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居酒屋で記憶をなくしてから、大学の美少女からやたらと飲みに誘われるようになった件について  作者: 古野ジョン


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第15話 怜の本性

「ねえ、ちょっと……!」


 なにコイツ、なんで急に寝てるの!? 私は慌てて怜に声を掛けたけど、ちっとも起きる様子がない。


「……」

「ねえ、寝る気!?」


 ワイン一口で寝ちゃうなんて……お酒に弱いのかな? いや、さっきの店でビールを三杯は飲んでいたもんね。だからアルコールがダメってことはないか。


「う~ん……」


 本当に眠そうだなあ、怜。もしかして、ワインがダメなのかな?


 私は飲んだことがないから分かんないけど、人によっては「日本酒が酔いやすい」とか「焼酎がダメ」とかあるらしいし。怜もそういうのがあるのかも。


「なあ、白兎さ~ん……」

「えっ!?」


 今度は何!? 顔突っ伏してるくせに話しかけてきた!? 名探偵に麻酔銃でも撃たれてるの!?


「松岡は、良い彼氏やってるか……?」

「……へ?」


 意外な一言に、思わず戸惑ってしまう。なんで急にアイツのことを?


「あ、アンタには関係ないじゃん!」

「松岡はなあ、俺の一個下でなあ~」

「話聞いてよ!」

「予備校の時はさあ、弟分みたいで可愛かったのにさあ……」


 怜は淡々と語り続ける。さっきまで敬語だったのに、急に口調が崩れた?


 そういやアイツは一浪って言っていたもんね。二浪ってことは、たしかに年齢的には怜の方が上ってわけなんだ。


「松岡はさあ、意外と繊細なんだよお……」

「え、アイツが?」

「そうそう、浪人の時はさあ、『俺大学受かるかなあ』とかメンタルに来ててさあ」

「へ、へえ……」


 なんというか、意外だ。アイツはチャラチャラしている印象だったけど、そういうところもあったんだ。……ってあれ、怜が顔を上げた。すっごい真っ赤だな!?


「だからさあ、白兎さ~ん」

「なに?」

「ちゃ~んと、面倒見てやってくれよなあ」

「う、うん」


 思わず素直に返事をしてしまった。酔っぱらってダル絡み――って感じではあるけど、不思議と嫌な思いはしない。この人、泥酔してすることが「他人の心配」なんだな。……ん、店員が来た。


「フライドポテト、お待たせしました~」

「あ、はーい」

「ありがとうござますぅ……」


 ポテトを持ってきた店員に対しても、怜はしっかり目を見て挨拶をしている。なんというか……すごいな。お酒を飲むとその人の本性が出る、とはよく言うけど。この人、根っから良い人なのかもしれないな。


「ほら~、食べなよ白兎さん」

「アンタこそ食べなよ、ほらっ」


 私はポテトの皿を怜の前に突き出した。なにか口にすれば、少しは酔いが醒めやすくなるかもしれないし。


「いいっていいって、どうせさっき食べてないでしょ~?」

「……へっ?」

「俺たちの話を聞くのに一生懸命で、あんまり頼んでなかったんじゃないの? だからさ、白兎さんが食べて~」


 ぐでんぐでんになりながら、怜はポテトの皿を突き返してきた。……図星だ。たしかに、さっきの店ではあまり食べられなかった。二人がいつ店を出てもいいように、すぐ食べきれるようなものしか頼んでいなかったし。


「わ、分かったわよ。私はちゃんと食べるから、アンタも食べて」

「いいの? やっさし~! さすが松岡の彼女!」


 やっぱりちょっとウザいな! でもまあ、お酒なんか飲んでたらこんなもんか。


 そういえば……昨日の夜、もしかして怜は夏織の前でこんな調子だったのかな? ワインを飲む前の怜はすっごく丁寧な言葉遣いだったし、「嫁に――」なんて言いそうもないよね――


「夏織さんは、俺でいいのかなあ……」

「へっ?」


 ポテトをケチャップにつけながら、怜がつぶやくようにそう言った。やっぱり、夏織のことは気にしているみたいだな。


「俺さあ、分かんないんだよお。なんで夏織さんが、俺なんか飲みに誘ったんだろう……」

「し、知らないわよ。アンタが口説いたんじゃないの?」

「口説いたあ? 別に、夏織さんのことを褒めただけだったのにい……」


 あれ、もしかして――ゆうべのことを思い出してる?


「ねえ、アンタは夏織に何を言ったの?」

「ん? 夏織さんがあ、悩んでたから……」

「悩み?」


 夏織が悩むことって、なんだろう。いつも真っすぐに生きているように見えるから、あんまり困っていることはなさそうだけど。


「『恋人がいた方がいいのか?』なんて聞くもんだからさあ」

「え、夏織が?」

「そうそう、友達に彼氏がいるのに、私にはいないんだーって」


 ……多分、友達って私のことだよな。


「だからさあ、伝えたんだよ。『別に彼氏なんか作らなくていい、好きに生きたらいい』って」

「えっ、口説いたんじゃないの?」

「だから口説いてないってえ……」


 怜はまたテーブルに突っ伏した。もし言っていることが本当なら――私は誤解をしていたのかもしれない。てっきり、怜が夏織を騙して自分のものにしようとしたのだと思っていたけど……。


「ねえ、白兎さん?」

「なに?」

「君から見て、俺は夏織さんに相応しい男かなあ?」


 怜は半ば寝そうになりながら、私に問うてきた。酒に酔いながら、他人の心配をして、自分にアプローチしてくる女の子まで気にかけている。……私が思っていたのと違って、怜はとんでもなく良い人なのかもしれない。


「別に、アンタと話したのは今日が初めてだし。すぐには分かんないってば」

「だよなあ……」


 もぞもぞと頭を動かす怜。たしかに、この人のことはまだ分からない。だけど、直感的に分かるのは――怜はしっかり夏織と向き合おうとしてる、ってことだ。


「でも、夏織に『告げ口』するのはやめておくから。私、アンタのことは悪くないと思ったから」

「……ぐう」

「ちょっ、寝ないでよ!?」


 なんで肝心なところを聞いてないんだよこの男は!? あーもう、夏織ったらこれから苦労するだろうなあ。いずれ機会が来たら、「ワインは飲ませないように」って伝えないと。


 私は持っていたメモ帳から一枚の紙を切り取り、書き置きを残して席を立った。あんまり遅くなると危ないし、そろそろ帰らないと。あっ、お金も置いておかないとね。


「う~ん、帰っちゃうの~?」

「うん、ちゃんと割り勘するから安心して」

「さすが松岡の彼女だ~」


 この人、アイツのことがよっぽど好きなんだろうな。弟分とか言っていたくらいだしなあ。


「じゃあね、今日はありがと」

「うん、またね~」


 怜は頭を突っ伏しつつも、辛うじて手を振っている。ちゃんと挨拶はするあたり、素の人格の良さがよく分かる。店の出口に向かおうとしたけど――私はふと立ち止まり、怜に向かって一言。


「夏織はね、アンタにぞっこんだから。ちゃんと応えてあげなさいよ?」

「……ぐう」

「寝るなってば!」


 なーんだ、せっかく大ヒント(・・・・)を与えてあげたのに! 私はふんと鼻を鳴らして、踵を返して出口に向かう。


 とりあえず、後で夏織に電話しなくちゃなあ。何を言うのかって? 怜と同じで、私も誠実にならないといけないから。後をつけていてごめんなさい、って謝らないと。それから――


 良い人だから逃がさないようにね、とも伝えておかないとね!

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