第18話 参謀長草鹿少将の憂鬱
参謀長室の草鹿少将は半年前とまったく変わるところなく、笑顔で迎えてくれる。
「島村様、お待ちしておりました。今日はモダンガール風のワイフをお連れとは隅に置けませんな」
「こちらは東郷チハヤの後任で山本尚書令です。高天原では攻撃を統べる者とされています」
「攻撃とは有り難い。明日からは二つの敵と相見えることになるようですからな」
複雑そうな顔つきでそう言うと、私の方を向いて草鹿少将は言う。
「島村様に隠しても仕方ありません。ズバリ、ミッドウェー基地と敵機動部隊です」
「危ういですね、その二正面作戦。ミッドウェー島を背にして敵空母に包囲されながら戦うのはお勧めしません。戦の鉄則は各個撃破です」
「作戦では明日、ミッドウェー島を奇襲攻撃し基地飛行場を沈黙させたうえで、敵機動部隊を迎え撃つ手筈になっています」
「その作戦は既に敵に筒抜けになっています」私は長嘆息して言う。「草鹿少将、今年の4月に人事異動を行なった折、海軍D暗号の改訂は見送りになったことを覚えておられませんか」
「確かに戦線が拡大し暗号書の配布に支障をきたすかもとして、見送りましたね。2ヶ月間ほど」
「その間に海軍D暗号は解読され、ちょうどMI作戦立案の4月の時分から実施の5月末までの間、暗号が筒抜けでした。米軍は地名秘匿称号のAF、ALの解読に手間取ったようですが、ミッドウェーから真水不足の平文メッセージを打たせて、我軍から『AFで真水不足の模様』の暗号文を打たせることによりAF=ミッドウェーを探り当てたようです」
「そうでしたか……そうなると、敵機動部隊ももうミッドウェー近海に来ているんでしょうか」
「その前提で、現在の状況がお分かりになったかと思います。明日、ミッドウェー基地の哨戒圏下に入るのと同時に敵機動部隊の空襲圏下にも入ります。もう、我軍の奇襲どうこうではなく、すっぽりと包囲されてしまう訳です」
草鹿少将はそれを聞くと眉間にシワを寄せてウーンと唸って、しばらく喋らなくなってしまった。
「……失礼、島村様。これから先は長官室でお願いできますか」




