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【受賞・書籍化】悪役騎士、俺。 ~悪役令嬢を助けたら、なぜか国を建てることになった件~  作者: 九條葉月


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戦い・4

「――はははっ!」


 ライラは心底楽しかった。


 本来ならば楽しむべき場面ではないことくらい分かっている。今のライラとアークはご令嬢方の未来を賭けて戦っているのだから。


 しかし、ライラは心配などしていない。


 なぜならば――こういうときのアークは必ず勝つ(・・・・)からだ。


 確かに今は防戦一方。シャルロットの身体強化(ミュスクル)によって一時は優位に立ったものの、それはライラも身体強化(ミュスクル)を使ったことによって振り出しに戻った。むしろ、長時間強化魔法をかけ続けているシャルロットの方が不利と言えるだろう。


 ――だが、そこからだった。


 第三者から見れば、アークは防御ばかりで反撃できていないように見えるだろう。


 しかし、だ。

 今のアークは驚くべき速度で成長していた(・・・・・・)。ライラの技を見て盗み、効率的な捌き方を学習し、身体強化をしたライラの速さと力に、驚くべき速度で適応しているのだ。


 これだ。

 この学習の速さこそ、アークの素晴らしさだ。


 以前までは学習能力が十全の力を見せる前に肉体が限界を迎えていたが、今はシャルロットの身体強化(ミュスクル)によってその学習能力が遺憾なく発揮されていた。


 ……さらに言えば。ライラは知る由もないことだが、シルシュの血を浴びたことによる身体能力の向上もアークの能力を押し上げていた。


 元より、才能であればアークの方が高い(・・・・・・・・)

 勇者としての能力は、アークの学習能力によって追いつかれる。


 そして、ライラとアークの『差』で一番大きかったドラゴンの血による強化も、互角となった。


 ならば。


(これは、負けるな!)


 ライラにあるのは晴れ晴れしさ。愛弟子が、愛する男が、ここ一番というところで自分を超えようとしているのだ。これを喜ばずして何が師匠か。何が女か。


「強くなったなぁアーク!」


「いや、まだまだっすよ!」


 謙遜しているが、アークの目に宿るのは自信。もはや自分は師匠を超えられると。師匠に勝てると。誰よりも彼自身が確信を抱いていた。


 そうして。

 いよいよ決着か、とお互いに考え始めたところで、


 ――霧が、ライラとアークを包み込んだ。


 メイスたちが発生させた水蒸気だ。


「チッ! いいところで!」


 思わず舌打ちするライラ。確かにアークとご令嬢方の『力』を見せろと言ったのは自分だが、それでも、こんなに楽しい時間に水を差されてしまっては不機嫌にもなろう。


 ――ゆえにこそ、ライラは容赦しない。


 視界はゼロに近いが、アークのいる位置は記憶している。


「――――!」


 音すら出さず。声すら発せず。アークがいた位置に剣を振り下ろすライラ。


 だが。

 やはり(・・・)アークには(・・・・・)見えていた(・・・・・)


 ライラの振り下ろした剣を、完璧なタイミングで弾いてみせるアーク。


 そのとき、ひときわ鈍い音が周囲に響き渡った。


 アークの剣が、折れたのだ。


 だが、それも当然だろう。


 ライラの剣は特別製。近衛騎士団長としての地位に相応しく、ライラ本人の怪力に耐えられるだけの剣を用いている。


 対するアークの剣も良品ではあるが、あくまで平騎士が買える程度の品質。身体強化した肉体でブラッディベアの首を刎ねたり、ライラの剛剣と刃を合わせ続けるような無茶を続ければ――当然、アークの肉体より先に限界が来てしまう。


(不運だが、勝敗を武器のせいにするようでは三流だぞ!)


 容赦なくライラは剣を振り上げた。この戦いの決着を付けるために。


 対するアークは、何もない空間に右手を突っ込んだ。


 空間収納(ストレージ)

 アークは魔法が得意ではないが、それでも剣を収納できるくらいの空間収納(ストレージ)は有している。


 瞬間、ライラの脳裏にその可能性が閃いた。


(――聖剣か!)


 この場にシルシュがいるのなら。当然、アークならば背中の剣を抜いてやるだろう。たとえ相手がドラゴンであろうとも。なぜならアークはそういう男(・・・・・)だから。


 聖剣であれば、さすがにライラの剣の方が折られるだろう。


 だがしかし、すでに振り降ろし始めた剣を止めることはできない。アーク相手に、そんな半端な勢いで剣を振るってはいないのだ。


(剣は折られるが、アークも衝撃ですぐには動けまい! 予備の刀を取り出せば!)


 ライラの意識が今振り下ろしている一撃から、わずかに逸れた。

 そう、わずかに。

 わずかに速度が緩み。わずかに勢いが落ちた。


 常人であれば関係なく押しつぶされる程度の差。


 だが、相手はアークだった。


「――それを待っていたんですよ」


 アークが空間収納(ストレージ)から手を引き抜いた。


 その手に握られていたのは――否。その手には、何も握られては(・・・・・・・)いなかった(・・・・・)


 さすがに無手でライラの剛剣を受け止められるはずがない。


 だが、先ほどの一瞬、ライラの意識はこの一撃から逸れた。その分威力と速度が僅かに緩んでいるのだ。


 そして。

 ライラも知らないことだが。


 アークは、前世の記憶を思い出していた。


「傍流・柳生新陰流秘伝――無刀取り」


 アークの両手が、今振り下ろされているライラの剣、その柄を掴んだ。


 だが、力で対抗することはない。

 むしろ逆。ライラの強力(ごうりき)を存分に活用し、合気で(もっ)てライラの突進を受け流し――投げ飛ばした。


「ぐぅ!?」


 地面に背中を叩きつけられ、一瞬呼吸もできなくなるライラ。


 その隙を見逃さず、ライラに馬乗りとなったアークは空間収納(ストレージ)から予備の剣を取りだし――ライラの首に押しつけた。


「俺の勝ちですね」


「…………。…………。……あぁ、そうだな」


 悔しさはない。

 むしろ、そんな技を隠し持っていたかと感心しながら……ライラは身体強化(ミュスクル)を解除した。




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