うぉおおおお
重力に従い、海に落ちていく俺。うーん、この高さから落ちたらさすがに死ぬのでは? 高いところから落ちると海面がコンクリートみたいな堅さになる――というのは前世の知識だったか?
「――ふぅん!」
と、空から凜々しい声が。
それとほぼ同時、俺の身体が『誰か』に抱き抱えられた。いやまぁ空中で人を抱き抱えることのできる人間なんて、一人しか心当たりがないのだが。
俺を空中お姫様だっこした人外――じゃなかった、師匠。
師匠はそのまま器用に空中で身体を捻り、バランスを整え、海上に着地した。いや海に着地ってなんやねんって感じだが、そうとしか表現できないのだからしょうがない。
人というのは水の上に立てないものだと思う。俺もついさっきまではそう考えていた。
だが、しかし。俺を抱き抱えた師匠は、どういう理屈か皆目見当も付かないが……海の上に立っていたのだ。
…………。
…………。
…………。
……いやいや本当にどういうことだよ? 前世なら『水に右足が沈む前に左足を前に出せばいいのだ!』みたいなトンデモ理屈があるにはあったが、今はそれどころじゃない。しっかりと海面を踏みしめて立っているのだ。人外――じゃなくて、師匠が。
「し、師匠。それは一体どんな理屈なんですか?」
「うむ? 別に飛んできたわけではないぞ? あの駄トカゲの尻尾に捕まってここまでやって来たのだ」
どうやら俺の質問を誤解して、『どうやってここまでやって来たんですか?』というものだと勘違いしたらしい。転移魔法を使うにしても飛んでるドラゴンを目標にするのは難しいだろうからな。
いやそんなことを疑問に思う暇がなかったといいますか、海の上に立っているトンデモのせいで色々吹っ飛んだといいますか……。
「えーっと、どういう理屈で海の上に立っているんです?」
「なんだ、そんなことか――」
師匠は不敵に笑い、言った。
「――信じろ」
「……はい?」
「信じろ。自分は海の上に立てると」
「…………。……いやいや、信じたところで無理なものは無理なのでは? せめて魔法とか、スキルとか……」
真っ当すぎるほどに真っ当なツッコミなのだが、師匠は聞く耳を持たなかった。
「信じろ。他の人間はどうか知らないが、アークにならできる」
「…………」
そ、そこまで信頼されているなら、試してみるのもありかもしれないな? とりあえず師匠に捕まったまま少しずつ――
「――よし! やってみろ!」
少しずつ。なぁんて言葉は師匠の辞書になかったらしい。師匠は容赦なく俺をぶん投げたのだった。おぉおおおぉい!? なんで俺の周りの女性はこんなに過激なのばかりなんだぁああああぁあっ!?
一瞬の浮遊感。のあと、海に向けて落下する俺。わぁ見事な放物線。この高さなら叩きつけられても死にはしないだろうが、そのあと沈むな。ぶくぶくと。
う、うぉおおおおおぉお! 俺ならできるぅううう! 水の上にだって立てるぅうううう!




