた。そうか、大学か。ちょっと聞いてみたい。
「あの、一つ聞いていいか?」
「なあに〜、お姉さん?」
私が尋ねると、男は真っ赤になった顔をこちらに向けた。普段なら他人に声をかけたりしないのだが……私も雰囲気に酔わされているのか。
「貴殿は森宮大に在籍しているのか?」
「うん? そうだよ〜、いま一年生」
一年生? 酒を飲んでいるからもっと上の学年だと思っていた。
「私も森宮大の一年生なんだ」
「へえ、本当? そういやどっかで見た顔だと思ったよ」
「私の顔を?」
「そうそう、友達に……って、そうだよ!」
「えっ?」
男が急にハッと目を見開いた。何かを思い出したようだが……酔っ払いは話題が飛びやすいのか。
「俺さあ、本当は友達とここに来るはずだったんだよ!」
「そうなのか?」
「それがさあ、アイツドタキャンしてさあ……なーにが彼女と会う、だよ」
いつの間にかお代わりのワイングラスを手元に持っていた男は、ぐいっとそれを傾けていた。恋人を理由にして、突然自分との飲みを断る。私と彼は似たような友人を持っているようだな。
「実は、私も同じ理由でここにいるんだ」
「お姉さんもドタキャンされたの?」
「ああ、そうだ」
「じゃあお仲間だ! かんぱ〜い!」
「か、かんぱい!」
男がワイングラスを持ち上げたので、慌ててウーロン茶のグラスを重ねた。酒に酔った人間なのに、不思議と悪い印象を感じない。笑顔で接してくれて、むしろ心惹かれるような……って、何を考えているんだ私は!? 相手は初対面の男だぞ!?
「ん、どうかした? お刺身食べないの?」
「た、食べる! 食べるさ!」
首をかしげる男の顔を直視できず、慌てて視線を逸らした。心臓の動きが高鳴るのを感じて、自分に戸惑う。
別に大したことではない。飲み屋に行って、隣の男と会話を交わしただけ。それだけなのに――私はどうしてしまったのだ?
今まで抱えたことのない気持ちを消化できないまま、私は刺身に手をつけたのだった。




