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居酒屋で記憶をなくしてから、大学の美少女からやたらと飲みに誘われるようになった件について  作者: 古野ジョン


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第18話 怜になら、いいんだ

 夏織さんと約束した日は金曜で、街は飲みに繰り出す人たちで溢れかえっていた。俺は仙台駅のステンドグラス前――有名な待ち合わせ場所――に立ち、夏織さんのことを待っている。


「そろそろかな」


 腕時計を見ると、ちょうど待ち合わせ時刻になろうかというところだった。そういえば、今日はキャンパスで夏織さんのことを見かけなかったな――


「すまない、お待たせした!」

「夏織さん……!?」


 は、半袖!? 初めて見た……!


 夏でも長袖を着るのが普通だったのに、今日の夏織さんは半袖の白Tシャツ。白い素肌が見えて、なんだかドキッとさせられる。下はロングスカートだけど、むしろ長い脚がよく映えて綺麗だ。


「……」


 思わず、見とれてしまった。いつも下ろしている髪も、今日は可愛らしい髪飾りでまとめられている。もともと美しい人なのに――今日は一段と輝いて見える。


「あの、怜?」

「はいっ!?」

「そんなに見られると、恥ずかしいのだが……」

「ああっ、すいません!」


 夏織さんは照れ臭そうに下を向いて、頬をほんのりと赤く染めていた。可愛いなあ、この人。こんな人が俺と飲んでくれるんだから……本当に巡り合わせというのは不思議なものだ。


「半袖、珍しいですね」

「滅多に着ないんだ。肌を出すのが好きじゃないから」

「じゃあ、今日はどうして……?」


 俺のために半袖を着てくれた……なんてな。これは調子に乗った考えかも。


「夏織さん?」


 その時、夏織さんは恐る恐る俺の右手を掴んだ。そして、絞り出すように一言。


「怜になら、いいんだ……」


 ――心に、突き刺さった。俺のためだけに、夏織さんは服を選んでくれた。その事実だけで、俺は心を溶かされそうになる。というか、もう溶けてる。


「ええっ、と……」


 何を言うべきか分からず、そっと手を握り返す。柔らかくてすべすべの素肌だ。夏織さんの体温を感じて、再び心がほだされていく。


「……」

「……」


 向かい合って互いの手を握り合い、沈黙が続く。周りの人たちは忙しなく行き交うばかりで、俺たちのことには目もくれない。ある意味、二人だけの時間が流れているような気がして……一生このままでもいい気がした。


「れ、怜?」

「はいっ!?」

「そ、そろそろ行かなければ」

「あっ、ああ! そうですね、行きましょうか」


 そうだっ、これから肉を食べに行くんだった! 夏織さんの言葉ではっと目覚めて、俺はゆっくりと歩き出す。手を繋いだまま、ってのは恥ずかしいけど……今この状況で放すのは、あまりにも惜しい。


 店に向かって歩きながら、夏織さんは左手で俺の右手を掴んでいる。握手のように、互いの手のひらを繋ぎあっている俺たち。……いや、流石にね。恋人(・・)繋ぎってのは流石に――


「……」

「えっ、ちょっ」


 か、夏織さんが指を絡めてきた!? 反射的にこっちも指を絡めてしまったけど……思った以上に恥ずかしい。


「て、手汗をかいてないだろうか?」

「いや、大丈夫です」


 どちらかというと手汗が吹き出そうなのは俺の方なんだが! いかんいかん、平静を装わなければ。心拍数も上がっているし、本当にいつもの自分じゃないみたいだ。


 というか、夏織さんも夏織さんでやけに積極的だ。勘違いしそうになるからやめてほしい……というか、勘違いしそうになっている自分がいる。いったい今日は何があったんだ。


「夏織さん、なんだかいつもと違いますね」

「そ、そうか!?」

「!?」


 何気なく聞いたつもりだったのに、夏織さんはものすごく動揺していた。右に顔を向けると、恥ずかしそうにそっぽを向いている。


「違うように見えるのか……?」

「なんだかいつもより距離が近いというか、その」


 なんて言えばいいんだろう、この場合。積極的ですね、と言うのはなんだかこっぱずかしい。どちらかというと他人と距離を置くタイプだと思っていたから、こんなに違うと――


「なら、もっと違ってもいいだろうか!?」

「!?」


 腕に抱き着かれた!? 薄いTシャツ越しに夏織さんの体温が伝わってきて、思わず伸びあがってしまう。もっと違ってもいいだろうか……ってなんだよ!?


「夏織さん、それは流石に――」

「このまま」

「へっ?」

「私は、このままがいい」


 そう言われると、もう何も言えない。腕が柔らかな感触に包まれて、溶けかかっていた心がさらにほぐれていく。本当に今日はどうしたんだろう、夏織さん――


「怜」

「はいっ!?」

「着いたぞ、店に」

「あ、ああ!」


 いかんいかん、考えにふけってしまった。俺たちが着いたのは、雑居ビルの前。


「では、参ろうか」

「は、はい」


 まるで付き合いたての恋人のような恰好でエレベーターに向かう俺たち。夏織さんは離れるどころかさらに強く抱き着いてくる。幸せだ。幸せなんだけど……恥ずかしくて顔から火が吹き出そう。


「お、お肉楽しみですね!」

「? ああ」


 なんとか気を紛らわそうと言葉を紡ぐ。そうだっ、今日は肉を食べに来たんだもんな。


「怜」

「はい?」


 今度は何だろう?


「私は、うまく出来ているだろうか?」

「え、何がですか?」

「……いや、なんでもないんだ」


 夏織さんの声色は――少しばかり、不安そうだった。

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