第17話 肉が食べたい
あのドタバタの日から何日か過ぎた。なかなか俺と夏織さんの都合が合わず、まだ次の飲みには行けていない。だけど、一日一回は(たった数分でも)必ず電話をしているし、キャンパスで会ったら立ち話くらいはするようになった。
「ふあ~あ……」
午前の講義を終えた俺は、大きなあくびをしながら学食に向かっていた。ああ、眠い。昨日も夜遅くまで夏織さんと電話してたからなあ。
「ん」
向こうから背の高い人が歩いてくると思ったら……夏織さんだ。足が長いから、グレーのワンピースがよく似合っている。もしかして、もうお昼ご飯を食べ終わったところかな。おっ、白兎も一緒だ。
「あっ、怜!」
夏織さんもこちらに気がついたようで、嬉しそうにぱたぱたと小走りで向かってきた。飼い主に気がついた柴犬みたい、と言うと失礼な気もするけど……そうとしか形容できないんだよな。
「夏織さん、もうお昼食べちゃったんですか?」
「ああ、すまない。空きコマだったから早めに食べてしまったんだ」
「いいですよ、気にしないでください。お友達と一緒ですか?」
「ああ、この間話した例の友人だ」
「し、白兎桜です!」
白兎も慌てた様子で走ってきて、俺に向かってぺこりと頭を下げた。わざと初対面のフリをしているようだから、合わせないとな。
「こちらこそ、岸本怜です。よろしくお願いします」
「は、はい! 夏織がいつもお世話になっております」
「いえいえ! とんでもない」
なんだこの茶番劇は。それにしても、こんなに礼儀正しく挨拶してくるなんて、夏織さんに相当絞られたんだろうな。……ふと、白兎のお腹に視線を向ける。
「あの、どうかしました?」
「な、なんでもないです!」
白兎が首をかしげていたので、慌てて誤魔化す。腹は切られてないみたいだな、安心した!
「それより夏織っ、何か言うことがあるんじゃないのっ?」
「えーっと、だな……」
おや、なんだろう。白兎に肩を当てられる格好で煽られる夏織さん。
「なんでしょう、夏織さん?」
「あ、明日の夜は空いているだろうかっ?」
たしか何も予定はなかったはずだな。
「空いてますよ」
「そっ、そうか! 君に言われた通り、店を探していたのだが……いい店があったんだ」
「おっ、どんな店です?」
問いかけながら、ふと横にいる白兎を見ると、なんだかニヤニヤとしていた。……何かよからぬことを考えているんじゃないだろうな? いや、それより今は店の話だ。
「シュラスコ、というのを聞いたことはあるか?」
「あの……肉がいっぱい食べられるやつですよね?」
「そうだ!」
うんうんと頷く夏織さん。シュラスコってのは、たしかブラジルの肉料理のことだよな。串焼きにした牛肉だのなんだのを店員がテーブルまで持ってきてくれるらしく、基本的には食べ放題スタイルだと聞いた。
「実は、この桜が薦めてくれた店があって」
「私も行ったことありますけど、楽しかったですよ!」
「へえー、そうなんですね」
仙台にシュラスコの店があるとは知らなかった。この前は普通の居酒屋だったし、どうせならそういう店に行ってみるのも面白そうだ。
「分かりました、せっかくおススメなら断る理由もないですから。ぜひ連れていってください」
「じゃあ決まりだな! 場所はまた連絡する!」
夏織さんは嬉しそうにほほ笑んだ。俺と飲めるのがそんなに楽しみなのかな。そう思うと、なんだかこっちまで楽しくなってくる。
「夏織、しっかりねっ!」
「さ、桜!」
白兎が再び小突くと、夏織さんは恥ずかしそうにそれをかわしていた。相変わらず白兎がニヤニヤしてるけど、何かあるんだろうか。まあ……この間の件もあったし、俺に悪いことはしないだろうけど。
「で、では! また会おう、怜!」
「はい、楽しみにしてますね」
照れ隠しなのか、夏織さんは半ば強引に立ち去っていった。白兎はその後を追いかけようとするが――去り際に、俺に向かって一言。
「据え膳食わぬは、だからね」
「……は?」
意味深な言葉を残して、白兎は走り去ってしまったのだった。




