閑話 馬車で・2
言い訳させてもらうなら。
クルスも幼い頃から王女に仕えているが、子供の頃は修練と勉強ばかりでほとんど王女殿下のお側にはいけなかったし、従者ごときに友人をご紹介いただけるはずもない。異性であれば尚更だ。下手をすれば「結婚相手にうちの従僕はどう? あなたにはお似合いよ」みたいなとらえ方をされてしまうのが貴族社会なのだから。
さらにいえば王女と友人のお茶会には同性であるメイドが侍るのが常。その間クルスは周囲の警戒をしていたのでのんびりお茶会を見学する余裕などなかっった。
つまり、何が言いたいかというと……王女殿下のご友人の顔と名前を覚えていないし、何か対応が必要なら同僚のメイドに任せてきたのがクルスという人間なのだった。
その辺りを説明したクルスだが、レディは納得しなかったようだ。
「ほんとーに、ソフィーのことしか見ていなかったんだねー。こーんな美少女がいたのにねー」
じとじとーっとした目を向けられ、なぜか心臓が鷲づかみされたかのような気持ちになるクルスだ。
ここはさらに言い訳しないとマズい。クルスの本能がそう囁いていた。だがもうすでに説明に使えそうな理屈は並べ立てた後であるし……何か……何か別の理由を……。
「い、いえ、正直、女性の顔の見分けが付かないと言いますか……」
「うわぁ」
ドン引きするレディと、自分でも「これはない」と反省するクルスだった。しかしいくら反省したところで失言が消えるわけではない。
「い、言い訳させていただくなら、王女殿下のご友人は金髪ばかりですし、髪型も頻繁に変わりますし、顔つきも似通っていると言いますか……っ!」
クルスの釈明に、氷魔法のような瞳を向けるレディだ。
「そりゃあソフィーの友人なのだから金髪(高位貴族)ばかりだろうし、年頃の女性なのだから毎度のように髪型も変わるだろうし、顔つきは……まぁ、クルス君の目がおかしいのはもちろんだが、流行りの化粧をするとどうしても似通ってくる……。でもねぇ、どうかと思うよ私は」
「い、いえ、今のレディは見分けが付きやすいといいますか、とても魅力的といいますか、」
慌ててとんでもないことを口走るクルスだが、慌てているせいで自覚はない。
「……まぁ、急いでいたので化粧もしていないからね。……そうだよ、今の私は化粧をしていなかったんだ……。浮かれて忘れてた……。恥ずかしいからあまり見ないでもらえるかな……?」
急に身を縮めたレディに対し、クルスは首をかしげるしかない。
「? いえ、今のレディもとても魅力的だと思いますが? むしろ化粧をしない方が――」
他の貴族令嬢と見分けが付いていいな。
とまでは口にしないクルス。
どうしようもない男なのだが、レディからすれば「むしろ化粧をしない方が美しいですよ」みたいな口説き文句を言われたようなものだ。
途端に頬を真っ赤に染めるレディ。
「…………。……そういうところだよ!」
荷台に載っていた小包を投げつけられてしまうクルスだった。




