スシ、フジヤマ、ゲイシャ、サムライ、ニンジャ! ニンジャ!!
ほら、前を見て。もう治りかけてるよ
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「アンタが怒るのも無理はない。よくわかるよ。意味がわからないよな。これ」
草原の芝生を突き破り、新たな木の根が現れる。瞬く間に伸び、俺の身長と同じぐらいまでに成長する。
まるで意思を持っているかのようにその木の根はくねくねと踊るようにしなる。俺はその木の根を撫でる。飼い主に撫でられた犬のように木の根はその体をくねらせこちらに寄ってきた。
馴染む、馴染むぞ。これまで以上にこの木の根を身近に感じる。指先をたぐるように、瞼を瞬きするように、呼吸をするように。それら無意識な行動と同じくらいに、木の根を操る事が出来る。
目をつぶっていても自分の腕のように、いやそれ以上に精密に木の根を操る事が出来そうだ。今まで出来なかったのが不思議なぐらい、この力は俺に馴染んでいた。
空気を裂く速度で振るわれた英雄の手刀、あれも容易く捉える事が出来た。まるで木の根の自動防御だ。靴ヒモを結ぼうとしたあの時、恐らく何かされるだろうと身構えていて正解だった。
何かヤバい、そう感じた瞬間には俺の代わりに木の根が彼女の手刀を防いでいたのだ。
間違いない。今の俺はスペシャルだ。
「日本人…… 何をした?」
鋭い声がした方向を見る。手首を絡めとられた彼女がこちらを見つめていた。
「見てのとおりだ。アメリカ人。アンタの手刀を、無防備な俺の後頭部に振り下ろされたアンタの手刀を止めたんだ。俺の木の根がな」
「木の……根?」
「そう、これが俺の幸運。俺の出来る事、今日という最低の一日を生き延びた俺の唯一の武器」
「樹心限界、俺はこの現象にそう名付けた」
彼女は俺より圧倒的に強大な人間だ、飲まれるわけにはいかない。演じろ、最後まで、不敵な人間を演じるんだ。決して彼女に俺の小ささがバレてはならない。
彼女が目を開いたまま、押し黙っていた。
「…..ほど」
彼女が何かをつぶやいた。しかしその声量が小さすぎて聞こえない。
彼女は真っ直ぐにこちらを見つめ、そして
「なるほど、そういうことね……」
なに!? 今、彼女は何って言った?なるほどだって?
まさか、知っているのか? この奇妙な力の正体を? いや、ありうる、彼女は指定探索者だ。恐らく公開されていないダンジョンの情報なども所有している可能性が高い。
ならば俺に力を与えたあの翡翠や、どことなく高慢そうなあの声についても何か知っていてもおかしくない。
さすがは指定探索者、俺の底なんてお見通しと言うべきか……
「ええ、そうね、なんで早く気づかなかったのかしら、ただの探索者がこの化け物相手に今日、一日を生き延びる。はっきり言って異常事態よ。本来なら探索者はおろか、上級、いや指定探索者でもこの化け物の前では単なる獲物に成り下がってしまうでしょうに」
彼女が話し始める。その口調は強い。確信を持った者だけが持つ圧倒的な自信。これが指定探索者。選ばれた側の人間だけが持つ覇気だともいうのか?
彼女は言葉を続ける。俺は彼女の額に一筋、汗が流れている事に気づいた。
「もっと早く気付くべきだった、日本人、あなたが普通ではない事に。さっきまであまりにも弱っていたからまったく気付かなかった。いや、気付けなかったと言うべきね」
口の中に満ちた唾液を嚥下する。喉がごくり、鳴った。
彼女がその黄金比を持つ美しさ碧眼をかっと開く。まずい、完全に彼女のペースに呑まれている、どこかで挽回しなければーー
俺の焦りも虚しく、彼女が言葉を止める事はなかった。
「流石ね、日本が誇る伝説の特殊部隊、ニンジャなだけはあるわ」
ゑ?
いや、今なんて?
「本当に大したものよ。さっきまでのあの死にかけの状態はただのポーズだったの? まったく気づかなかったわ。ええと、なんだったかしら、カワリミ? イントン? たしかあなた達のニンポーの技術にそんなのあったわよね」
ええ…… なんて?
「そしてこの奇妙な木の根。知ってるわ。モクトンって言うのでしょう? アタシの手刀を止めるなんて…… いえ、怒ってるわけではないの。むしろ、そう。光栄よ。まさか本当のニンジャ、ニンポーを見ることが出来るなんて……」
ゑゑ…… ちょ、待って。
彼女の瞳に、俺は何か、こう、熱のようなものを感じる。敵意でも殺意でもないそれは、どちらかと言うと友好的かつ、狂気的とでも言うべきか?
