ダンジョン?
認識の違いというか、事実の錯誤というか。噛み合わないやり取りに首をかしげ合う俺とシルシュ。
そんな空気を破壊したのはシャルロットだった。
「まぁ、入ってみれば分かるんじゃないのかな?」
迷うことなく。ズンズンと洞窟の中に入っていくシャルロット。いやいや警戒くらいしようぜ?
うーん、貴族のお嬢さんなら普段から護衛もいただろうし、警戒感というか危機感がないのだろうか?
……いや単にシャルロットの度胸が据わっているだけか。『運命』を知ったあとも絶望することなく追放後の準備をするような子だし。
「おい、ちょっと待てって」
シャルロットを追い、慌てて洞窟の中に入る俺たちだった。
まぁ師匠とシルシュがいるから何とかなるだろ。
「ま、団長とシルシュ嬢、そしてアークがいるんだから何とかなるか」
当然のような口調でのたまうラックだった。俺もその二人と同列扱いなのか?
あと、いくら美人だからってシルシュのことを『嬢』付けで呼ぶラックも結構な女たらしムーブじゃないか?
「ん。お兄ちゃんには遠くおよばない」
ミラからの絶対的な評価に泣きたくなる俺だった。
洞窟はさほど深くないというか、入り口から差し込む光で問題なく歩けるくらいの奥行きしかなかった。なのですぐシャルロットに追いつくことができる。
そんな洞窟の最奥には……何もなかった。シルシュが語っていた弓はもちろんのこと、他の宝物も存在しない。
「盗賊にでも盗まれたか?」
『ないじゃろ。鈍い人間ならドラゴンの魔力にも気づかず入ってこられるだろうが、その程度の人間が魔の森を抜け、ここまでたどり着けるはずがない』
「あー、そういやそうだったよな」
魔の森は危険地帯。ブラッディベアくらいしか遭遇しなかったからすっかり忘れかけてたぜ。というかこっち側の戦力が過多なんだよな。
そもそもの話、この程度の広さしかないなら宝物庫としても使えないんじゃないか?
「……物語の定番としては、奥に隠された空間があるってところだな」
「おっ、いい推理だねアーク君。定番なら突き当たりの壁に何かスイッチが――」
ぺたぺたと壁を触っていくシャルロットだった。こいつ神経図太すぎだろ。心臓オリハルコンで出来ているのか?
でも初めて遭遇した魔物を前に腰を抜かしていたから可愛いところも……いやシャルロットは抜かしてなかったんだっけ?
と、俺がそんなことを考えていたら。
――ガコン、っと。
何かを押し込んだような音が洞窟内に響いた。
皆が注目したのはもちろんシャルロット。彼女は洞窟の壁に手を突いた体勢で固まっていた。
その、手。
よく見ると手を突いたところだけヘコんでいるな。手のひらくらいの大きさのスイッチとでも言おうか。
「――にゃあぁあああ!?」
そのまま壁に突然穴が開き、壁に手を突いていたシャルロットはバランスを崩し、穴の中へと転がり落ちていった。
んなテンプレな。
呆れるというか感動するというか。まぁ垂直落下じゃなくて坂道を転がり落ちた感じだし、結界魔法も張れるだろうし、なによりドラゴンの血を浴びたんだから死にはしないだろう。
「おーい、シャルロットー。平気かー?」
穴の入り口で声を掛けると「平気だよー」という声が返ってきた。
「さて」
このままシャルロットが戻ってくるのを待ってもいいが、ここはご令嬢を迎えに行ってやるのが男ってものだろう。
穴の先にある坂道に一歩踏み出す俺。
すると、
「ほうほう、これは……ダンジョンか? 騎士団長になってからは初めてかもしれないな」
『ふむ? なぜダンジョンが……? 理由は分からぬが、我の宝物たちがダンジョンの中にあるなら調査せねばならんな』
当然のように俺の両隣を歩く師匠とシルシュだった。なんかシャルロットを回収したあともダンジョン探索が続行されそうな流れだな。
「……アーク、こりゃ俺たちも付いていった方が安全だな」
そう判断したらしいラックたちが後から付いてくる気配がする。まぁ、主戦力二人がダンジョン探検する気満々だからな。むしろダンジョンの中の方が安全だろう。
坂道の終わり。その少し先でシャルロットは地面に座り込んでいた。
「どうした? どこかケガしたか?」
「いや健康そのものさ。それよりよ見たまえよアーク君! 魔物を倒したらなんか高そうな宝石が落ちていたんだよ!」
キラキラした目でキラキラした宝石を見せてくるシャルロットだった。
「魔物を倒した?」
「うん。ああいや、倒したというか、防御結界で押しつぶしたというか」
「あー」
坂道で転がりながら結界を張ったら、運悪く魔物と衝突したってところか。防御できるってことはそれだけ硬いってことだからな。魔物からしたら交通事故で引かれたようなものか。
「しかし、魔物を倒して、宝石が?」
そんなゲームじゃないんだから。いや確かに原作ゲームは存在するが……ゲームじゃないんだから。




