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居酒屋で記憶をなくしてから、大学の美少女からやたらと飲みに誘われるようになった件について  作者: 古野ジョン


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第28話 大海を知らず

「「おお……」」


 視界全てを埋め尽くさんとする魚群を前に、感嘆の声を漏らす。ここは館内でも特に大きな水槽のあるところ。この水族館の目玉の一つと言ってもいいかもしれない。


「壮観だな」

「ええ、ちょっと感動しますね」


 水族館なんて随分久しぶりに来たけど……やっぱり圧巻の眺めだな。暗い部屋の中で水だけが照らされて、その中をたくさんの魚が悠々自適に泳いでいる。


「……」


 無意識なのか、夏織さんは水槽に向かって二、三歩踏み出し、ただただ目の前の光景の虜になっていた。真剣な眼差しで、上下左右に泳ぎ回る魚を追っている。


「夏織さん?」

「なんだ!?」

「あっ、驚かせてすいません」


 急に声を掛けたもんだから、ビックリしてしまったみたいだ。悪いことしたな。


「なんだか真面目に見ていたので。そんなに気に入りました?」

「いや、考え事をしていたんだ」

「考え事?」

「怜。ここの魚は自由だと思うか?」


 水槽を眺めたまま、夏織さんはそう問うてきた。自由? 自由って、どういう意味だろう。


 ここの魚は天敵に追われることもなければ、餌に困ることもない。「快適な」生活ではあるかもしれないけど……この水槽から出ることは出来ないし、自由と言えるかは分からないな。


「自由、とは言い切れないでしょうね」

「そうだ。だが、きっとここにいる魚は自分たちのことを自由だと思っているだろう」

「というと?」

「多分、この者たちは外の世界を知らない。知らなければ、自分が自由でないことには気がつかないからだ」


 急に何を言い出すんだ、夏織さん?


「つまり、何が言いたいんです?」

「去年までの私も同じだった。ずっと同じ学校に通い、同じ仲間と過ごす。自由とはかけ離れた生活をしていたのに、自由だと思い込んでいた」

「夏織さん……」

「こうして仙台に出てきて、初めて本当の自由を知った。もっとも、何も知らずにまごついているだけなのかもしれないがな……」


 夏織さんは水槽の前で軽く俯いた。由緒ある女子校に通って、インターハイに出るレベルにまで弓道を極めてきたんだ。きっと自由なんてない暮らしをしてきたんだろう。


 最初(正確に言えば、二回目)に飲んだとき、夏織さんは「私は何も知らない」と言った。初めての一人暮らし、初めての土地、初めての人間関係。この人は自由を手にした代わりに、未知の物事で溺れてしまっているのかもしれない。


「夏織さん」

「ん?」


 夏織さんの目を、じっと見る。あの居酒屋で約束した通り、知らないことは俺が教えればいい。それだけなんだ。


「自由って、楽しいですよ」

「楽しい?」

「大変なことも多いですけど。夏織さんにはまだまだ時間があるんですから、もっと気楽に過ごしませんか?」

「それに――」


 流石に、もう汗も引っ込んだだろうしな。俺はしっかり、両手で夏織さんの手を掴む!


「怜!?」

「僕がいれば、夏織さんを溺れさせることはありませんから」

「あ、ありがと――」

「ままー、あの人たち何してんのー!?」

「「!?」」


 しまった、ここがファミリーで溢れた健全な空間だということを忘れてた!! 子どもの無邪気な声に、思わず跳ね上がる俺たち。


「す、すまん怜!」

「い、いえ!」


 俺と夏織さんは慌てて手を放したが……妙に照れてしまう。ちゅ、中学生か俺たちは!


「つ、次行きましょうか夏織さん……?」

「そ、そうだな! 行こう!」


 ぎくしゃくとした歩き方で、次のエリアに向かう俺たちだった……。

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