そんな眼差しで見ないで欲しかった。
「正直、さっきあなたが身の程知らずにも、戦うなんて言い出した時は、本当に。本当にハラワタが煮えくりかえりそうだったの。あまりにもムカついたから手がでちゃったけど」
彼女が、木に絡みとられた右手を見つめながら話す。その顔はどこか弛緩した…… うっとりとしているような。
「でも、ニンジャなんだもの。戦えて当然よね。ごめんなさい、謝るわ。先程までのアタシの態度は弱者に対するものだった。とても不快だったでしょう? あなたのような人には」
アイエェ……。
彼女が、ぺこりと頭を下げた。
違う、彼女は何か、とても致命的な勘違いをしている!
なんとか、なんとか早めに誤解を解かなければならない。
「いや、待て、待ってくれ。アンタは何かこう勘違いをしてーー」
「大丈夫よ!!」
俺の言葉は彼女の短い、叫びにも似た声に遮られる。なに、なんなのよ、もう。
「大丈夫、アタシわかってるから。大丈夫よ。オキテにより正体がバレてはいけないのでしょう。大丈夫、アタシは大丈夫だから」
絶対大丈夫じゃない。なんだ、その自分は分かっている側の人間だからみたいな態度は。何も分かってねえよ。本当に何も分かってねえよ。
小さく、うん、うんとうなづいている彼女はどことなく満足気だ。その雰囲気は先程のような針を刺すような緊張感あるものではなくなっていた。
……待てよ。
俺の頭にピリピリとした電気、閃きが走る。
この状況、使えるんじゃあないか?
彼女の様子を見やる、少なくとも俺を見るその瞳は先程までの冷たい、羽虫を見つめるような瞳の色ではなくなっている。
誤解が解けた時が怖いが、いっそ話を合わせるか?
パチン。親指を鳴らす。その瞬間、彼女の手を絡めとっていた木の根がバラバラと解ける。
「ワオ! びっくりした! すごい、自由自在ってわけね」
コミックと同じなのね、右手を撫でながら彼女が、とても…嬉しそうに呟いた。
顔が若干紅潮している理由はきっと、狩りや戦闘の興奮だけではないのだろう。
なんか、ノリでいけそうだな、このカワイイ外国人なら。
俺が、再び彼女に話しかけようとしたその時、背筋が、皮膚が弾けるのではないかと思うほどに、粟立った。
彼女の顔に影が差す。心理的な意味でなく、物理的に。
光石の光が、遮られている。何に?
上を見上げる。十メートル以上、上。上方。
気を抜きすぎた? 油断した? ヤツが跳んでいる。いつのまにか動けるほどに再生したのだろう、ヤツが。耳の化け物が跳んでいた。
耳の化け物、直上。
飛んでいるわけではない、跳んでいるのだ。ならばすぐに落ちてくるはずだ。どこに? 決まってる、俺たちの真上にだ。
十数メートルを超える巨体は完全に俺たちの周囲に影を差していて、つまり、このまま、潰されーー
彼女が動く、俺の近くへ彼女が駆け寄ろうとしていた。まるで、俺をかばおうと。
ああ、やっぱりアンタはいい人だ。本当の英雄なんだろう。少し、勘違いしやすいかもしれないが。死なせたくない。俺は、彼女を絶対に死なせたくない。
上を見上げる。耳の化け物の巨体がすぐ、そこまで。
ああ、お前はいつもそうだ。空気を読まない、無秩序に無慈悲にただ、ただ、殺そうするだけ。
自らの役割を忘れた獣、それが貴様だ。耳よ。
貴様が、役割を忘れたのならば。もうただの獣に過ぎないのならば。
貴様を殺すのが俺の役割だ。
ゾォ。
地面が割れる。俺の中にいる、何かが指揮棒を振るった。そんな気がした。
俺たちの周りの地面が、割れる。草原、緑の絨毯を突き破り、現れるのは夥しい数の木の根。俺たちを囲むように現れたその木の根は、蛇のようにその身をしならせ、一直線に真上に伸びていく。
重力に従い、堕ちる化け物の巨体に数千の木の根が支えるように突き刺さった。
貫け。
アッパーカット気味に伸びた数千の木の根が耳の化け物の巨体をかち上げた。
影が消え去る。数秒して大草原に、その巨体が叩きつけられた音が鳴り響いた。
彼女が、俺の方を振り向く。その瞳を見れば分かる。誤解を解くのが更に難しくなったことに。
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