第4話 東郷チハヤの恩寵
「諸君、静粛に」と、たまらず次席の実継が注意し、場は水を打ったように静まり返る。
「それでお主は三日間の降下限界まで掩体壕の中で震えて過ごしていたというわけか」
伏見宮の嫌味を帯びた質問にチハヤは顔を振りかぶって応じる。
「幸いにも壕の奥に古着が掛けてありましたので、それを着て基地司令部に挨拶に行きました」
「現地司令部一同、みんな驚いていたのではないかね。その……女性が降下した例はこれまでにないことだから」
「最初こそ、敵の間諜だとか疑われましたが、当時の101号作戦や十二試艦戦の技術情報を詳らかにしたところ、どうにか元帥府からの御使いであると認められました」
「それで、肝心の重慶航空作戦の作戦指導はうまく運んだのかね」
「はい、海軍高官にとって元帥府の御使い様は信頼度が高いようで、不肖、私をして将官級の待遇で夏用の第2種軍装も支給されました。作戦指導……と言っても航空撃滅戦でしたので、重慶上空で旧式の敵機を誘引して、新型の十二試艦戦で撃ち落とすだけの簡単な作業でした」
「ほう、それで重慶上空の制空権を得たなら大したものだ。しかも、味方には損害一つなしとは恐れ入る」
伏見宮の言葉に嫌味は感じられなかったが、実継が言葉を紡ぐ。
「恐れながら味方の損害が出なかった理由としましては、私が高天原から見ておりましたところ、東郷尚書の神気によって味方の飛行隊に防御の恩寵が加えられたものと断ぜられます。その範囲は少なくとも尚書の見渡せる4キロ四方に及び、期間は降下限界までの三日間でございました」
「防御の恩寵か。さすれば、ハワイ作戦に随伴させれば空母や艦載機にも防御の恩寵が加えられると、そう期待して良いのか」
「はい、いかにも仰せの通り」
「なるほど、それではハワイ作戦の随伴には防御の恩寵を持つ東郷チハヤが適任とは言えぬか。異議のある者は申し出よ」
実継の額をスルリと冷や汗が流れる。森閑とした水師営を長い沈黙が支配する。
「よろしい、東郷チハヤを尚書から尚書令に特進させるとともに、ハワイ作戦の戦術指導の任に就ける。同時に水師島村実継は遺漏なきよう共に督戦にあたれ」
「は、承知しました」
実継は答えたが、当の本人の東郷チハヤは深々と頭を下げてじっと畏まっていた。




