第35話 密室
アウトレットに着いた俺たちは、観覧車乗り場にやってきた。青いゴンドラが一定周期でゆっくりと回っており、そのすぐ近くにある屋根付きの券売機で夏織さんがチケットを買っている。
週末だから混んでいるかと思ったけど、家族連れが何組か並んでいるだけみたいだな。たまたまかもしれないけど、ちょうどよかった。
「買ってきたぞ!」
「ああ、すいません」
「いいんだ、私が乗りたいと言ったのだからな」
夏織さんはウキウキとしながら一枚のチケットを俺に手渡した。別に自分の分は払うと言ったのだけど、義理堅いというかなんというか。
「じゃ、並びましょうか」
「ああ、楽しみだな!」
***
列に入ってからすぐ、俺たちの番がやってきた。数段の階段を上り、プラットホーム(と言うべきなのか)にたどり着くと、半袖のシャツを着た女性の係員が待ち受けている。
「こんにちはー! お二人でご乗車されますか?」
「はい、それでお願いします」
「かしこまりましたー! 扉が開きましたら、足元に気をつけてご乗車ください!」
間もなく青いゴンドラがやってきて、乗っていた家族連れが降りていった。こういう時は……どっちが先に乗るべきなんだろうか? レディーファースト? いや、違うか。
俺はさっとゴンドラに飛び乗った。身を百八十度反転させてから、外から歩み寄る夏織さんに手を差し出し、そっと導く。
「どうぞ」
「ありがとう、怜」
夏織さんは優しく微笑んで、俺の手を取り、ゴンドラに乗り込む。それを見た係員が外から扉を閉め、手を振って送り出してくれた。
「いってらっしゃいませー!」
俺は車内に入って右側の座席に落ち着き、係員に手を振り返した。ってあれ、夏織さんが座らない。
「どうかしました?」
「いや、その……」
立ったまま、きょろきょろと見まわす夏織さん。どうやら……俺の隣に座るべきか向かいに座るべきかを悩んでいるらしい。可愛い。いやでも、早く座らないと危ないな。
「あの、転んじゃいますよ」
「そっ、そうだな! 座る! 座るさ!」
夏織さんは顔を真っ赤にして、俺と向かい側の座席に腰かけた。慌てて座ったものだから、ゴンドラ全体が少し揺れる。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ!」
まるで面接でも受けるかのように、膝に手を置いて背筋を伸ばす夏織さん。やっぱり姿勢いいなこの人……。
「い、いつの間にか高く昇ってきたな!」
「あっ、本当ですね」
すったもんだのうちに、ゴンドラはだんだん高度を増してきたようだ。外を見れば、アウトレットモールの全景が少しずつ姿を現している。他の方角を見れば、臨港地帯のクレーンが忙しなく働いていた。
「いい景色ですねえ……」
ずっと朝から動きっぱなしだったから、なんだか気が抜けてしまった。いざ座席に腰かけると、身体がお休みモードになってしまう。あっ、港の方に大きい船。ありゃ苫小牧か名古屋からのフェリーだな。
「太平洋フェリーだ、いいなあ……」
「れ、怜?」
「おっ、向こうの方になんかいますよ。あっちもフェリーかな?」
「……」
「?」
ずっと景色を眺めていたが、ふと前を向くと、夏織さんがなんだか不満そうにこちらを見ていた。頬をむーっと膨らませて、恨めしそうに目を向けている。
「夏織さん?」
「怜には情緒というものがないのか!?」
「情緒!?」
「そ、その……一人で盛り上がって! ひどいぞ!」
行儀よくしていた脚をぷらぷらと揺らし、そっぽを向いてしまう夏織さん。……放っておかれてむつけたってこと? 普段は澄ましているのに、お姫様みたいな一面もあるんだなあ。
「すいません、つい」
「まったく……」
「あっ、貨物列車だ。ここを走るなんて珍しいな」
「話を聞いていたのか!?」
景色の隅に現れた列車に気をとられて、再び怒られた俺であった……。
***
「ありがとうございましたー!」
係員に見送られ、乗り場の階段を降りていく。あの後は何事もなく景色を楽しんでいたが、夏織さんはというと――
「……ふんっ」
まだ不満そうなんだけど!? たしかに放っておいたかもしれないけどさ、観覧車で景色見て何がダメなんだよ!?
「か、夏織さん? お昼ご飯食べに行きましょうか?」
「待て。まだ行かない」
「は、はあ……」
何か考えているようで、口元に手を当てる夏織さん。さて、今度は何だろう。とは言っても俺も本当に腹が減ってきたし、そろそろ――
「よし、もう一周だ!」
「へっ?」
「観覧車、もう一周するぞ!」
「ええええええっ!!?! 本気ですか!?」
「ついてこい、怜!!」
「ちょっ、夏織さん!?」
えっ、なんで!? なんでそうなるの!? さっきグルグル回ってきたのに!?
なーんて反論を許してくれる夏織さんではなく、俺はただ手を引かれて乗り場に向かうばかりだった。おいおい、次は何をしようってんだよ――




