第37話 望まぬ再会
俺たちはフードコートで昼食を済ませた。夏織さんはラーメンに餃子にご飯というフルコースを美味しそうに完食し、見ているこっちまで微笑ましい気持ちになった。純白のワンピースだから心配だったけど、そこは作法に厳しい夏織さん。全く汚さずに食べ切っていたので感心してしまった。
食後にアウトレット内の店を覗いていたら、あっという間に三時過ぎ。近くに港を望む公園があるので行きましょうか、なんて提案をしたら、夏織さんは喜んで行くと答えてくれた。そんなわけで、今はまた道を歩いている。
「午前より涼しいですね」
「ああ、雲が出てきたな」
隣を歩く夏織さんが空を見上げた。カンカン照りで暑かった午前中に比べて、いくらか涼しさが出てきた。雲が日差しを遮ってくれているおかげだな。
「ここは……テニスコートか?」
「そうです。野球場もあるんですよ、この公園」
「へえ、そうなのか」
右手には公園の敷地が見えていて、コートでは中高生が白熱の試合を繰り広げている。何かの大会だろうか。威勢のいい掛け声がたくさん飛び交っている。
「何あれ、すっごい綺麗……」
「美人だな……」
公園から出てくる人たちが、夏織さんの姿を見て何かぶつぶつと言っている。今更だけど、本当に魅力的な人なんだな。俺なんかが隣を歩いていいんだろうか、なんて考えるくらいには。
「怜、どうした?」
右隣の夏織さんが首をかしげていた。俺がぽけっとしていたものだから気になったみたいだ。
「夏織さんから見て……僕ってどんな人ですか?」
「なっ、なんだ急に!?」
「ああいえ、変な意味じゃなくて。どんな人間に見えてますか?」
「れ、怜は……」
大したことを聞いたつもりじゃなかったのだけど、夏織さんは真っ赤な顔をしていた。なんだかもじもじと逡巡した後に……ようやく口を開く。
「思慮深い、と思う」
「えっ?」
意外な言葉。自分を評価する言葉としてはあまり聞いたことのないフレーズだな。
「怜は他の皆と違って、他人のことをよく考えている。初めて会った時から」
初めて会った時、という一節にドキリとする。全く記憶がないけど、当時の自分は何を言ったのだろう。
「なんと形容すればいいのか……皆が真正面から物事を見ている時、怜は横から物事を眺めている気がするんだ。だからと言って、へそ曲がりでもない」
「へえ……」
「私は怜のそういう部分が気に入っている。何より、怜は誠実な人間だ」
「誠実、ですか」
「ああ、そうだ。私は曲がった事は嫌いだが、怜の中にそんな部分は感じない」
「……」
何を言えばいいのか、分からなかった。夏織さんは、俺が誠実な人間だと言った。そう評価してもらえたことは嬉しいけど、俺はこの人に大きな隠し事をしているのだ。だから、誠実なんて言葉を貰うのには罪悪感があった。
「あの、夏織さん」
「ん?」
打ち明けるなら、今しかないと思った。ごめんなさい、初めて会った日のことは全く覚えていないんです。そう伝えるならこのタイミングしかないと思った。
もちろん、この人に嫌われたくはない。だけど……たとえ失望されたとしても、夏織さんに隠し事をし続けるよりはずっといい。
「実は、初めて会った日のことを――」
「し、篠崎さん?」
「「……えっ?」」
前を向く俺たち。公園から歩いてきていたのは、水族館で遭遇した「隠れファン」のうちの一人。……一番起きてほしくないことが、一番起きてほしくないタイミングでやってくるとは思わなかった。
「篠崎さん、さっきはお友達といらしてるって――」
「夏織さんっ!」
「れ、怜!?」
俺は、気付いた時には夏織さんの手を引いていた。こんなろくでもない連中からは逃げるしかない! さっさと引き返して――
「待ってください」
「「!?」」
だが、俺たちの行く手を阻む者がいた。二人組のうちのもう一人が、俺たちの行く先に立ちふさがっていたのだ。両手を広げて通せんぼをされており、強行突破も難しい。
「れ、怜! さっき水族館で会った二人だ!」
「ええ、そうみたいですね。……大丈夫です、何とかします」
挟み撃ちにされながら、必死に思考を巡らせる。考えろ、考えるしかない。こんなところで夏織さんに嫌な気持ちをさせるわけには――
「あなたは岸本怜さん、ですよね?」
「!?」
先に遭遇した方の女子が、俺に向かって口を開いた。よく見たら、コイツら見覚えがあるぞ。昨日の昼飯のとき、俺に突っかかってきた奴だ!
「いかにも岸本怜ですが、どうしたんですか?」
「あなたには聞きたいことがあります。答えていただけますか?」
「嫌です。通してください」
「れ、怜……」
夏織さんは心配そうに俺の方を見ている。コイツら、ファンとしては最低の行動だよな。自分の好きな対象を怖がらせて……絶対に許さん。
「簡単な質問です。答えていただければ通します」
「だから答えないと言って――」
「あなたは篠崎さんとどうやって出会ったのですか?」
「……は?」
「答えてください。どうやって出会ったのですか?」
よりによってそこなのか。俺が一番答えられない、いや……答えることを避けてきたこと。それを今、明かせと言っているのか?
「怜?」
何も言えなくなった俺を見て、困惑する夏織さん。空が急速に暗くなっていき、頭上にぽつぽつと水滴が落ちてくるのを感じる。
どんな言葉を紡げばいいのか分からぬまま、雨脚だけが強くなっていた――




